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短編小説

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2019年8月の記事一覧

8月31日の夜に

 お盆が過ぎたあたりから急に秋の気配を感じるようになった。けれどそれは夜に限ったことであり昼間のそれはまだ夏のように暑い。寒暖差に注意してください。という言葉を天気予報で耳にするようになった。
 しかし。あたしが小学生の頃は本当にお盆を過ぎると朝晩ともども涼しくて長袖の洋服に袖を通した記憶がある。
「ふーちゃんもう長袖着てるのね」
 友達にゆわれたことを思い出す。あたしも長袖にしようかなぁとつぶや

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さんそう

さんそう

 前から一度いってみたい民宿のようなカーホテル(古っ)があり、なおちゃんとゆくことになった。長期休暇にどっこにもゆかなかったのに今かぁ? と笑いながらいうからあたしも今かぁと同調しつつ笑う。
 なおちゃんのうちからほどよく近いところにある小高い山の上にある『山荘』は噂どおり山の上にあった。道中ですでに腹を空かせていたなおちゃんだったので、コンビニでなんか買っていこうよ、と忠告をしたのだけれどホテル

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ミルキー

 眠たくて眠たくてしょうがない。病気なのかとおもうほどどんだけでも眠れる。
【プルプル……】
 部屋のコールが鳴るたびにいちいちおどろく。今あたしはヘルスの個室に待機をしている。
「はい」
 コール4回で受話器をあげる。ベッドから徒歩二歩のところなのにまだ覚醒していない頭で寝ぼけた声をだす。
『指名のお客さんです』
「——は、はい」
 別に支度をすることもないのでそのまま部屋を出る。お客さんと対面

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もも

もも

 スーパーに並ぶももをみて
「おしり」
 と真っ先に叫んだ隣にいた小さな天使はやさしそうなパパとママの間に包まれるように立っていてその頬を目の端で捉えるようみるとそれはしかしまるで桃そのものだった。
 桃のように薄いピンクをしておりちょっとだけ毛羽立ってみえるのは子ども特有の乾燥あるいは汚れなどでありそれがリアルにまるで桃を彷彿させる。
「なあに? ももたべたいのかな?」
 ママは子どもの目線にあ

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なく

なく

『もうそっちのことさなんの感情もないから』
 はい? それってどういう意味合いでいってんの? そっちってあたしのこと?
 そっち。あっち。道を聞いているわけでもないのにあたしの名前はどうやらそっちであり彼がいうそっち(すなわちあたし)のことを恋愛対象として見れないという意味でいっている。のはわかっていたけれど敢えてとぼけたふりをした。
『だからさ、もうあう理由もないしあいたくないっていうかあえない

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み、みえません

み、みえません

(右)
 よし。あたしは『C』のマークがきちんと見えていることを右目と左目できちんと確認しシャワーへッドを持ってしゃがんだままお客さんの方に向きなおる。
「石鹸で洗いますね」
 ヘルス嬢は至って笑顔を絶やしてはいけない。愛想よく。嫌な顔をしない。との教訓はすっかり得てはいる。が。
「ああ、うん」
 お客さんの年齢は下半身にぶら下がったものやそのまわりにある密林によってだいたいわかる。密林は人生を物

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たかゆき

たかゆき

『ももちゃんご指名65分』
 内線電話が鳴り寝ぼけながら受話器をあげる。フロントのおじさんは素早く要件だけをいい身勝手に電話を切る。がちゃん。と。
『は、はい』
 寝起きなのもあるけれどあたしは身体もひどく小さいけれど声も蚊のなくような声しかださない(とゆうか出せない。この前なんてアイスクリームを注文しようとしておばさんを何度もすみませーんと呼んだけれど洗浄機の音に声が負けなかなか店先に出てこずア

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わすれさせて

わすれさせて

 少なくともはじめは『燃えるような』あるいは『すさましい』という言葉がぴたりとあてはまるほど両思いだった。なにせお互いが惹かれあってからというとんでもないラブな期間は毎日少しの時間でもあっていたしメールもそれこそ頻繁に交換をしていた。
『さっきあったぶんなのにもうあいたくなってるよ』とメールをしたら
『俺もだよ』と、それはまるで『山』『川』の忍者の合図のよう返ってきた。
『明日どう? どう? あえ

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うなぎ

うなぎ

『お昼くらいに行くね』日曜日の朝、なおちゃんにメールをする。なおちゃんはあまりスマホを触らない。なので自動的にメールも気がつかないことが多い。けれども返信はきちんと返してくれる。だから返信がなくてもなんら心配などはない。
 メールあるいはLINEなどの返事を待つもどかしさったらない。ある種の拷問いや嗜虐プレイに過ぎない。とくにLINEがそう。相手が既読にならないとどうにかなりそうになってスマホばっ

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こい

こい

『暑い』
 彼からメールが来る。LINEでもショートメールでもないcloud経由でのメール。たったの2文字。されど2文字。このメールだけであたしは向こう3日だけ浮きだった気持ちで生きていける。
『熱中症に気をつけて』
 なんて殊勝な返事なのだろうか。そのあとに『あいたくて吐きそう』あるいは『あいたくて狂いそう』などという文面を付随させることは彼の眉間にシワを寄せるだけだ。そんなことは知っている。だ

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