映画に書体“Futura”ばっかり使われる理由
ビジネスに使えるデザインの話
ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。noteは毎日午前7時に更新しています。
映画『トップガン マーヴェリック』
2022年に公開された映画『トップガン マーヴェリック』(トム・クルーズの歯並びの変化を見比べて欲しい)のオープニングにクレジットが流れるのですが、このとき使われている書体は、『トップガン』と同じ、Futura(フツラ)という書体で、同じように陰を背後に付ける処理がされています。これ、現代の映画ではあまり(ほとんど)見られない意匠です。デジタル時代以前の画像と同化しないようにしたテロップ表示特有ののものだからです。
1986年に公開された映画『トップガン』のエンディングクレジットの動画
実は、このFutura(フツラ)という書体、クレジットのみならず、タイトル、ポスターなどなど映画の至るところに使われる超絶人気の書体なんです(それもずっと)。日本のアニメ映画『エヴァンゲリオン』にも使われています。今回は、「なぜFutura(フツラ)が映画にずっと使われるのか」、という話をしていきます。まずはFuturaってどんな書体かみていきましょう。
1927年生まれのFutura
Futura(フツラ)は、見た目、こんな書体です。誕生したのは、1927年、ドイツです。生みの親は、Paul Renner(パウル・レナー, 1878–1956)というドイツのデザイナーです。
この書体は、幾何学的なサンセリフです。サンセリフとは、日本語でいうところの「ゴシック体」です。ゴシック体およびサンセリフという種類の文字デザインは、生まれてからまだ100年ほどしかたっていません。19世紀の終わりから20世紀の始まり頃です。そしてFuturaが生まれた時代は、幾何学的なデザインが流行し始めた時代でした。アール・デコという芸術運動、バウハウスというドイツの工芸とデザインの融合を試みたドイツの学校などがその背景にある動きです。
Futuraの素晴らしいところ
FuturaのまえにErbar(エルバー)という幾何学的な書体もドイツで誕生しています。そしてFuturaと時を同じくしてKabelという幾何学的な書体も人気を博していました。しかし時代の洗礼を経て生き残って未だに人気なのはFuturaのみ(Kabelも使われていますが)。そんなFuturaの特徴は、幾何学的(直線や円が使われている(ようにみえる))なのに、文字の形(プロポーション)は、碑文をベースにしているところ。碑文とは、古代ローマ時代に彫られいた文字。
その結果、現代的(モダン)でありながらも、ちゃんとしている感(オーセンティック、歴史がありそうにみえる、高そうに見える)という、「モダン」と「歴史ある」という相反するものが同居した書体になっています。この2つは、ファッションブランドが欲する矛盾です。「歴史もあるけれど、今どきでもある」という印象を一発で見せるために、多くのファッションブランドは切磋琢磨しています。実際に、Futuraを使ったファッションブランドがいくつかあります。そのうちのひとつが、ルイ・ヴィトン。
このように映画のみならず、Futuraはファッションの世界でも人気の書体です。ついでに言えば、レコードショップに行けば、ジャケットに使われてる書体は、このFuturaとHelveticaが圧倒的に多いことを体感できます。こちらはちょっと古い例になってしまいますが、ポール・ウェラーの『As Is Now』というアルバムのジャケットです。
Futuraと映画
では、このFuturaという書体が、実際にどのように映画に使われているのか、その実例を見ていきましょう。
『シン・エヴァンゲリオン 劇場版』
『007 No Time To Die』
『2001年宇宙の旅』
『ゼロ・グラビティ』(原題はGravity)
『ゴーン・ガール』
『アメリカン・ビューティー』
きりがないのでこの辺にしておきます。
なぜ、映画にはFuturaばかり使われるのか?
Futuraは、汎用性が高い特性を持っています。文字の間隔を詰めれば、親しみやすくなり、離すと厳かになります。Blackというファミリーを使うと意匠性が高くなり、細く使うと繊細になります。ルイ・ヴィトンにも使われていますが、Futuraは、ドルチェ&ガッバーナのロゴにも使われています。印象がぜんぜん違いますよね。
人気が人気を作る
それだけではなく、人間の認知的な特性も関わってきます。わたしたち、人間は、慣れ親しんだものに好感を抱く、という傾向を持っています。逆に言えば、馴染みのないものに不信感・警戒心を抱くとも言えます。2014年にこんな研究結果の論文がありました。
研究の内容は、名前をみて、以下の質問をするというものでした。1つは、名前の印象だけで、どちらの人のほうが嫌な性格に思うか? もうひとつは、名前の印象だけで、どちらの人のほうがツアーガイドとして信頼できそうか?
結果、簡単な名前を人は、好み、信頼し、難しい名前を嫌い、信頼しないというものになりました。人は、新しい情報に出くわしたとき、その情報が簡単かどうか、慣れ親しんだものか、によって信頼度をざっくり設定しています。
なれば、オリジナリティが高く、あまり見たことのない書体を使うより、慣れ親しんではいるものの、使い方によっては、いろいろな印象を形成できるFuturaって、最高に使いやすい書体ということになります。これが、映画にかくもFuturaが使われる理由です。映画のみならず、ロゴにも言える傾向です。(一過性的な人気で事足りる映画タイトルと継続的に使われ続けるロゴではちょっとニュアンスがことなってきますが)。
まとめ
認知心理学が出てきたところあたり、意外だったんじゃないかと期待しています。人気って、指数関数的な力を持っているんですよね。それに加えて、Futuraの完成度もやっぱり重要な要素です。そんなわけで、デザイナーじゃなくてもFuturaは知っておいたほうがお得な書体です。
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参照
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0088671
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