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韓国映画『はちどり』の魅力を様々な角度から考察する。

『はちどり』という映画が注目を集めている。本作は、6/20に公開されてから今現在(6/25時点)まで、満席が続出するという大ヒットスタートを記録し、映画レビューサイトの「Filmarks」による初日満足度では1位にランクインしている。

SNSでは口コミが拡がっており、今後さらに評判になることは確実な作品だ。筆者も先日(6/23の18:30の回)で鑑賞してきたが、噂に違わず素晴らしい作品だった。

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『はちどり』公開中のユーロスペース
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パンフレットとチケット

ここでは、はちどりの感想と共に、作品情報、鑑賞前に知っておいた方が良いであろう情報、更には筆者なりの場面分析などをまとめてみたので、興味ある人、また既に鑑賞した方は是非ぜひ読んでいってほしい。

作品情報:『はちどり』

はちどり⑥
製作国:韓国 製作年:2018年 監督:キム・ボラ

【あらすじ】

舞台は1994年の韓国。集合団地で暮らす14歳の少女ウニは、恋に友情に多感な日々を過ごしていた。勉強は苦手であったが、漢文塾の女性講師のヨンジには不思議な魅力を感じていた。ある日、ヨンジに『自分が知ってる人達の中で、本心が分かる人は何人いる?』と聞かれる。その言葉をキッカケにしたかのように、家族、友達との関係を見つめ直すような出来事が立て続けに起こっていく…

はちどり①

【本作の評価】

日本でも高い評判を得ている本作だが、ベルリン国際映画祭ジェネレーション14plus部門をはじめ国内外の映画祭で50を超える賞を受賞するなど非常に高い評価を得ている。

世界最大の映画レビューサイト「RottenTomatoes」では、批評家から100%の支持を得ており、6/25時点、ただし一般からの評価は64%と低めなのも記しておきたい)日本最大手の映画レビューサイト「Filmarks」では4.1という高い評価を得ている(6/27時点)

【監督のキム・ボラとはどんな人?】

1981年生まれのキム・ボラ監督は、東国大学映像学科を卒業後、コロンビア大学院で映画を学ぶ。2011年に監督した短編『リコーダーのテスト』が、アメリカ監督協会による最優秀学生作品賞をはじめ、各国の映画祭で映画賞を受賞し注目を集める。

同作品は2012年の学生アカデミー賞の韓国版ファイナリストに残った。ちなみに本作『はちどり』は、『リコーダーのテスト』で9歳だった主人公ウニのその後の物語である(『はちどり』パンフレット参照 ※写真は「毎日新聞」WEBサイトより抜粋)

キムボラ①
キム・ボラ監督

『リコーダーのテスト』の感想記事も挙げてるので、気になる方はこちらの作品もチェックして欲しい。

【鑑賞前に知っておきたい前情報】

批評家、一般客からも高い評価を得ている本作。ただ、感想を読んでいると「韓国の当時の時代背景を知っていたらより楽しめた」、「当時の韓国社会を知らないから、今いち分からなかった」という書き込みが見受けられた。

後述するが、本作は、14歳のウニの視点を通して当時の韓国社会を描いている。その為、当時の韓国事情などを知っておいた方がより深いが高まるだろう。ここでは監督が本作を作るに至った経緯をはじめ、当時の韓国社会などについて書いておく。

①【製作の経緯】

本作製作のキッカケは、キム・ボラ監督が20代後半にアメリカで大学院に留学した時、中学時代の夢を繰り返し見たことから始まる。この夢を見た監督は、自分の中で、この年代で消化できてない思いがあると感じ製作を始めた。

しかし、本作の完成に至るまでの道のりは、決して簡単なものではなかった。商業的な要素がなかった本作は、企業の投資を得ることができず、製作資金を得るために、監督は政府の支援金はじめ、様々な団体に掛け合う事になる。資金集めに時間が掛かった事により、本作は、構想から完成に至るまで実に5年の歳月を費やしている。

②【1994年の韓国社会と映画を読み解くキーワード】

当時の韓国は1988年に開催されたソウルオリンピックを終え、経済は安定期に入っていた。また、1992年には金泳三(キム・ヨンサム)大統領のもと、「文民政権」が誕生し、朴正煕政権以来32年間続いていた軍事政権は消滅する。

