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GUCCIからグッチ一族が去って変わったロゴと書体

ビジネスに使えるデザインの話

デザイナーではない方に向けた、ビジネスに役立つデザインの話マガジン。グラフィックデザイン、書体から建築、芸術まで扱います。


リドリー・スコット監督の『HOUSE OF GUCCI』

2022年1月現在、日本で公開されているリドリー・スコット監督の映画『HOUSE OF GUCCI』は、イタリアのブランド、GUCCI(グッチ)において実際に起こった事件を素材として作られた映画です。キャラクターや経緯など映画用に作り直されている部分が多く、実際の人物たちとは切り離して見るべき映画ですが、キャラクターの作り方、展開、主演のレディー・ガガと演技、アダム・ドライバーを含めたキャラクターたちのスタイリング、プロダクション・デザイン(家具や照明や車など)など、楽しめる要素がてんこ盛りの映画です。事実と映画の違いやプロダクションデザインについてなどは別の記事で取り上げる予定ですが、今回はGUCCIのロゴとGUCCI一族の関係、GUCCIブランドと映画で使われている書体について解説していきます。

GUCCIにグッチ一族は現在いない

GUCCIは、グッチオ・グッチ(Guccio Gucci)が1921年にフィレンツェで創業したラグジュアリーブランドです。グッチオの死去以降は、グッチ家が経営を引き継いでいきますが、現在のGUCCIにはグッチ家の人間はひとりもいません。おそらくグッチ家が経営から締め出された(株式を売買して去っていった)後に、GUCCIは現在のロゴになりました。何があって、どう変わったのでしょうか。

現在のGUCCIのロゴ

こちらが現在のGUCCIのロゴがこちら(上)。字間が大きく取られ、厳かでです。セリフ(文字のはじっこにあるうろこみたいな部分)がかすかにあることで、オーセンティシティ(本物感)を残しつつ、現代にキャッチアップしている洗練さもにじみ出ています。セリフがあると、歴史があるが、保守的なニュアンスも含んでしまいます。ファッションブランドは、歴史があることやコンセプトがあることがレガシーとなりますが、これらと同時に現代にキャッチアップしていくファッション性も兼ね合わせて持つ必要があります。現在のGUCCIのロゴは、現代性と歴史感という、ハイブランドが常に対峙しなくてはいけない相反する要素を美しく体現したロゴです。このロゴが使用された始めたのは1998年。

このころには、GUCCIの経営のなかにGUCCI一族はいなくなっています。1995年にGUCCI一族のマウリツィオ氏が朝オフィスの前で銃に撃たれて殺害されてしまったのが、決定的な事件となりました。殺害は、妻のパトリツィア氏が人を雇って行われました。これが、映画『House of Guicci』のテーマとなっています。殺害される前から、GUCCI一族の株式は、中東資本に売られ、LVMHとの取り合いがあったものの、現在はケリングというブランド帝国のひとつであるコングロマリットの所有となっています。

このケリングのCEOであるフランソワ・アンリ・ピノー(François-Henri Pinault)氏の妻が、なんと映画『House of Guicci』にとても重要な役で出演しています!彼女の名は、サルマ・ハエック(Salma Hayek)氏。

右がサルマ・ハエック氏。左がレディー・ガガ! https://www.indiewire.com/2022/01/lady-gaga-house-of-gucci-sex-scene-salma-hayek-1234691828/

一つ前のGUCCIのロゴ

こちらがひとつまえのGUCCIのロゴです。1992年から1997年まで使用されていました。最後のGUCCI一族の経営者であり、殺害されたマウリツィオが映画の冒頭に出てくるのですが、彼が身についけているベルトにこの2つのGのマーク(創業者グッチオ・グッチのイニシャル)があります。マウリツィオが殺されるのは1995年ですので、ちょうどこのロゴが使われていた時期です。実際の時間の流れとずれないように細かい演出が映画にはなされていて、それらに気づいていくのもマニアックな楽しみです。(自動車&バイクも楽しいですぞ)。

