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1984

第6回『ワタシとウタ』は、andymori「1984」

前回紹介したNUMBER GIRLは思春期の泥臭さまっしぐらでしたが、「1984」は純朴の頂点。
幼少期の淡く特別な時間を追体験することができます。
その上でうっかり、自分の過去に触れてしまいます。

andymoriとともに過ごす放課後。
有限な当たり前をもう一度味わう機会。

ぜひ、楽曲と一緒にお楽しみください。

真っ赤に染まっていく公園で
自転車を追いかけた
誰もが兄弟のように 他人のように
先を急いだんだ

夕方頃、街中に自転車群。
立ち漕ぎをしていく小学生が過去の自分に触れます。
今思えば、それが誰なのか、どんな人なのかは関係なく人と付き合っていました。

隣町の少年も、一度ボールを交わせば友人です。
私からかけ離れたあの子でさえ私と交わる何かを持っていて、皆が交差する場所から同じ方向を見ています。

なにかと理由づけをすることは野暮です。
それに気づいた上でしてしまうのが大人なのでしょう。

ファンファーレと熱狂 赤い太陽
5時のサイレン 6時の一番星

ただ暑いだけ、眩しいだけになってしまった日差し。
赤く燃えていた太陽は、もはや空想のものになってしまいました。

最後に5時のサイレンを聴いたのはいつでしょうか。
サイレンがただの情報になってしまうことが悲しいこととは思いもしなかったあの頃の私が、ひたすら待ち侘びていたものこそ6時の一番星。

1984 裸で泣いてた君は
どこか遠い国の街角で
同じように泣いている
誰かに抱かれながら

この楽曲では、繰り返し曖昧さが表現されています。
遠い記憶であることをぼんやりと描写することで、逆に今の私たちが浮き彫りになっているのだと思います。

過去の風景のみを伝えて、今の私たちを明確にする。
懐古のみか羨望か。
ある一時点から続く今までの線を辿って、この曲は私たちに次の一歩への後押しをします。

andymoriの楽曲はどれも、推進力を与えてくれます。
それでいいんじゃないかな、と、どこか他人事のように、また、懇ろに。

行き詰まった時はここにいるよ

そんな温かさを背に、今日も社会へ飛び出す。

ファンファーレと熱狂が行き交うこの街へと。


お知らせ

どうも、私です。
第5回まで、月・木更新としていたのですが、これからは不定期更新とさせていただきます。

明日の投稿にて、詳しく説明いたします。

『ワタシとウタ』は個人的に好きなシリーズなので、読む人がいなくなってもずっと続けます。
音楽体験を共有する場はほとんどないですからね。

以上です。


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