島根でデザイナーのたまごとして働く20歳──閉校の経験から、地域のデザイン会社で働く「いま」までを聞く
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島根でデザイナーのたまごとして働く20歳──閉校の経験から、地域のデザイン会社で働く「いま」までを聞く

Craftsman’s Base Shimane
日本海に沿うように東西に長く伸びる島根県。その距離は約230kmもあり、地域によってさまざまな自然環境や文化を持つ。島根県東部の出雲市で生まれ育った南木かおりさんは、県中央部に位置する川本町の島根中央高校に進学。マイプロジェクト等、地域活性化活動に取り組んできた。2019年に高校を卒業後、現在は出雲市のデザイン事務所に勤めている。クリエイションの現場で仕事をおぼえながら、忙しい日々を過ごす南木さん。成人を迎えたいま、地域の現状や未来をどのように捉えているのだろうか。等身大の若者の意見を聞いた。
(聞き手:西嶋一泰、文:宮武優太郎)
南木かおり(なんき・かおり)
島根県出雲市出身。島根県中央高等学校では生徒会長を務めながら家庭クラブおよび新聞部に所属。地域行事に積極的に参加し地域活性化に取り組む。卒業後、株式会社「あしたの為のDesign」に入社。現在はデザインアシスタントとして業務に携わっている。​

通っていた地元出雲市の中学校が閉校に


島根県出雲市で生まれ育った南木さん。地域の人々の温かさに触れながら育ったと語る。

私の地元は人と人との距離が近くて、同年代の友人だけでなく、年上の方とコミュニケーションをとる機会も多かったです。人生経験が豊富な分、いろいろなアドバイスをくれました。一方で、良い話も悪い話もすぐに広まってしまうので、そこは田舎ならではだと思いますね。それでも生まれ育った場所ですし、居心地がいいです」

子どもから大人まで様々な世代と接する機会が得られたことも地域社会のおかげだという。

「小学校の夏休みに地元の青年会議所が企画した宿泊行事に参加しました。出雲市内を5日間かけて歩き、100kmを踏破するというものです。私は元々人見知りが激しかったのですが、その行事を通じて、大人の方達とたくさん話す機会に恵まれました。中学や高校に進学してから、他の年代の人達とも怖気付くことなく話せるようになったのは、その時の経験があったからだと思っています」

南木さんは地元の出雲市平田地区の中でも海沿いの光中学校に入学後、生徒会に入るなど積極的な活動を続けていく。しかし、彼女が中学2年生の頃、通っていた中学校が閉校になるという経験をする。

「私は光中学校がすごく楽しかったので、新聞で学校が閉校になるという記事を見たときはすごくショックに感じました。学校があれば、体育祭のときも地元の人が応援しに来てくれて人が集まります。でも閉校になった後は、人の流れが学校から町の中心部へと移ってしまったような気がしています。学校がなくなってしまったため、3年生の1年間は別の中学校に転入することになりました。以前通っていた学校は同級生が10人ちょっとしかいませんでしたが、新しい学校は160人以上。あまりにも変化が大きく、ついていくのが大変でした」

人口3000人の小さな町にある地域に根ざした高校へ進学

南木さんが進学先に選んだのは、島根県の中央、内陸に位置する川本町の島根県立島根中央高等学校。川本町は中国地方最大の河川「江の川(ごうのかわ)」が流れる人口3000人の小さな町だ。南木さんはどんな基準で進路を選んだのだろうか。

「地元ではなく新しい環境に身を置きたいという思いがありました。中央高校の校風も気に入っていましたが、学校見学に行った時に町全体の時間がゆっくり流れているように感じて、そこもいいなと思いました。「この学校、そしてこの土地で頑張ってみよう」と思って進学を決めました」

島根県では県をあげて「高校の魅力化」を推進。中山間地域の高校は特に、全国からも生徒を受け入れ、学校を地域に開いて、今までにない課題解決型学習やキャリア教育に取り組んでいる。島根中央高校は「まちごとキャンパス構想」を打ち出し、地域と連携した様々なプログラムを組んでいる。生徒が積極的に地域の伝統行事や保全活動へ参加し、平成24年には「ユネスコスクール」にも認定された。

「高校時代には生徒会の活動をしながら、新聞部と家庭クラブにも所属していました。家庭クラブでは、夏から秋にかけて、七夕祭や産業祭といった地域のお祭りに参加しました。自分たちでお菓子を作って販売していたのですが、どんなものを作ったら買ってくれるかを想定しながらメニューを決めていましたね。お祭りの時は、お客さんと実際にコミュニケーションできて楽しかったです。何度も参加していると顔見知りの方も増えてきて、「美味しいよ」と直接伝えていただいたり「こうやって食べたらもっと美味しいですよ」なんて話したり。
3年間の高校生活が自分を成長させさせてくれたと思います。生徒会や部活動のなかで、どうやったら自分の理想に近づくことができるのか、その試行錯誤の仕方を教えてもらいました。人前に立ったり、様々な人と話したりするなかで自信もつきました。中央高校は自分を変えることができる学校だと思います」

