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さんそう

 前から一度いってみたい民宿のようなカーホテル(古っ)があり、なおちゃんとゆくことになった。長期休暇にどっこにもゆかなかったのに今かぁ? と笑いながらいうからあたしも今かぁと同調しつつ笑う。
 なおちゃんのうちからほどよく近いところにある小高い山の上にある『山荘』は噂どおり山の上にあった。道中ですでに腹を空かせていたなおちゃんだったので、コンビニでなんか買っていこうよ、と忠告をしたのだけれどホテルでなにか食べるからいいといいはるので手ぶらで入った。それがまさかとんでもないことになるなんてこのときはまるで思いもしない。
 5つ部屋があるのに5つとも空いていた。まじで。あやしいくないか。2人で顔をみあわせながら顔をしかめる。だいたい営業してんのかしら。ともいった。
 階段を上がって適当な部屋に入ると普通の民宿のような畳のある部屋だった。すぐにフロントから電話がなって休憩ですかと訊かれたのではいそうですと応えると前金になりますとのことで先に料金を支払った。あ、ついでに料理とビール頼んじゃお。と年季物のメニューを観覧してパパパと決めフロントのおじさんに告げると『あ、すみませんね。今日お食事はやってないんですよー』
 え? 嘘でしょ? あわてて受話器を抑えてなおちゃんにそのことをいう。
「えー!」彼のリアクションはそれだけだった。まあ仕方ないね。ビールだけ頼んで。なのでビールだけ頼んだ。だからコンビニ寄ってこれば良かったのにね。とゆうと、まあな、と肩をがっくりと落とす。しかし空腹にビールが入ったのでなおちゃんは軽く酔ったし調子にのって暑いお風呂にはいったがためさらに酔って眠ってしまった。
 お風呂からの景色はほとんど木と空だったけれど普段目を酷使しているあたしにとっては緑と青の自然色はおそろしいくらいに目に優しくて癒された。ツクツクボウシがわんわんと鳴いている。秋めいた風が木々を揺らす。湯船に浸かりながら本当に平和だなぁと思うと急に泣けてきた。空気が緑だったり青だったりして肺の中目一杯に吸い込こむと途端に泣けてくるのだ。焦点を故意にあわせないで風景を楽しむ。あたしたちはもう大人になりすぎてしまった。
 ベッドはキングサイズで大きくとても快適で冷房をゆるくかけて裸のまま並んでうたた寝をした。寝息を立てているなおちゃんの横顔はひどく子どもじみてみえた。とゆうか子どもなのだ。あたしたちは同い年だけれど一緒にいると時折なおちゃんが子どもにみえるときがある。会社では課長なのに。普段のなおちゃんの姿を知ったら皆驚くだろう。しかし。
 ホテルにいっても特にもうしたりはしない。場所が変わっても燃え上がる逢瀬などはもう全くなくなった。裸で手を繋いで眠る。もうそれだけで十分でありもう満足だ。
 いい加減眠っていたら起こされて、もう無理。と泣きそうな声でいうので「なにが?」と聞くと「腹が減って」と真顔でゆう。「酔いさめたの?」「うん。寝たもん」料金前払い制のおかげでパパパと洋服を着てその3分後にはホテルを出ていた。もう日はすっかりと落ちておもては絵に描いたような夕焼けが広がっていた。
「秋くさいな」
 眠そうな声でつぶやくなおちゃんの顔をみやる。タバコをふかしながら信号待ち。夕焼けをみていた。なにを思い、なにを考えているのだろうと思えば「腹減った」しかゆわない。あたしはいつも考えている。なおちゃんとこのままずっといたいってことを。
 今日でつきあって4年目を迎える。まあ、それはいわなかった。

 ラーメン屋に入りなおちゃんは坦々麺とチャーハンの大盛りを。あたしは回鍋肉定食と味玉を注文した。
「あじたま? なんで? あじたまなの?」
 特に意味はないだろうけれど顔をニタニタさせ訊いてきたので
「やすいから」
 そういいかえした。なおちゃんはあはははと笑った。なんだそれ。と。
 しかしおそろしいほど早食いのなおちゃんなのであたしもなるたけ急いで食べる。
「もう、子どもじゃないんだからもっとゆっくり食べたらどうなの?」
 まるで母親のような口調になるもその華麗な食べっぷりはみていていつも気持ちがいい。案の定あたしが残したご飯などすっかり平らげてお店を出た。
「あのね、ラーメン屋に入って出るまで25分だったよ」
 おもてはすっかり黒色にさまがわりしていた。星は出ていない。
「ふーん」
 なおちゃんはそれがなにか? とでもいいたそうにそっけなかった。
「時間がたつの早いね」
「うん」
 秋の夜気が身体中を支配する。好きな支配。なおちゃんはまたタバコを吸っている。
「帰るわ。駅で降ろして」
「うん」
 とても平和な時間だった。一緒に眠って一緒にラーメン屋にゆけるたった1人のいとしい人。好きとかそんな感情を超えた関係になっている。なっているけれどきっとあっけなく終わることも可能なのだ。
 なにせ言葉が極端に少ないのだから。
「今日はありがとう」
 車から降りるときなおちゃんに抱きつく。本当はね、離れたくないんだよ。わかるかな。
「うん」
 なおちゃんの車のテールランプがみえなくなるまで手をふっていた。なおちゃんは『うん』ばっかりだった。『うん』『そう』『わかった』
 あたしはクスクスと笑いがこみ上げる。電車はすぐに来て早速乗り込んだ。Suicaに2000円チャージをして。

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