見出し画像

【ホラー】ファミレスの母娘

見ず知らずの他人とは安易に関わらないほうがいいのでしょうか?

薄気味悪いのに、どうしても目が離せない。
忌まわしいものだと感じているのに、なぜか近づいてしまう。

私がファミレスで出会った、そんな異様な存在の母娘の話を聞いてください。
私はどうすればよかったのでしょうか。
あなたの考えを教えてください。
私の命が尽きる前に……

*************
▶ジャンル:ホラー

▶出演

  • 私:辻本裕子(ナショナル物産)

  • 女の子:吉田千恵(東北新社)

▶スタッフ

  • 作/演出:山本憲司(東北新社/OND°)

  • プロジェクトマネージャー:大屋光子(東北新社)

  • プロデュース:田中見希子(東北新社)

  • 収録協力:オムニバス・ジャパン

Apple Podcast

Spotify

amazon music


『ファミレスの母娘おやこ』シナリオ

登場人物
 私(35)
 女の子(7)

 新型コロナの時代になってすでに二年半。私たちはすっかりマスク生活に慣れてしまいました。素顔を隠していられるマスクにはある安心感があって、外出の時にマスクをしないと逆に不安を感じることさえあります。しかし、他人のマスクの下にあんな恐ろしいものが隠れているとは、今まで考えたこともありませんでした。

 その日、私は自宅近くのファミレスにいました。普段はファミレスに入ることはあまりないのですが、その日は急遽リモート会議が入ったため、出先からの帰宅中に仕方なくファミレスに飛び込んだのです。周りの迷惑も顧みずニ十分ほどなんとか会議を終えてホッとしていると、イヤホンを外した私の耳に幼い女の子の声が飛び込んできました。
「うわー、みんなおいしそうだね、ママ。オムライス、それからチーズハンバーグ、スパゲッティ、これはペペロンチーノだね」
 お母さんとご飯を食べに来たのでしょう。女の子はいろいろな料理の名前を読み上げていました。お母さんは喋らず、女の子の声だけが背後から聞こえていることに、次第に私は違和感を覚えてきました。最初は料理を注文しようとメニューを読み上げているのかと思っていたのですが、カチャカチャと皿の音がするのです。私は窓ガラスに映った後ろの席を見てみようとしました。でも、お昼時を少し過ぎた初秋のファミレスには強い西日が差し込んでいて、うまく見ることができませんでした。
 そんなことをしていると、同僚から三十分後の次のリモート会議のリマインドが入りました。この騒がしい場所で会議をするよりもここから十分の自宅に帰ったほうがいいと判断した私は、席を立ちました。そうして、気になっていた後ろの席をそっと見たのです。
 目の前に広がる光景を見て、私はギョッとしました。
 料理の皿が、テーブルの上に所狭しと並べられていたのです。その料理を前にして、私と同じくらいの年のお母さんと思われる女性と、小学低学年らしい娘と思われる女の子が並んで座っていました。女の子は、ひとつひとつの料理を指差しながら楽しそうにしているのですが、お母さんはなぜかマスクをしたまま微動だにしていなかったのです。その間、1、2秒だったでしょうか。どういうことなんだろうと思ってお母さんを見ると、お母さんと目が合ってしまいました。そのお母さんのぎょろりと私を見る目の不気味さは今でも頭から離れません。その目は、確かに私に何かを訴えていました。気のせいではありません。お母さんの体は硬直したように同じ姿勢を保ちながら、ただ目だけが私を凝視していました。
 私はなにか見てはいけないものを見てしまったような気がして、お母さんが何を訴えようとしているのかを考えるよりも、ここから逃げ出したいという気持ちが勝って、慌ててレジに向かってしまったのです。
 そのあとの会議で、私はぼんやりして資料を間違え、上司に散々叱られました。
 さっきの光景のことを誰かに話したい。でもそれは、笑って話していいようなものではないと私はわかっていました。なぜお母さんはマスクをしたまま固まっていたのだろうか。あの子はあのテーブルの料理を全部食べたのだろうか。ギョロッと目だけを光らせている母と、楽しそうにしている娘。すべてが異様でした。
 その後、何度かファミレスの前を通りかかることがあって、あの親子がいないか窓越しにそっと覗いてみたのですが、見かけることはありませんでした。

