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高齢出産をした私が思った事 ②妊活をはじめる

「子供作らないんですか?」よく言われた。
「高齢出産になりますよ」知ってるし、もう、なってる。

夫は、四人兄弟の長男。ご両親も健在、仲の良い家族に恵まれていた。「多かれ少なかれ、みんな家族に問題があると思うよ」母がそんな事を言っていたが、夫の家族には問題がないように思えて、とてもとても羨ましかった。

夫は子供が欲しいと言っていたが、無理強いする事はなかった。私が働いているという事もあって。

私は診療放射線技師として、病院に勤務していた。ざっくり言うと、体の内部、胸やお腹、骨のレントゲン写真を撮影する仕事である。私が新人の頃はまだ女性技師の割合は少なかった。

それゆえ男社会で懸命に働いているという自負があった。そう、専業主婦をちょっとバカにしていたのだ。
「家で子育て。家事しているだけじゃん、楽でいいな」と。

勤務先は新しい職場で、女性技師が妊娠した事がなかった。そんな中、一人の後輩が妊娠した。以前勤めていた職場の女性技師たちは、結婚すると他の職場へ移動させられていた。忙しい大きな病院だったから、この職場での妊娠は許されていなかったのだ。当時は働く女性に対する偏見や差別がまだあって、結婚して妊娠したら仕事を辞める。他の職種も同じだったと思うが、そんな空気があった。

妊娠している時に、どこまでどのような仕事ができるか、男性の多い職場で、皆どのように対応したら良いか、上司も私も困惑していた。

放射線を扱う仕事なのに、放射線は赤ちゃんには害がある。そして、動けない患者さんを持ち上げて、寝台に乗せて撮影したりと、力仕事も多かった。妊娠中にできる事は限られてしまう。放射線をつかわない検査、撮影の補助をするような仕事をしてもらっていた。

つわりで具合が悪い、お腹が張る。休憩して働けない後輩に、「使えない」そんな卑劣なことを思っていた。仕事のしわ寄せは全部こちらにきてしまうのだから。独身の人たちは、とくに不満が多くなっていた。

職場の女性技師の年長者で、その中で、最初に結婚していた。
「先に、妊娠したかったのに」そんな思いがあったのだ。
後輩が妊娠した途端に、自分ができない事へのあせりや怒りを感じていた。身勝手な話だ。自分で妊娠しない事を選択したというのに。
しかし、本当は、妊娠しない事を選択したのではなくて、妊娠する覚悟がなかったのだ。

今度こそ次は私が妊娠する、と思っていた矢先、別の後輩が授かり婚をしてしまった。その時すでに、妊娠2ヶ月を過ぎていた。

「おめでとう」そんな言葉よりも、絶望のような、怒りのような、裏切りのような、どす黒い感情が心に溢れてしまった。
「あ、私ここで、やっていけない」気持ちの糸が切れた。

周りの人たちに迷惑がかからないように、私は、いつも、そう思いながら、仕事をしていた。自分の欲望のままに、生きていける後輩に、嫉妬していたのだと思う。けど、しかし、大変さが分かっているこの状況で、妊娠って?あまりにも、自由奔放すぎる態度に嫌気がさした。

動けない妊婦さんを二人抱えての仕事は、実質二人いないで働いているようなもので、「どうせなら休んでくれたらいいのに」そんな事ばかり考えていた。「何で、私達ばかりが働かなくちゃいけないのか?」ストレスで心が蝕まれていく。

「大丈夫?大変だね、休んでていいよ」優し気に言葉はかけても、心の中は怒りで溢れていた。優しくできない、性格悪いな、こんな自分に自己嫌悪。その他にも、いろいろ原因はあったが、この時期、楽しい事が見つからず、鬱のようになってしまった。

今となっては本当に卑劣で冷酷だったなと思う。
後輩たちに真摯に謝りたい。
妊婦さんは本当に、本当に、大変。「実際に体験しないと人の痛みはわからない」よく言われるが当時の私には本当に、何もわからなかった。

今ならば、「大丈夫?大変だね、休んでていいよ」心から、そう言えるし、お互い様だね、と代わりに働く事に何の不満も感じないように思う。

結婚して夫と暮らすようになって、お互いに、慣れない環境にもストレスを感じていたのだと思う。嬉しい事でも、変化はストレスに感じるらしいから。

私は、ちょっと立ち止まって、これからの人生を見つめ直す事にした。

年齢の事もあるし、「子供を産むのか、はたして、産めるのか」という事を真剣に夫と考える事にした。

後輩たちが育休に入って、新人が入って、職場が落ち着いた頃、私はこの職場をやめた。妊娠したとして、忙しいこの職場で、私のような思いを抱かれながら働きたくなかったし、そもそも皆に迷惑をかけたくなかった。

忙しい職場では、誰しも、余裕がなく、心がせまくなる。気遣いもできなくなる。ギスギスするのが嫌だった。本当は、そうならないように、皆が気遣いができる職場に変えていかなければならなかったのかもしれないが、無理する事をやめた。

私は私の幸せを選ぶ。

結局、人に頼れず、助けを求めて相談する事が出来なかった。この時、上司と話し合っていれば、解決法は辞める以外にもあったのかもしれない。

自由奔放な後輩のおかげで、何か色々どうでもよくなって、周りを気遣う事が馬鹿らしくなった。

私も好きなように自分の為に生きる事にした。
ある意味、自分を振り返るきっかけになった、と今は感謝している。

そして妊活中という事を理解してくれる職場に転職した。

夫は本当は子供が欲しくて欲しくてたまらなかった。
という事を、この後、はじめて知る。私には、その気持ちが全く伝わっていなかったのだ。

私たちは、ゴールデンウィーク中に妊活をはじめる事にした。



ここまで、貴重なお時間を!ありがとうございます。あなたが、読んで下さる事が、奇跡のように思います。くだらない話ばかりですが、笑って楽しんでくれると嬉しいです。また、来て下さいね!