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ラグジュアリーを伝えるメディア「紙」

ビジネスに役立つデザインのマガジン


もっともわかりづらいデザイン「紙」

グラフィックデザインについてデザイナーではない人(つまりクライアント、依頼者)が、いちばんわかりづらいのが紙です。ロゴ、デザイン、レイアウトは目に見えてわかるし、競合他社のそれも目にしています。ウェブや動画ももちろん見られます。プロダクトデザインも目に見て手に触れてわかります。しかし紙となるとグラフィックデザイナーや印刷に携わる人ではないと、ちょっとよくわからないのではないでしょうか。そして、その割に金額差が激しい素材であり、メディアです。フォント・書体以上に分かりづらいし、それゆえに価値も理解しづらい、かもしれません。


本当は知っているかもしれない「紙」の違い

紙の違いを知るのに良いフィールドはラグジュアリーです。いわゆる高級品、または高級なサービス。なぜか? 質の良さを伝えるのは、「一見わかりにくい手触り」だからです。服飾なら生地です。そしてデザインにおいては手触りを伝えるメディアとして代表的なものが「紙」です。この紙、ユーザー、消費者としては、多くの人が意識にまでのぼらないまでも、感じるという体験をしている人は少なくないはずです。それは商品やカタログ、パッケージとして使われているだけではなく、メニュー、ショップカード、DMなどにも使われていて、それにわたしたちは接していて違いは感じているのに意識まではしていない、ということが多いからです。このパラグラフの冒頭でも述べましたが、その違いを知るには、ラグジュアリーな領域が一番わかり易い。なぜなら

ラグジュアリーというのものが伝えたいのは、「本物感」だから。

見た目は、写真やデザインで作ることができます。木目がプリントされた床などが、例としてわかりやすいと思います。木目がプリントされていても木ではありません。そこにあるのは「雰囲気だけでもいい具合にしたい」という思いや狙いです。ラグジュアリーは、そういったものと一線を画そうとします。ちゃんと木を使用します。ホテルなら人工ではなく天然の石を使用するように。


わかりづらい違いがわかるのが嬉しい

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たとえばこちら。これはレインコートで有名な英国のブランドです。このブランドのシグニチャー、象徴的な特徴は、「ゴム引きコート」です。雨の多い英国らしいコートでゴム引きにしていることで水を弾く仕様です。ちょっとゴワッとしていて大きめのシワができ、独特のシルエットになります。そして触れると「ぬと」っとした感触がします。

上記の写真のパンフレットは、わかりづらい特徴がいくつかあり、まずロゴのMACKINTOSHの部分は、箔押しの仕様になっています。印刷の関係で箔押し以外印刷しづらくなっているためということもありますが、それ以上に「うっすら光を反射して光る」んです。ラグジュアリーブランドがメディアやデザインとして好む「ちょっとした質の違い」がここに観ることができます。「良いものを知っている人なら、この分かりづらい違いに気づかれるかもしれません」。そんなニュアンスがあるのではないでしょうか。

そして印刷会社が何度も試し刷りをして調節してであろう「薄っすらとみえるパターン」が印刷されています。写真だとけっこうはっきり見えますが、実物は一見するとただの濃い茶色に見えます。ここにも「わかりづらいけど、気づかれるかもしれません」というニュアンスがあります。

そしてもっとも「マッキントッシュらしく」、「もっともわかりづらい」が、おそらく伝わるであろう仕様が「手触り」なんです。こればかりは写真でh伝わりませんが、触ると「ぬと」っとした触感なんです。これは紙の種類ではなく、紙に施した加工によるものなんですが、撥水性が高くなる加工が施されており、触れる人の指にある微細な水分が弾かれて、人はその水分を感じて「ぬと」と感じます。これがなぜ「マッキントッシュらしい」かというと、この感触「ゴム引き」に似ているからです。この仕様は、ただ印刷するだけよりずっとコストがかかります。しかも手にした人は「あ、ぬとっとしてゴム引きみたい!」と気づかないかもしれません。でも気づいた人は「マッキントッシュらしい!」と感じるはずです。ブランディングとは、アウトプットすべてをコントロールしてらしさを伝えることなんですが(それ以前に「らしさ」とは何かを徹底してクリスタライズしますが)、これがまさにお手本みたいなブランディングのひとつです。