マークの上部のロゴタイプ(文字部分)には、Granjon(グランジョン)という書体が元になっています。

Granjon


Granjonは、1928年にLinotypeでGeorge W. Jonesによってローマン体とイタリックをChauncey H. GriffithによってBold(太い文字)をデザインされた書体ですが、もともとは1592年にフランスで作られたGaramond(ガラモン)という書体がベースになっています。Garamond系の書体は美しく、現在でもいたるところで使われています。Appleもある時期、Garamondを企業の書体として使用していました。

ここで使われているのはGaramondをApple用に改変して作られたApple Garamondという書体。


このときのGUCCIのロゴは、セリフが強く有り、オーセンティックですが、字間が狭く、現在のロゴと比べると「洗練された現代感」という要素はロゴタイプにはほぼ見当たりません。しかしマークにつかわれているGはサンセリフ体というセリフの無い書体が使われて、ここに「洗練された現代感」を見て取れます。

現在のGUCCIが使っている書体は“Futura”

現在のGUCCIは、ウェブサイトなどアウトプットする場ではFutura(フツラ)という書体を使っています。

オフィシャルサイトで使われている書体はFutura

Futuraは、1919年にポール・レナー(Paul Renner)というドイツの書体デザイナーが作った書体です。めちゃくちゃ人気で、使われまくっています。たとえばルイ・ヴィトンもSupremeもジレットもレッドブルもドミノ・ピザもオメガもカルバン・クラインも全部ロゴはFuturaがベースです。

全部Futura https://vidacreative.co.uk/typography-futura/

映画『007 NO TIME TO DIE』のタイトルもFuturaです。

(引用:IMDB No Time to Die (2020))


映画『House of Guicci』のタイトルもFutura

徹底しているのが、映画『House of Guicci』のタイトル、エンディングロールにもFuturaが使われているところ。

これ全部文字はFutura

シニカルなのが、ブランドのオフィシャルサイトにも映画にも使われているFuturaという書体は、GUCCI一族が去って、新生した(映画では、キリストの復活をも意味する言葉“resurrection”が使われています)GUCCIを象徴しているということです。GUCCI無きGUCCIの象徴を象徴する書体とGUCCI一族の面々がひとつになってポスターを構成しているわけです。奥深く、シニカルで、徹底しています。

ちなみにFuturaは、小文字もありますが、映画ではポスターでもエンディングロールでも大文字のみ使われています。その効果は何かというとレガシーとかヘリテージ、サーガという「壮大な物語」というニュアンスが生まれるところです。なぜ産まれるのか?

それはこのFuturaという書体が、ローマ帝国時代の碑文をベースにしたプロポーションを持っているからです。

ローマの碑文 https://www.thing.net/~grist/ld/TextBackHome/Roman.htm

この時代には、小文字はありません。Futuraを大文字だけですべてを組むと、この碑文感が強くでてきます。ちなみに&ちなみに、映画のタイトルにも小さく「A LEGACY WORTH KILLING FOR」と「HOUSE OF GUCCI」のまえについています。直訳すれば「殺すに値するほどの遺産」という意味になります。

これがFutura


Futuraを扱った別の記事

Futuraについてはちょいちょい扱っているので、そちらの記事も紹介しておきます。


まとめ

映画は長いのに時間を感じさせないほど夢中になるものでした。しかし事実とは異なる部分が多々あり、GUCCI一族や劇中に少し登場するGUCCIのクリエイティブ・ディレクターを務めたトム・フォードも「実際とずいぶん違う」というコメントを発表しています。実在する人々と切り離して「事実を素材としたフィクション」として観たほうが健全だとわたしは思います。

とまれ、GUCCIがブランディングに使っている書体Futuraが、映画のタイトルに徹底して使われており、それはGUCCI一族なきGUCCIを象徴している書体ともいえるだけに、相反するものを一つのイメージに取り込むことそのものが、新旧や保守と新進を同時に取り込みながら進化していくことが宿命のファッションブランドの姿と重なるようにも見えて、とても奥深いと感じました。


参照




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