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君はくるくると踊っているかい?:Paolo Conte ”Via Con Me(一緒に行こう)”

大人になってからの音楽は、どれも誰かの顔が見えてくるし、風景も匂いまでも思い出せるものが多い。特に誰かに紹介されたり、偶然の一致を発見したり、そんな音楽を聴く時にはその人を思うし、その人を思う時には特定の音楽が聴きたくなる。

ピエトロが私の生徒だった時間は2年間と短かったけれど、思い出はたくさんある。ひょろひょろのやせっぽちで背が高く、いつも彼がぎゅっと背中を丸めるか、私が木を見上げる様に首を曲げないと目を合わせて会話が出来ない。
ニコニコと静かに笑う彼は毎日の様に放課後は教室に残って私と、数人の似た様な仲間と、哲学の話をしたり詩を朗読しあったり、歴史について語り合ったりしていた。
まだ18歳だけど、おじいさんの様に長い人生を歩んできたかの様な考え方をし、時にはクラスメートを“子供すぎてつまらない”と相手にするのを拒んだ。
他の子供の様に遊んだり、誰かの噂話をしたり、誰かに合わせて好みを変えたり、そういうのが本当に苦痛だ、といつも悩んでいた。
みんなは僕の事が好きだというけれど、好きってなんだ?僕は僕を好きなのかもわからない、と悩んでいた。

高校3年のプロムの前に、私のところに来て腰を落として聞く。
“シマ、僕は誰も誘う人がいないんだ、だから一緒にプロムに行かない?”
ニコニコする彼に思わず吹き出して、
“ダメだよ、絶対。先生とプロムに行く生徒なんて聞いたことないよ”と返すと
“やっぱりダメかぁ、じゃあヨハンナと行くしかないなぁ”と笑った。
プロム当日、ヨハンナはまっ白いドレスにオレンジのコサージュと花かんむりを着けて、タキシード姿のピエトロと並ぶとまるで花嫁の様に美しかった。一丁前の大人の様に着飾った生徒たちはみなかわいかった。自分の息子や娘の結婚式みたいだ、と誇らしい様な気持ちでたくさん写真を撮った。

卒業前のある日、私の教室に寄った時にかかっていた音楽にハッと目を丸くして、
“ワーオ、僕も今日このアルバムを聴いていたよ!”とまるでサプライズのプレゼントをもらった小さな子供の様にピエトロははしゃいだ。
18歳の男の子がPaolo Conteを聴いていた・・・なんとも不釣り合いだけれど、ピエトロにはふさわしいチョイスだった。

教室にはわたしと、ピエトロと、ヨハンナと、ジョーと、ディーンと、クリストファーがいた。
彼はスピーカーのボリュームをちょっとあげると、
“踊ろう!” とニッコリと笑い、それぞれがパートナーと手を取って、社交ダンスのまねごとをした。ジョーとディーンは男の子同士だけれど恋人たちのようにしなやかに踊った。
きゃっきゃっと笑いながら廊下にくるくると踊り出ると、数学の先生と図書室の先生が不思議そうな顔をしたあとに、小さな子犬が遊んでいるのを見るかのような暖かい眼差しをこちらに向けた。

”Via Con Me” ーーー今日はこの曲を聴いている。
ピエトロが23歳で自分の人生を終わりにして、今日で5年が経った。
あの日私とこの曲でくるくると踊った様に、遠くでくるくると踊っていることを願って、この曲を聴いている。

♪Niente più ti lega a questi luoghi (君をここに縛るものは何もないよ)
♪It’s wonderful, it’s wonderful, it’s wonderful, good luck my baby

シマフィー

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