「ぬと」とした紙「プライク」

紙の話のはずなのに加工の話になってしまいました。まず伝えたかった「わかりづらいけどあなたならわかるかも」という姿勢がラグジュアリーブランドのアウトプットによくある、ということを伝えたくマッキントッシュのパンフレットの話をしました。

マッキントッシュが伝えようとした「ぬと」とした感触の加工があるのはわかったけれど、紙はないのか? と問われれば、あるんです。いくつかあるのですが、ラグジュアリーブランドで使われることが多い紙をひとつ紹介します。その名は「プライク」。

手にすると「ぬと」とします。色は10種類あって、紙から色がついているのでカットされた部分が白くなることもありません。けっこう高額の紙なうえに印刷がしづらい。ゆえに印刷をせずに箔押しという加工をすることが多いです。こちらを観てください。

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こちらは、タグ・ホイヤーというスイスのラグジュアリー腕時計ブランドのカタログです。意匠はすべて銀の箔押しで、紙がプライクのレッドです。

タグ・ホイヤーはラグジュアリー腕時計ブランドのなかでは比較的購入しやすい価格帯のブランドですが、LVMH傘下のブランドで映画『栄光のル・マン』でその名を世界に広め、また『インセプション』でも使用されています。とまれ、なぜタグ・ホイヤーのカタログでプライクが使用されているのか……おそらく手に触れた途端に感じる「ちょっとかわった感触」と精巧な箔押し意匠が、シンプルに「ラグジュアリー」を伝え得るからと考えたからでしょう。

タグ・ホイヤー以外にも、菓子のピエール・エルメのパッケージによく使用されています。


観ただけでわかりづらいが触れるとわかる「手触り」

ラグジュアリーブランドは、何度も書きましたが「わかりづらいけど、わかるかもしれない違い」を伝えることを好みます。がゆえに紙がその手段、メディアとして使われるのですが、意匠(目に見える飾り)というよりは手触りを伝えることを好みます。さきほどのプライクやマッキントッシュがパンフレットに施した加工は、かなりわかりにくい手触りですが、ラグジュアリーブランド全般では、もう少しわかりやすい手触りを紙に施しています。または手触りを施された紙を使用します。

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これらは少し前のDiorとTiffanyの紙袋です。意匠は、どちらもシンプルにロゴのみプリントされていますが、紙にはでこぼこした凹凸があります。これはエンボスという紙に凸凹がでるように型に挟んだ加工が施されているからです。さきのプライクよりはもう少しわかりやすい、親切とも言えるメッセージです。

「シンプルですが本物です」

というメッセージがここにあります。冒頭の写真でもあるこちらは、グラスのフランスのブランド、バカラのDM(伊勢丹から送られてきたもの)です。

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こちらの紙は、「クロコGA」という紙で、名前の通り、ワニ革に模したエンボス加工が施されています。


こちらはエルメスのパッケージ。

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ピントがロゴ部分にあたっていなくて失礼。こちらもまたボコボコした手触りですが、縁の濃茶になっているフレーム部分には凸凹がありません。実に細かい仕様です。エルメスは、馬具から始まったブランドですから、やはり手触りには革を彷彿させることを意図したデザインが施されています。