 一週間くらいあとでしょうか。仕事が早く終わり、夕飯を簡単に済ませようとして、私は帰宅途中でコンビニに寄っていました。お惣菜を2品と缶チューハイを手に取った私がレジに向かおうとすると、あの女の子の声が聞こえてきたのです。
「ママ、これチーズ味が出たんだって。美味しそうだね。あとねえ、アイスも食べたーい。いちご味! あ、ティラミスだ!」
 店内を見回すと、反対側の通路にあの親子がいるようでした。私は好奇心を抑えることができず、回り込んで見ようとしました。
 やはりあの二人でした。
 お母さんは右手で女の子の手をつなぎ、左手にはかごを持っていました。そのかごにはお菓子があふれんばかりに山盛りになっていたのです。お母さんはやはり一言も発しません。女の子だけが楽しそうにお母さんに話しかけているのです。
 また見てはいけないものを覗いてしまったと後悔して、私はそっと後ずさりしました。すると、気配に気づいたのかお母さんが振り返りました。私は思わず小さく声を上げてしまいました。お母さんは、明らかに前よりもげっそりと目が落ち窪んでいたのです。よく見ると、かごを持つ腕も皮ばかりで前よりも痩せ細っているように見えました。
 この親子には関わってはいけない。私は直感的にそう思い、惣菜コーナーに慌てて戻りました。そして、親子が会計をしてコンビニを出ていくのを、嵐が過ぎていくのをじっと待つ小動物のように震えて待っていました。
 親子の気配がいつの間にかなくなったと思った私は、惣菜を再び手にとってレジで会計をしました。
 秋になったとはいえ、まだ空の明るさが残り、風も生暖かい夕暮れ時でした。見たものを忘れようと私はしていました。今見た光景を忘れるんだ、忘れるんだ、と自分に言い聞かせるにように歩いていた私は、ずっと地面ばかりを見ていて前を見ていなかったのです。
 気がついた時には、目の前にあの親子の背中があり、思わず私は歩みを止めました。お母さんはやはり片方の手は子供とつなぎ、片方の手は大型のレジ袋に目一杯詰め込まれたお菓子を重そうに持っていました。お母さんのあの目が怖かった私は、子供の側を歩いて二人を追い抜こうとしました。今度こそ二人を見ないようにしようと思っていました。女の子の横を追い越したら、少しホッとしました。追い抜いても急に早歩きにしたりしないようにしよう。二人の歩きは遅いから、このまま自分のスピードで歩いていれば大丈夫。そのうち距離が開く。そうだ……そんなことを思いながら前だけを見つめて通り過ごそうとしました。
 突然、私の左腕が何かに掴まれました。
 エッ? 思わず私は立ち止まりました。見ると、お母さんの痩せ細った手が、爪が食い込むほどに強く私の二の腕を掴んでいました。痛い! 女の子とつないでいた手を離して私を掴んでいる。なぜ? でも振り返ってお母さんを見ることなんて絶対にできません。
 その時です。私の耳元で声がしたのです!
「た……す……け……て……」
 つい私はお母さんの顔を見てしまいました。お母さんは血走った目をさらに見開いて私を凝視していました。私は怖くてその手を振りほどこうとしました。でも、恐ろしいほどの力でお母さんは私の腕を掴んでいました。
 やめてください。離してください! 何度腕を振り払ったでしょうか。夢中で腕を振るっていると、ようやくお母さんの手が離れました。その時のはずみでお母さんのマスクが地面に落ちました。逃げよう、という思いと私のせいでマスクを落としてしまったという申し訳ない思いのはざまで一瞬迷いましたが、結局私はマスクを拾ってしまいました。顔を上げると、私の前にお母さんの顔がありました。マスクをしていないお母さんの顔を初めて見たのです。
 息を飲みました。お母さんの口は、縫われていたのです! 裂かれた布を繋ぎ合わせるように、糸かなにかで荒っぽく縫われていたのです。
「きゃーーーっ!」