この時代の韓国は、国際社会に向けて変化しようとする一方、軍事政権時代の旧態然とした社会構造に挟まれた時代だったといえる。1995年には国民一人当たりのGDPは、1万ドルの大台に乗り1996年にはOECDへの加盟も実現した韓国。しかし、行き過ぎた拡張政策は、企業倒産や金融機関の不良債権を拡大させ、1998年には通貨危機が引き起こすこととなる。

本作は思春期に突入したウニの不安定な心情と、崩壊に近づく韓国社会の歪な雰囲気を重ねているという見方もできる。

・聖水(ソンス)大橋の崩壊

聖水大橋

1994年10月21日に起きた韓国の聖水大橋の崩落事故。城東区聖水洞と江南区狎鴎亭を繋いでいる幹線道が崩落。乗用車、バス等が巻き込まれ、死者34名という韓国史に残る大事故となった。
事件後、橋の建設を行っていた東亜企業による手抜き工事が発覚。またソウル市役所によるずさんな管理体制も発覚した。

この出来事は、キム・ボラ監督が子供時代にリアルタイムで体験し記憶に強く残っていた。この事故は、経済成長が著しい韓国社会に水を差す出来事だったと語っている。本作では、韓国社会の不穏な未来を暗示するかのような出来事として描かれてる。

・金日成主席の逝去
朝鮮民主主義人民共和国の首相、金日成主席の逝去は韓国社会に大きな衝撃をもたらした。90年代の韓国と北朝鮮は最悪の関係であった為に、劇中で、このニュースを知った時の人々の反応も様々だ。

・テチ洞
ウニの一家が住んでいるテチ洞はソウルの江南にある。この場所は韓国国内でも私教育1番地の場所と知られ、現在はセレブタウンとなっている。韓国は世界でも有数の高学歴社会。そしてこの年代頃から受験戦争がヒートアップした。

ウニの通学路に「私たちは死んでも立ち退かない」という横断幕が掲げてある建物がある。これは当時、農村地帯だった江南を政府が都市化させるためにそこに住んでいた農民達に立ち退きを強制した。横断幕は立ち退きに反対している農民達の叫びを表しているといえる。

キム・ボラ監督は、この横断幕でのウニとヨンジのやり取りにおける台詞が一番気に入ってるとの事。どんな台詞かは是非本編を観て確認して欲しい。

③【キム・ボラ監督が影響を受けた作品】

ここではキム・ボラ監督が好きな作品として挙げた3作品を記しておきたい。あくまで好きと語っていたが、本作との類似性を感じる作品もあったのでその事にも触れておきたい。

・『ヤンヤン 夏の思い出』(2000年)
台湾の巨匠、エドワード・ヤン監督の傑作にして遺作。キネマ旬報の「1990年代 外国映画ベスト・テン」において、ベストワンに選ばれている。小学生のヤンヤンのその家族の姿を通して、当時の台湾社会も描いている。『ハチドリ』との類似性を感じる点がいくつかあったので、作品解説の項目で述べたい。

ヤンヤンポスター画像
2000年製作/173分/台湾・日本合作

・『子猫をお願い』(2001年)
20歳を迎えた女友達5人が、それぞれの道を歩み始める韓国の青春群像ドラマ(映画.com参照)当時の韓国映画界では珍しかった女性監督によるオリジナル脚本の作品との事。筆者は、残念ながらこの作品を観てないので、類似性などは不明。鑑賞したら、また追記したいと思う。

2021/2/11追記【『子猫をお願い』の感想を記事にしました。こちらの記事内で『はちどり』との類似点にも言及してます】

・イ・チャンドン監督作品
カンヌ国際映画祭をはじめ世界の映画祭の常連でもある巨匠、イ・チャンドンペパーミントキャンディ』(1999年)や『オアシス』(2002年)など、人間の本質に迫る作品を世に出してきた。最新作は、村上春樹の短編小説「納谷を燃やす」を独自の解釈を加えた『バーニング 劇場版』(2018年)

