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【夜を注ぐ⑤】

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果てなく続くと思っていた夜空は、ぐにゃりとその表面に波をつくり、ひずみを徐々に広げたと思えば、やがてその中心から一筋の"夜"が涙のように、音もなく降り注いだ。

ぱたっ ぱたっ

頬にあたった"夜"は生温かい。ミサトが頬にさわった指を見ると、空を写し取ったような満天の星星が指を染めていた。

「夜って…」

「ふふ、すごいでしょう?」

カヤはさも得意げという声でライトを切った真っ暗闇の中から返事をする。ミサトの冷静さはここで途切れる。

「すごいでしょうって…一体何なんですか!?これ!?」

ミサトはとうとう我慢の限界だと言わんばかりに泣きそうな声で喚き散らした。

「大体、おかしいと思ったんですよ!こんな丘だか山だかわからない公園で酒造なんて!しかも途中歩いてたあの一団!なんですかあれ!!怖すぎますよ!!」
「あぁ、あの方々ならほら、そこに」
「やあ」
「ぎゃあ!!」

振り向くと、先程見かけた能面紳士がすぐそこに顔を出した。ミサトがひっくり返りそうなのをカヤはふわりと抱きとめた。

「ふふっ、この夜一番の大きな声ね。」
「何笑ってるんですかっ!」

ミサトは顔を火照らせて詰めよった。

「そろそろ説明して下さい」

憤然としたミサトの態度に気づいたカヤは

「ごめんなさい、混乱させるつもりはなかったの。驚かせるつもりはあったけれど」

と、わざとらしく困ったような声で弁明した。きっと闇の向こうであの大きな目を、精一杯上目遣いにしているに違いない。

「たちが悪いですよ…店出てから一言も喋らないし」
「だって、貴方がここを気に入ってくれるか心配だったのよ」
「心配?」

急にしおらしくなるカヤに、ミサトは面食らった。心配?あんなに連れ回しておいて…??

「私、"夜"のことを誰かに話したのって初めてで、ちょっと緊張しちゃったのよ。ほら、私達今日が初対面じゃない?もしがっかりされちゃったら、ショックなのよ、とっても…」

カヤの影はモゾモゾと動いている。
がっかりされる心配までしながら、私の「見たい」だけで、この人はここまで私を誘ってきてくれたのか。

人の心はわからんなぁと思いながら、ミサトは「はぇ~」と素っ頓狂な声を出した。それから再び顔をあげ、"夜"が空から垂れるのを眺めた。

頭上に広がる満天の星空が、そのまま写し取られ、カーテンの端をつまんだように地上へ降り注ぐさまは、自分が大きな砂時計の中に入れられたかの様な感覚にさえさせた。

「…綺麗」
「でしょう?」

その声は、最初に出会った店でのものと寸分違わず、あの自信ありげな表情が目に浮かぶようだった。



続きます…!

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