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007のタイトルと書体Futura

タイトルの“NO TIME TO DIE”は、Futuraという書体のBlackという太さで打ち、映画『007 NO TIME TO DIE』のタイトルに似せてレイアウトしたものです。

映画のタイトルは、Nの幅をTにあわせて広くしたりなどこまかく微調整されています。

こちらが映画のタイトルが入った宣伝用ビジュアルです。

Image source: IMDB No Time to Die (2020)

せっかくなんでオフィシャルの予告動画もご紹介します。

この動画のタイトルにある「OFFICIAL TRAILER」もFuturaという書体が使われています。

書体への意識の高さを映画という産業でのみですが、比べてみると欧米のほうが日本よりはるかに高い気がします。少なくとも欧文書体に関しての意識の高さは段違いです(当たり前かもですが。それでもやはり自分たち、日本人の欧文書体のリテラシーの低さは自覚しておいた方が良いでしょう)。

Futuraという書体はいろいろなところで使われています

Image source: Gallery. Businesssigns.net

言わずと知れたルイ・ヴィトン。そのロゴにはFuturaが使わています。

アルファ・ロメオのロゴ
By http://www.alfaromeo.com/com/alfaromeosoul, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=47076718

イタリアの自動車ブランド、アルファ・ロメオのロゴもFuturaがBoldという太さで使われています。その他、時計のOmegaもMetlifeもRedbullもFedexもSupremeのロゴもFuturaです。

あなたがあるブランドを設立して運営する立場であるならば、こうしたいろいろなブランドにすでに使われている書体を自分のブランドのロゴに使うというのはちょっと抵抗を感じるのではないでしょうか。むしろ、オリジナルで作って独立性を保ちたいと思うかも知れません。

でも逆にどうしてこれらのブランドは、他のブランドに使われている書体を使うのか、というも考えてみたいものです。

書体はファッションブランドのようなもの

あなたが自分自身をブランドとして捉えてみたとき、その哲学や思想、していること、したいことを表現するさい、ウェブサイトやブログの以前に、自分自身の見せ方について考えるかもしれません。その歳、どういう手段で自分を表現するのか。

一番良いやり方の一つは、自分の思想や哲学に近いファッションブランドを身につけることです

オリジナルの服や時計を作って身につける……かまわないんですけど、それがファッションブランド一筋で作ってきた既存のブランドのレガシーに対抗できるレベルのものである可能性は、正直かなり低いはずです。それでも自分の思想や哲学を反映できるブランドがないなら創るしか無いかもしれません。ただし、作ったものを観ても、観る側は、その哲学を理解できないでしょう。なぜなら「観たことのないもの」だから。しかし、例えば時計にIWCを選んで身につけて、ジルサンダーのセットアップを着ていて、エドワードグリーンのプレーントゥの革靴を履いていたら、シンプルで洗練されていたいが、オーセンティックに染まるつもりもなく、金はかけるが気持ちはアップデートする気まんまんなのです、という姿勢を体現できたりします。

既存のレガシーや哲学を拝借できるわけです。そして既存だからこそ、それは記号として機能します。シャネルとディオールを同時に身につけている女性が居たら、その方が言いたいことを周りはうまく理解できないでしょう。ふたつは間逆な哲学のブランドだからです。

書体もそうです。Futuraという書体が持つレガシーや記号を利用したいので、ブランドは他のブランド(別業種であることが多いが)が使っていようとも使うのです。では、Futuraはどんなレガシーや意味や哲学を持つ書体なのでしょうか。

Futuraという書体

結論から言うと「幾何学的な美しさに碑文の美しさを反映させて進化させた書体」です。何を言っているのかわかりにくいかもしれません。デザイナーたちは、「どうしたら美しくなるのか」ということを「時流の圧力」を加味しながら、ときに時流に乗ったり、またはその洗練をずっと生き抜く普遍的な強さを求めて追求し続けてきています。

Futuraという書体は、1927年に、パウル・レナー(Paul Renner)というドイツの書体デザイナーがデザインしました。

ドイツの書体デザイナー、パウル・レナー氏By Eduard Wasow (1890-1942) - https://www.van-ham.com/artistdatabase//auktion-318-los-1309.html, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=82330238

レナー氏は、メンバーではないものの当時ドイツや近隣の国のデザインに大きな影響を及ぼしていたバウハウスという学校の影響を強く受けていました。

レナー氏の前にヤコブ・エアバー(Jakob Erbar)教授が、Erbar Grotesk(Erbar seriesのひとつ)という書体を1922年に作っていました。

Erbar (1922)
(By Source (WP:NFCC#4), Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=52687874)) 

