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【超短編小説】 夢へ誘う電車

ガタンゴトン、ガタンゴトン…

キキーッ


電車が止まる。


少し大きめの揺れで目が覚める。


どうやら結構眠ってしまったようだ。

自宅の最寄り駅はもうすぐだろうか。


窓の外を見る。

すると、そこには懐かしい景色が広がっていた。


子供がまだ小さい時に家族でよく遊びに行った遊園地の観覧車がはるか遠くに見える。

まだどこもかしこも木々が多く、公園には小学生の子供とよく遊んだジャングルジム。

線路が町より高い位置にあるその駅からは、町並みがよく見える。


おかしい。

そんなはずはない。

すぐに駅名を確認した。

いや、間違いない。


確かここは最寄り駅から3つほど離れた駅であるはず。


あの遊園地は20年ほど前に経営不振で取り壊されたんだ。

あの公園の遊具は今ではもう殆どが無くなっているはず。

駅前はもっと高いマンションが…。


もう一度駅名を確認する。

見間違いではない。

頭がおかしくなったのか…?


心臓がバクバクしている。

背中につーっと汗が伝ったのが分かった。

心なしか息が浅い。


落ち着け。

夢だ。これは夢なんだ。


シューッ


電車のドアが閉まる。





再び電車が揺れ動く。

すると今度はトンネルに入ったかのように、窓の外は真っ暗になる。


ここにはトンネルなん無い。

そうだ、やはり夢だ。

口の中の乾きが幾分か収まった。


目を瞑っていれば現実に戻る。

せっかくなら次の駅も見てみよう。


好奇心が働いた。


一度窓の外が暗闇に包まれる。


次の駅が近い。

電車のスピードが緩む。


遠心力で少し身体が傾いた。

と、同時に一気に窓の外が明るくなる。


次の駅。


思わずドアの前に立ち身を乗り出す。


やはり昔の風景が広がっていた。

今は親子連れで賑わっているはずの、駅チカの商業施設がない。


しかし駅から見える位置にある和菓子屋は割と古かったはず。

なのに見当たらない。

創業30年以上だったはずだ。

もっと過去に移動したのか?


懐かしい…。

まるで走馬灯のように若かりし頃の思い出に浸っていた。


でも、そろそろ最寄り駅が近づいている。

次もだいたい同じような風景だろう。

もう、いいか。


男は席に戻り目を瞑る。

きっと現実に戻る。


1つ駅を通り過ぎた。

そして、2つ目。


目を開けた。


そこには、古めかしい景色と、女の人…?


なぜ、何故ここに。


それは20歳の時、交通事故で亡くした恋人だった。

今の妻と出会うずっと前。


大好きだった。


横断歩道で信号待ちをしていたらトラックが突っ込んで来た。

即死だった。

彼女が咄嗟に私を突き飛ばし、守ってくれた。

一生分の涙を流したんじゃないかと思うほど、毎日涙が止まらなかった。


忘れたことはなかった。

駅のホームで私に微笑みかけている。

紛れもない、愛しい人。


無我夢中で電車を降り、彼女を抱き締めた。

「あ、会いたかった…!つぐみ!つぐみぃっ!」


涙が止まらない。

心臓が震える。

言葉もつかえて上手く話せない。


ただ抱きしめていた。

彼女も幸せそうだった。


私は何故ここにいるのか、何をしてたのか、もう何も考えられなくなっていた。


いつの間にか、電車の扉は閉まっていた。


「つぐみ、帰ろう。今日は何食べたい?」

「うん、今日はあなたの作ったカレーが食べたいな。」

「なら先に買い物に行こう。家に食材ある?」

「野菜は買ってあるんだけど、ルーだけ買い忘れたの。ついでに甘いものも買って行きましょう。」

「よし、なら近くのスーパー寄っていこうか。」

二人は手を繋ぎ歩き出す。



もう、そこに電車はなかった。



現代。

ある線路沿いの茂みで、ある男の白骨化遺体と手紙が発見された。

身元はDNA鑑定の結果、3ヶ月前から行方不明だった男性の遺体であることが判明。


しかし、遺体を調べたところ40年前のものであることが分かった。


手紙には一言、

「ゆるしてくれ。」


彼は今まで、どこで何をしていたのか。

彼以外、誰も知らない。


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