島根をデザインする会社へ高卒で就職

島根中央高校で充実した学生生活を過ごした南木さん。卒業後は「あしたの為のDesign」に入社する。山陰広告賞2020グランプリを受賞するなど、地域に根ざしたデザインで高い評価を受けるデザイン事務所だ。島根県松江市や出雲市に事務所があるが、南木さんは地元出雲市平田の事務所に勤務している。

「進路選択は悩みましたが、島根で生活しながら仕事をしたくて今の会社を選びました。先輩のデザイナーさんの原稿を整えたり、案件の写真撮影をしたり、デザインのサポート業務を担当しています。まだ知識や技術があるわけではないので、先輩からたくさん教えて頂いています。高校生の頃は就職って働くことだと思っていましたが、実際には働きながらも常に勉強しています。新しいことを知れて嬉しいですし、楽しみながら日々学んでいます」

入社してからもうすぐ3年になる南木さんに今後の仕事の目標を聞いた。

「自分がまだ一人前のデザイナーになれていないから、方向性は定まっていません。でもお客様に「南木さんと一緒に作りたい、仕事がしたい」と思ってもらえる人になりたいです。私のまわりには尊敬する大人たちがたくさんいます。そんな方たちの得意分野や憧れている部分を「盗ませていただく」という姿勢で見習っていきたいです」

今度は自分が、寄り添いながら応援できる人に

今年成人を迎えた南木さんに、どのような大人になりたいか質問してみた。

「成人は人生の節目のように言われますが、実際のところ19歳と20歳でそんなに変わるかなあって……だから、このまま成人になって大丈夫なのかな?という不安があります。目標としては、相手に寄り添い、応援できる人になりたいです。いま周りにいる人たちは私が意見をすると「いい考えだね」と、一度受け止めてくれます。もちろん全てを肯定されるわけではありませんが「もっと良くするためにはこうしてみたらどう?」と一歩前進するアドバイスをくれます。自分もそんな大人になりたいです」

若者の可能性を否定することなく、背中を押せる人間に。そんな大人になるためにも、南木さんには実現したいプロジェクトがあるという。

「まだまだ漠然としていますが、地域の人と人、特に高校生や若い人たちが互いに出会い、関わり続けられる場所をつくりたいなと思っています。同年代の人とコミュニケーションできる場所が少なくなってきたと感じるので、そういった場所をつくりたいです。自分自身もいまの高校生たちとつながりを保ち続けたいし、学生時代にお世話になっていた地域の方々ともつながり続けていたいですね。
コロナ禍でリアルな空間の運営は難しくなっていますが、やはり実際に対面で会ってコミュニケーションを取ることは大事だと思っています。具体的に場所をもつかイベントをやるかもまだ未定ですが、知り合い同士をつなげていって、次第に大きくなっていったら面白いなと思っています」

「意外とできる」──今、島根に想うこと

島根で育ち、学び、現在も島根で生活している南木さん。長年この地で暮らしてきた当事者として、島根県に思うところはあるのだろうか。

「島根は居心地がいいし、地域の人とのコミュニケーションもたくさんあっていいところです。課題をあげるとしたら、県の東西で教育格差があるのではないかということです。高校生になってから気がついたのですが、県東部には学習塾も多いですが、県西部では自主学習に頼る必要がある地域が多いです。どこに暮らしていても学びや挑戦のチャンスがあるといいなと。
私自身は高校生の頃から地域に関わる機会をいただき、行政のさまざまな取り組みも知ることができました。そうした取り組みと、私たちが「どんな島根にしたいか」という想いとが集まれば、島根はいっそう暮らしやすい地域になると思います」

最後に、南木さん自身のこれからについて聞いてみた。

「なんとなく島根でずっと暮らしていくような気がしています。暮らしていて居心地がいいということもありますし、ここでしかできないことがたくさんありますからね。あと、私が高卒で入社してまデザイン事務所で働いているように、島根では「できなさそうなことも、意外とできる」からですここでならきっと生きていける、そういうイメージをもっています」

さまざまな文化や歴史背景を持つ島根。ここで育った南木さんは、地域の人々から学び、そして自ら実践し、社会に出てからもその姿勢を持ち続けている。これからも周囲の人々と寄り添い合いながら、目標に向かって一歩ずつ進んでいく。

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