この書体もFuturaと同じように正円と直線で作られています。パウル・レナー氏は、「これもちょっとよくできんじゃね?」と思い、Futuraを作りました。

Futuraは、幾何学的に形成されているのみならず、ローマの遺跡に見る碑文のプロポーションを反映しています。なので、2000年以上の歴史に耐える美しさの秘密を内包しているんです。ただ幾何学的に構成しているわけはないところがこのFuturaという書体の魅力です。碑文を反映した書体としては、

Trajan

という書体が有名です。Godivaのロゴにも使わていました。

Trajan
(By GearedBull at English Wikipedia - Transferred from en.wikipedia to Commons., Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3863955))

こちらは1989年にCarol Twomblyという女性によってデザインされました。

Futuraは幾何学的に構成されながらも碑文のプロポーションを持っているので、「洗練されて美しい」わけです。しかし使い方で印象はとても異なってきます。

ルイ・ヴィトンでは、文字の間を離しています。そうすると碑文的な貫禄がでてきます。しかし縮めるとどうなるでしょうか?実はすごく文字間を縮めたFuturaをロゴに持つファッションブランドがあります。


Dolce & Gabbanaのロゴ
By SVG conversion by Lokomotive74 - http://de.wikipedia.org/wiki/Datei:Dolce_%26_Gabbana.svg; http://www.brandsoftheworld.com/node/22879, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=10192324

ドルチェ&ガッバーナです。1985年にイタリアで生まれたファッションブランドです。ちなみにルイ・ヴィトンは1854年に創業しています。

すごく文字間を詰めると印象がどう変わるのかと言うとスピード感が出てきます。どっしり構えた重鎮感がなくなり、ちゃんとしているけど速い(アップデートしている/時流に即レスするアジリティ(agility
:敏捷性)がある)印象になります。面白いですよね。文字間ひとつで印象やコンセプトががらりと変わってくるわけです。

ところでドルチェ&ガッバーナがFuturaで体現していることに近いロゴに最近変更したファッションブランドがあります。

ZARAのロゴ
By Inditex S.A. - www.zara.com, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=92772771

Zaraです。Zaraがここで使っている書体は、モダンローマンという18世紀に生まれたローマン体の最終形態である種類になる書体を使っています。Vogueなどの雑誌のロゴに使われているのがこのモダンローマンという種類の書体です。モダンローマンは、印刷技術が洗練されて細い書体も可能になってきて生まれたものです。洗練され装飾性が高く、そして高度な印刷技術が要求される書体。歴史を持ちながらもアップデートして進化を求め続ける姿勢がそこに見て取れるわけです。それをものすごく詰めています。ファストファッションの「ファスト」を体現しているのでは、たぶんありません。

ちゃんと洗練しているが、時流をリードするくらいのアジリティもあるブランドということを体現しています(たぶん)。

ロゴ以外では、サンセリフ体が使われています。

Zara official website

まとめ

冒頭の007のNo Time to Dieのタイトルに話を戻しますが、少し前まで書体まわりのグラフィックデザインは、細い書体が流行していました。その反動でここ最近、太くでかく使うことが流行り始めています。

ネットフリックスのドラマ、Mindhunterがドラマ中に挿入される地名は画面いっぱいに大きく太く使われています。

ハンター繋がりになってしまいますが、アル・パチーノが出演している『ナチハンター』というドラマも同様です。

そんな時流圧もあってか007のタイトルはかなりボルドー(太い)タイトルになっています。しかしFuturaを、しかしあまり使われないBlackという太さ(種類)を使う。Futuraは、ほんとうに使われまくっている書体です。それをどうして一作一作ものすごいプレッシャーのなかで作られる007シリーズのタイトルに使うのか。やっぱりそれはレガシーであり、哲学が書体の中にあるからです

世界的に有名なカルティエのサントスを、Gショックより不正確で不便なのに100万円ぐらいだして買うのは、ヴァニティもあるかもしれませんが、カルティエが飛行家のアルベルト・サントスのために作った世界初の腕時計というレガシーが身につけたいからなわけです。

ということを知った上で、ふたたび007のタイトルとポスターを観ると奥深さを感じます。

こんなふうに書体って知ると面白いことが多いので、デザイナーじゃないけど書体のことちょっと知りたいなという方にオススメの2冊をご紹介します。

わたしがときどき「少し似ている」と言われる書体デザイナーの小林章さんの著書。ものすごく読みやすいですし、おもしろいです。小林章さんは文章も上手なんです。

もうちょっとマニアックながら、漫画や本に使われている書体を深堀りした本がこちら。

どちらもデザイナーじゃなくても楽しめる本です。さらに基礎から知りたいな!という方には、小林章さんのこちらをオススメします。




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