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深川に暮らす理由


松が明けて早々のある夜、夫婦共通の友人を自宅に招いて豚しゃぶを囲んだ。
友人とは、清澄白河で開催されている料理ワークショップで出会い、意気投合。お互い清澄白河に暮らすご近所ということも手伝って、飲み友達になった。

近くの酒屋『いまでや』さんで入手した日本酒と白ワインをお供に、宴は進んでいく。
気持ちよく酔いが回ってきた会の中盤ごろ、自分たちの暮らす『深川エリア』での人情エピソードが話題に上った。

夫は実家も清澄白河にあり、この地との付き合いはかれこれ20年以上になるのだが、彼がまだ大学生だったある夜のこと。
友人としこたま飲んで家路に着くも、家の前で鍵がないことに気づいた。実家住まいだったのでその晩は家に入れたが、どこで落としたのだろう。肩を落としながら翌朝、駅から家までのルートを辿っていると、程なくして見つかった。清澄公園の木の枝にぶら下げられていたのだ。しかも、目印としてご丁寧にティッシュまで巻いてあったという。
このあたたかい心意気は10年経った今でも彼の脳裏に深く刻み込まれているようで、度々話題に上る。
もし自分が落とし物を見つけたら、同じことをしてあげたいと心に決めている。そうやって、人情の輪は広がっていくのだろう。


続いては友人の話。こちらもお酒が大好きな彼女、ほろ酔いで帰った翌日、出かける段になってかばんに財布がないことに気づく。慌てて昨日歩いた道を辿るも、やっぱりない。
焦る気持ちを胸に、最寄りの警察に電話して事情を話すと、なんと届いているという。急いで駆けつけると、中身も無事。しかも拾ってくれた人は、財布を取得した人が得られるお礼の権利を辞退したというではないか。
ひとり暮らしするまで縁もゆかりもなかったこの地のことを、彼女が大好きになったのは言うまでもない。

最後は筆者の話。
お酒が大好きな2人に対し、私は嗜む程度。宴と共に人情話に花が咲く2人をほっこりと見つめていたけれど、よく考えると、実は私が1番深川のあたたかみを感じているのではないか、とふと気づく。
なぜならば、まだこの地に住んで一年足らずなのに、私の人情エピソードは枚挙にいとまがないほどだから。

息子が生後3ヶ月のころ、清澄白河に引っ越してきた私たち。移動にはよく都バスを使っていたのだが、息子を連れた車内で声をかけられることが、まぁ多いこと!

5月ごろだったか、まだ肌寒いだろうとベビーカーに座る息子に厚手の掛け物をしていると『赤ちゃんは暑がりだから、もっと薄いものでいいのよ。私は昔、助産師だったの。』お隣の壮年の女性が物腰柔らかに教えてくれた。

ある時は、背面式ベビーカーに座り1人機嫌良くしている息子に対し
『お母さんの顔が見えてないのに、こんなにご機嫌でいい子ね、かわいいね』と向かいから声をかけてくださる方も。少し混雑した車内、私は固定したベビーカーの後ろに立っていたので息子の顔は見えていなかったのだが、その声に思わず笑みがこぼれた。

また別の日には、同じ停留所で降りたおじさんが『あんた、お母さんとして100点だよ!』と声をかけて去っていった。なんでも、朝バスに乗ったときに見かけた子ども連れのお母さんはずっとスマホに夢中だった反面、私がベビーカーの息子にずっと目を配っていた様子を見て、感銘を受けてくれたらしい。
この体験はまだ息子が半年にもなっていなかった時のこと。初めての子育てに戸惑い、音を上げたくなることもたくさんあった頃にかけてもらった言葉に、横断歩道を渡りながら思わず泣きそうになったことを思い出す。

家族3人で乗車したときには、慣れた様子でバスからベビーカーを降ろした夫を見て、車内のお兄さんがぽつりと『さすがお父さん』と呟いたこともあった。何気ないその一言が、やっぱり嬉しかった。

人情エピソードはバス車外でも多々ある。
家族で出かけた帰り道、夫が息子をおぶり、私が空のベビーカーを押してゆっくり家まで歩いていると、
『いい風景ですね、なんだか懐かしくなっちゃった』と、すれ違いざまに声をかけてくれたおばさまがいた。
感銘を受けたことをさらりと当事者に伝えられる粋な人に、夫はいたく感動していた。

最後はこんなエピソードを。
息子を自転車で保育園まで迎えにいった時のこと。この園では自転車の場合、裏の道に停車してから正面までまわり子どもを引き取るというルールなのだが、その日は裏の道で水道工事をやっていて道幅がかなり狭くなっていた。
息子を引き取ってから、ただでさえ狭い道に自転車を停めてしまって申し訳ないな、と急いで自転車のカゴに座らせると、近くにいた工事のお兄さんが息子に『おつかれ〜!』と声をかけたのだ。
それだけでも驚いたのに、自転車を出すのに苦心していると『オーライ、オーライ!はいオッケー!』と合図まで出してくれた。少し疲れが滲む夕方だったが、マスクの下はホクホクの笑顔で自転車を漕いだ。

夫も私も、小さい頃から引っ越しが多かったことなどが手伝って、「地元」と胸を張って言える場所がなかった。寂しく思うこともあったけれど、それはそれで気楽でもあった。
でもこの1年足らずで、間違いなく深川は私たちの「地元」になった。
私たち夫婦はいろんな世界を見てみたいと思う性質だから、もしかするとまた引っ越して、別の場所に暮らしているかもしれない。でも、必ず深川に戻ってくると思う。帰りたくなる場所だから。


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