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【短編】ふるえる温度

家に一人床に横になっていると、意識が部屋の中、部屋全体、家の中まで広がっていく感覚になる。

 平日のよく晴れた昼下がり、私が書斎の床に背中をぺたりと密着させていると、家を歩く妻の足音や椅子を引く振動は背中から体全体をじわじわと伝う。妻はトイレから出たあとキッチンへ向かい、水を入れたやかんを火にかけると手近な椅子を引き、腰を下ろしたようだ。次に冷蔵庫の無機質な音があたりを包む。本でも読んでいるのだろう。やがて我が家の使い熟されたやかんがコトコトと音を立て始めた。妻はやかんを火から下ろし、カップに湯を注いでいる。カップは2つだ。

 まずい、こちらに来るな……。私は立ち上がり、いそいそと机に着席した。妻が私の書斎の扉をノックしたのはその2秒後である。

「コーヒー淹れたの。飲むでしょう?」

扉が開かれ、鞠を転がしたような軽やかな声が書斎に響いた。

「あぁ、ありがとう。」

「じゃ、がんばって。」

 妻は小さな足音を立てながら下階へと引き返していった。

 私は早速受け取ったコーヒーに口をつけ、しばし腹を温めた。深煎は妻の趣味だが、苦味に強くない私のカップにはいつも砂糖とミルクが入れられている。しがない物書きにこんなにも甘いコーヒーを淹れてくれるのはきっと妻だけだろう。ここ5日間、依然として汚れなき乳白色を保ったままの原稿用紙を眺めながら私は口の中に沁み入るわずかな苦味を感じた。しかしコーヒーを飲み終わっても、立っても、座っても、目を閉じていても開けていても、出てこないものは出てこないのである。そもそもなんだこの題材は、と徒に怒ったふりもしてみたがやはり私の筆は頑として動かない。

 あまりの情けなさに再び背中を床へと力なく横たえると、またもや私の体と家は一体となった。体は感覚で満たされ、開け放たれた窓の空気や畳まれた衣服の感触、屋根に留まった鳥の重みでさえ全身で感じることができた。

 しかし、日が傾いた頃になると玄関先が慌ただしくなりだした。妻は立ったりしゃがんだりと、絶えず衣擦れの音を立てている。買い物に行くのだろうか。すると窓からの冷たい風がかすかな寂寥感を連れて私の胸を吹き抜けた。その風は腹のあたりで吹き溜まり、口から溢れんばかりだ。腹にたまる寒さから私が目を開けると、部屋はすでに闇に浸り、机の上に灯るランプだけが本棚に並ぶ背表紙を舐めるようにぬらぬら照らしている。私はたまらなくなり、急き立てられるように階段を降りた。玄関で私が息をつくと、下階では窓からの金木犀の甘い香りが妻をふわりと包み込んでいた。





〜あとがき〜


前回から始めたものを2回目にして忘れかけてました。(言わんでいい)

今回は家に寝転んでる夫の話です。家事もせず、仕事もせず、寝転んでばっかりですね。

書いてるうちに奥さんが可愛くなってきて気持ちが!抑えられなくなっちゃったので!!文の体をなしてなかったら申し訳ない。奥さんが可愛いなぁと思ってくれたら、私はその人と握手です。握手しましょう。

ここまで読んでくださり
本当にありがとうございました🙇

ではまた次回お会いできますように!
さよなら👋

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