【作品解説:ネタバレあり】

ここからは、本作『はちどり』の感想と筆者が観て個人的に感じた、思った事を述べていきたい。

最初に述べると、『はちどり』は様々な要素を含んだ作品であり、多角的に掘り下げる事ができる。そして、それが本作の魅力の一つだと考える。なので、センテンスごとに分けて、筆者なりの解説をしていきたい。また、見出しにも記載したが、ここからは作品内容に触れるので、鑑賞前の人は自己判断でお願いしたい。

①【14歳の少女の目を通して描かれる「私と世界」】

「中二病」という言葉があるように、14歳の少年少女は、思春期の象徴的な存在として描かれる事が多い。しかも、それは日本独自のものではなく、世界共通事項としてあるようだ(韓国にも「中二病」に値する言葉があるし、アメリカでは「八年生シンドローム」というらしい)

本作は、ウニがヨンジから『自分が知ってる人達の中で、本心が分かる人は何人いる?』と言われたことをキッカケに、それまで意識しなかった「他者=世界」を見つめなおすという話である。

「自分と世界」というテーマは、これまでも、映画に限らず様々な創作物で描かれてきた。日本では、アニメの「新世紀エヴァンゲリオン」が14歳の主人公碇シンジを通して「他人のいる世界」を描いているし、世界中でブームとなった哲学書「ソフィーの世界」は、14歳の主人公ソフィーの自分探しの話だ。

そういう意味で、本作は正統派な青春映画でもある個人的には、思春期真っただ中、これから思春期を迎える少年少女達に見て欲しい作品である。

はちどり②

②【真摯に向き合って描かれる「子供時代」】

『E.T』(1982年)や『スタンド・バイ・ミー』(1986年)、最近だとNetflixの『ストレンジャーシングス』など、少年少女を主人公にした作品は、昔から「懐かしき良き時代」として描かれる事が多い。本作も監督の少女時代をもとにしているが、描かれるのは甘美な思い出としての子供時代だけではない。

むしろ、子供時代に誰もが一度は経験してるであろう大人からの理不尽な仕打ちや、子供だからこその行動の制限など、「社会的弱者」としての子供の姿も描かれている。実際、インタビューで、キム・ボラ監督は「子供時代は、耐える事が多くあまり良い思いではない」と語っている。だからこそ「ハチドリ=世界で一番小さな鳥」という題名でもあるんだろう。

劇中、ウニと友人が何度かトランポリンで跳ね回る場面があるのだが、一緒に観た友人が「籠の中で羽ばたいてる小鳥のように思った」と語っており、確かにこの時のウニの姿は、ハチドリが羽ばたいてる姿と重なるようにも見える。

はちどり④

ただ、だからといって「子供時代」を必要以上に辛辣に描いている訳ではない。ウニが恋人とイチャイチャする場面やクラブに行く場面などは、みずみずしい映像も相まって子供時代を思い出させる。

また、ウニが後輩から思いを寄せられたり(そしてすぐに飽きられる)、ウニがヨンジに惹かれたりするのも思春期あるあるではないだろうか。

③【韓国の家父長制度とフェミニズム】

本作では、韓国の家父長制のもと、抑圧される家族の姿が描かれている。家父長制とは、家族の統率権が父親に集中している状態を指しており、日本でもひと昔前は家父長制の家庭は多く存在した。

儒教文化が根付いている韓国では、より家父長制は厳しいものとされており、家庭内の女性たちが虐げられる様子が描かれている。また、ウニは兄から日常的に暴力を振られているが、ウニの親友はもっと酷い暴力を振るわれている。

このことから当時の韓国社会では、女性が男性から理不尽な暴力を受ける事は決して珍しくなかったという事も伺える。この時代の韓国が、男性優位の社会で女性が抑圧されていた姿が描かれている。近年、韓国ではフェミニズム運動が盛んであり、最近では小説の『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本でも評判になったが、本作もその流れを汲む作品といえるだろう。

ちなみに家族関係だと『パラサイト』(2019年)の家族が一致団結する仲良しっぷりなのにたいし、本作の家族関係が良くないというのも対照的で面白い。

パラサイト①
『パラサイト』2019年製作/132分/PG12/韓国

④【『ヤンヤン 夏の思い出』との類似性】

ここでは、キム・ボラ監督が好きな映画として挙げている『ヤンヤン 夏の思い出』との類似点についても語っておきたい(もちろんパクリとかそういう意味ではない)『ヤンヤン 夏の思い出』は、小学生のヤンヤンを通して、その家族の物語、ひいては当時の台湾社会も描いている。

