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【夜を注ぐ⑥】

あらすじ  夜が落ちてきました。

1話から→https://note.com/shimishmidaikon/m/m0311c6be2e90 

空から一つの筋となって滑り落ちてくる夜は、草原中央にある机に置かれたポットの中へ一直線に注がれている。

「これは、何なんですか?」

ミサトはさっきの言葉をもう一度聞いてみた。

ここまで来たら、何も聞かないほうがアホらしい。知らないことはとことん聞き出してやる。

ミサトは自身の好奇心と、えも言われぬ正義感が赴くまま、もう一歩も引かないという気概で、カヤの返答を待った。

そんな期待を一身に受けたカヤもそれを感じ取ったかの様に、いつになく真剣な空気を漂わせ、暗闇の中でミサトをまっすぐ見つめた。

「それが…よくわからないのよね。」
「へ…」

また間抜けな声が響いた。懐中電燈がついていたら、間違いなくカヤの爆笑を免れなかっただろう。能面紳士が少し離れたところで吹き出したのが分かった。見えてる?見えてるのか??

「どういうことですか!?」

ミサトは顔を火照らせながらカヤに問うた。

「あ、なんにも分からないってわけじゃないのよ」

ミサトの凄んだ声を聞いたカヤは慌てて説明を始めた。

「コレは大昔からあるもので、100年周期で場所を転々としながら世界中で起こってきた現象なの。で、今はここの番ってワケ。」

「丘の上にこんなんあったら目立ちませんか?」

「あら?大丈夫よ。ここは目立たないし、街からは明かりで見えないのよ」

ここへ来るまでの道は裏路地だったものの、確かに表通りのきらびやかさは目がくらむほどだ。

繁華街では誰もが快楽を謳歌し、それを求めて彷徨っている。空を見るなど、腹の足しにもならない事を誰が思いつくだろうか。

「こんなに、美しいのだけれど…」

カヤはゆっくりと息を吐くように呟いた。涼しい風が頬を撫でる闇の中、カヤのまんまるな目だけが水面のように星を写し、輝いている。ミサトは黙ってそれを見つめていた。

カヤは、少しの間空に見とれて思い出した様に続けた。

「あっ話が逸れたわね。えっと、そう、この夜は、当たり前だけど本物じゃないの。偽物。こうやって空にあって、色々なところに落ちてくるんだけど、昔からこれを薬や嗜好品として飲むのが、一部界隈で受け継がれてきたのよ。」

「一部界隈…」

ミサトはこっそり能面紳士へ視線を移した。悟られないように極力頭を動かさなかったが、紳士は気づき、頭の上のハットをくいっと杖で持ち上げた。存外プレイボーイなのだろうか。

「これを飲むと病が治るとか元気になるだとか言われてたのだけれど」

カヤは意に介さない。

「悪用を恐れた大昔の人達は、ずっとこれを隠してきたの。主にこの夜の副作用が原因でね」

「副作用?」

「……夜になるの」

「夜になる……」

とっさにオウム返しをしてしまった。また、話に置いていかれた気がした。

つまりカヤの言うには、そもそも夜が病を治すのは、夜が体の悪いところをたまたま取り込み、空に帰って行くからだそうだ。

その効用を活用して薬として重宝されたが、病が治る理屈は未だ解明されておらず、飲みすぎると体のすべてが夜になって空に帰ってしまうと。

「って事は…カヤさん結構危なくないですか?」

思わずたずねた。

カヤは店で話している間、"夜"をそれはもう大胆に、その細い喉へと惜しみなく注ぎこんでいたのだ。

「大丈夫。心配しないで」

カヤはこちらに顔を向けて、空を映すプラネタリウムのような瞳でこちらを見た。声はいつになく静かに、しかしはっきりとミサトの鼓膜をゆらした。

「まだ死ぬつもりはないわ」

あやす様な、慰めるような声にミサトは言葉を返すことが出来なかった。声色の穏やかさに驚いたのもあったがそれ以上に、カヤの発する声、空気、身動きをする音そのすべてが、言葉の裏をにじませているように思えたからだ。

次→https://note.com/shimishmidaikon/n/nab19ed389f28

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