記号になった「ボンド紙」

こちらはエルメスからのDMの中の紙です。

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うっすらとしましまの凹凸が見えると思います。これは紙を漉く(すく)ときに簀(す)の目が入るようにして漉くことでできる凹凸です。こういう紙をレイド紙といいます。レイドとは「縞」という意味。英語だと「laid paper」。この紙、手間暇と技術が必要がゆえに高級なんですが、さらに透かしが入ったものもあります。透かしは英語では「watermark」。こちらは英国のラグジュアリーペーパーブランド「コンケラー」の透かし。

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この透かし、オリジナルで入れることもできますが、400万円以上かかった気がします(うろ覚え)。

このレイド紙、「ボンド紙」とも呼ばれ、その名の由来は、証券用紙として使用されていたから。このボンド紙が使われていると、世界でだいたい共通して「ちゃんとしている」ことが伝わります。ボンド紙を使うことでちゃんとしているぞ!ということが伝わるので、記号として機能しているといえます。エルメスらしいと言えます。

この例に出したコンケラー。知る人ぞ知る有名な高級紙ですので、見かけることがあれば、それを使用している主の気概やこだわりを感じてみてください。


高級紙の見本「ワイン売り場」

ラグジュアリーブランドのカタログなどで見比べるよりずっと手軽に簡単にラグジュアリーな紙とそうではない紙を見比べられる場所があります。それはデパートや酒屋さんの「ワイン売り場」。ワインのラベル(エチケット)に使われる紙の違いを価格帯で比べてみてください。安いワインはツルッとしたコート紙に近いものが使用されています。これは水に濡れても変色や変化がしづらい加工も施されています。食品類に使用する印刷物は、耐水性が重視されています。しかしそこにはラグジュアリーが伝えたがる「わかりにくいけれどわかるかもしれない」というニュアンスがほとんどありません。この類の紙は擦れにも強いので運搬の際にも傷がつきにくいのも便利です。しかし先のニュアンスは犠牲になります。

一方で高いワインのエチケットには、ボンド紙が使用されているものを多く見かけます。この場合は、オーソドックスな高級、本物のニュアンスのメッセージが込められています。それとは違うものも高級なワインになるとなんらかの手触りを伝える紙がエチケットに使用されているはずです。シャンパンなどではエンボス加工もよく見かけます。


まとめ

今回、何度か「意匠」という言葉を使いましたが、デザインとは意図的に分けて使用しました。意匠(いしょう)には、「形・色・模様」というニュアンスの強い言葉です。一方でデザインというのは元来「設計」という意味の言葉です。デザインには、目に見えないものも含まれます。例えば手にされ方なども意図したものがデザインです。建築なら移動するときに観ながら感じる感情の動きもデザインです。パースペクティブのデザインが顕著な建築デザイナーとしてはルイス・バラガンなどが例としてわかりやすいでしょう。

紙も意匠というよりは、目に見えづらいデザインです。しかも一般に多く流通していない紙は非常に高価です。なのになぜラグジュアリーブランドは、そういう部分にコストを掛けているのかと言うと「わかりづらいけど、わかるかもしれない」という領域が、本物と本物に似せたものを分ける分岐線として機能することを知っているからです。ただ金をかけているだけではないんです。ばっちばちのメッセージなんです。

こちらはIrma Boomさんというブックデザイナーが作った「インクを使わないで作った」シャネルの№5という香水の本です。

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(画像引用:A Genius of Book Design Creates a Tome With No Ink

ほしいのですが、かなりレアなのと困るくらいの価格なんです。

一般のメディアとしてはデジタルに多く変わっていく流れで、紙は生産量と売上高がものすごい急降下しているものなんですが、その一方でこのように目に見えないメッセージを伝えるメディアとしてはより需要が高まっているものでもあります。わたしたちが人間である限り、触感というのは想像以上に重要です。そしてそれを伝える場としてわかりやすいのがラグジュアリーという市場でした。それを知ってみると世界にある、目に見えないメッセージを今まで以上に受信できて、より楽しくなるのではないでしょうか。また発信側であるならば、わかりづらいけど大切な触感を重視するようになるかもしれません。


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