いわゆる「小さな物語」から「大きな物語」に繋がっているのだが、この構造は本作も同じで、ウニの姿を通し、ウニの家族、そして当時の韓国社会(が抱える問題)も描かれている。

本作の「自分が知ってる人達の中で、本心が分かる人は何人いる?」というテーマは、『ヤンヤン 夏の思い出』の劇中内でのヤンヤンの「お互い何が見えているか分からないとしたら、どうやってそれを教えあうの?」というテーマと通じるものがある。

エドワード・ヤン監督の一歩引いた客観的な視点も本作と通じているし、キム・ボラ監督が『はちどり』を製作するにあたって、『ヤンヤン 夏の思い出』を参考にしたのは間違いないだろう。

ヤンヤン①

【場面解釈:ネタバレあり】

ここでは、劇中において「よく分からなかった」、「?」と言われる場面を、監督のインタビューなどを参考に自分なりに解釈したものを挙げていきたい。また、見出しにも記載したが、ここからは作品内容に触れるので、鑑賞前の人は自己判断でお願いしたい。

①【母親を何度も呼び掛ける場面の意味】

劇中で、下校中のウニが、母親を見かけて何度も呼びかける場面がある。ウニは大声で呼びかけているのに、母親は気付かず不穏な雰囲気が漂っている。

監督のインタビューによれば、これは母親が休んでいるという意味との事。家事に育児に「母親」という役割に疲れた母が、自分の仮面を脱いで本当の姿となっている、だからウニの呼びかけにも気付かない。

しかし、筆者は、この場面にはもう一つの意味合いもあると思う。それは映画冒頭の場面、ウニが家に帰ってインターホンを鳴らすが、何度鳴らしてもドアを開けてもらえない場面。これはウニの勘違いだったのだが、この時のウニの焦りようは、鬼気迫るものを感じた。

この場面、本編を観てから思い起こすと、ウニは心のどこかに家族から愛されていない、ないがしろにされているという不安感があったのではないだろうか。決して仲が良いとはいえない家族、家庭内で優遇されてる兄と比べ落ちこぼれのウニ、万引き時のウニへの父親の対応などを見ても、気にかけてもらえるとは思えないし、ウニ自身もそう感じているようにみえる。

その不安感が、映画冒頭の何度もドアを叩く場面に繋がるし、更には母親に何度呼びかけも振り返らない=自分を見てくれないという恐れに繋がってるのではないだろうか。

はちどり⑦


②【劇中に出てくる男性達は何故突然泣いたのか?】

劇中で男性が突然泣く場面。一つはウニの耳の下にしこりができた為に、病院に付き添ってきた父親が突然泣き出す場面。そして、もう一つが、聖水大橋の崩落後、家族で食卓を囲んでいる時に、兄が突然泣き出す場面だ。この場面は監督によれば、「家父長制」で感情を素直に出すことのできない男性達の姿を描いたとのこと。

「男らしさ」のもと、人前で泣くことができない男性。その姿を描くことで、強権的な存在だけではない父親や兄の姿、また「男らしさ」という役割を押し付けられた男性の歪みを描いているともいえる。

はちどり⑤

【参考図書:『はちどり』をより深く知るために】

今回、解説・分析するにあたって、参考にした図書を挙げておきたい。一つは『はちどり』のパンフレット。こちらは公開劇場で購入できる。もう一冊は『ユリイカ 2020年5月号』。こちらでは、キム・ボラ監督のインタビュー他、「はちどりを深く知るためのキーワード」の特集などが載っているので、興味を持った方は、見てみる事をお勧めしたい。

【まとめ】

いかがだっただろうか。本作は様々な要素を含んでいるため、まだまだ掘り下げれる側面が多いと思う。個人的にはこういう作品も出てくる韓国映画の層の厚さも実感した。東京で公開してるのは今現在、渋谷のユーロスペースのみだが、チケットの完売状態が続いてるため、鑑賞しようと思ってる方は早めのチケット予約をお薦めしたい。また、全国の劇場の情報は公式サイトなどでチェックして欲しい。




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