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Aの記憶

※一部暴力的表現を含みます。

孤児院にいた私を養子として受け入れたのは、広いお屋敷に住む、一人の貴婦人だった。平民である私にも分け隔てなく接し、我が子のように愛でた。

7歳の夏、私が花瓶を割ったのをみると、顔を真っ青にして駆けつけひどく叱りつけた。婦人は「怪我をしたらどうする」と何度も繰り返した。
私はそれと同じ位何度も花瓶を弁償すると言ったが、怪我さえなければ良いと断られた。私は弁償を持ち出した無責任さと浅ましさを深く反省したが、嬉しかった。

私はその後怪我もなく、病気もせず、学問の成績も一度も落とすことなく、婦人の自慢の子として人に分け与えてあまりあるほどの愛を受けて育ち、婦人はそんな私を静かに見守った。

13歳の冬、私が雪遊びをしていると、婦人が駆け寄ってきて私の腕を掴んだ。戸惑う私は屋敷の中を成す術なくずるずると引きずられ、暖炉の前へと連れ込まれた。

暖かな室内に汗を拭いながら、ふと目線を婦人の手元にやると、その手には火かき棒があった。痛いほどに固定された自身の腕と、その先端の鈍い朱色を見るや、私がもがき出すとそれを制止するかのように婦人は躊躇なくその熱を私の腕に押し付けた。


私は自身の物音と悲鳴の中で、婦人が何事かを叫んだのを聞いた。言葉は理解できなかったが、婦人の愛を思えば、これが私の為に行われていることは自明に思われた。

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