 そこから先は記憶がありません。
 しばらくの間、私は体調不良で仕事を休ませてもらいました。ただただ体が重く、ベッドから出ることができずひたすら眠っては起き、眠っては起きを繰り返しました。
 一週間後、自宅からのリモート会議で仕事に復帰しました。そして私が寝ていた間にある事件が世の中を騒がせているのを、初めて同僚から聞きました。その事件は、私の家の近所で起きていました。
 木造二階建てのアパートで、私と同じ年頃の女性の餓死した遺体が見つかったというのです。さらに、その後の警察の捜査で、その家からミイラ化した子供の遺体が見つかったのです。どうやら母親が娘を虐待していたらしく、近所で以前から噂になっていたそうなのです。でも、最近娘を見かけなくなって不思議がられていたということでした。
 すぐにあの親子のことが頭をよぎりました。
 母親は、最近まで出歩く姿が目撃されていたそうです。でも、それは私の記憶とは違いました。ファミレスでたくさんの食べ物を頼んだのに食べなかったり、お店で食料品を買い込む姿が目撃されていたのですが、その中に、幼い娘と一緒だったという話はどこにも出てこなかったのです。たしかに、娘はミイラ化していたというのだから、もっと前に亡くなっていたはず。
 では、私が見たのは一体何だったのでしょうか……。
 私がなんとか頭を整理して出した答えは、こうです。
 娘は食べ物を与えられず虐待されて亡くなった。その娘は霊となって現れ、食べ物が食べられないように母親に復讐していた。だから口をあんな風にされていた。私だけが娘の霊と、娘の霊に苦しめられる母を見ていたのだ!
 もちろん誰にもそんなことは話していないし、そんな話を誰も信じてくれないでしょう。自分の心の中だけにとどめておこう。
 そう思っていると、「違うよ」という声がしました。
「え、違うの?」
「うん。だって、ママのこと大好きなんだよ。一緒にご飯やおやつ、いっぱい食べたかったんだよ」
「じゃあどうして? どうしてママのお口。あんなふうに……」
「わかんなーい。ママは自分で自分のお口縫っちゃったの。お腹いっぱいだったのかな」
「そっか」
「一緒に食べたかったな……」
「かわいそうに……」
「じゃあお姉ちゃん、一緒に食べてくれる?」
「うん。もちろんだよ」
「ファミレスに行こー。おいしいもの食べたーい」
「いいよ。たくさん食べようね」
 そうして私は今この子と一緒に暮らしています。 
                              〈終〉

シナリオの著作権は、山本憲司に帰属します。
無許可での転載・複製・改変等の行為は固く禁じます。
このシナリオを使用しての音声・映像作品の制作はご自由にどうぞ。
ただし、以下のクレジットを表記してください。(作品内、もしくは詳細欄など)
【脚本:山本憲司】
オリジナルシナリオへのリンクもお願いします。
また、作品リンク等をお問い合わせフォームよりお知らせください。

*番組紹介*
オーディオドラマシアター『SHINE de SHOWシャイン・デ・ショー
コントから重厚なドラマ、戦慄のホラーまで、多彩なジャンルの新作オーディオドラマを毎月ポッドキャストで配信中!
幅広い年齢でさまざまなキャラクターを演じ分ける声優陣は、実は総合映像プロダクションで働く社員たち。
豊富な人生経験から生み出される声のエンタメが、あなたのちょっとした隙間時間を豊かに彩ります!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?