漫画『ブルー・ジャイアント』と産業革命をつなぐ書体 “Rosewood”
漫画『ブルー・ジャイアント』はタイトルロゴが毎回違う
現在も連載中のジャズを扱った人気漫画『ブルー・ジャイアント』は、表紙のタイトルに使われる書体が毎回異なっています。
『ブルー・ジャイアント』は舞台が変わるごとに漫画のタイトルが変わり、最初が『ブルー・ジャイアント』、舞台がヨーロッパに移って『ブルー・ジャイアント・シュプリーム』、そして現在アメリカ合衆国になって『ブルー・ジャイアント・エクスプローラー』になっています。その『エクスプローラー』になっての3巻目のタイトルに今回注目してみたいと思います。その表紙はこのようなもの。
ここで使われている書体は「Rosewood」という書体で、比較的有名な書体です。さてどんな書体なのか。その背景を掘り下げてみたいと思います。
アメリカの書体 “Rosewood”
Rosewoodという書体そのものが生まれた年は、比較的最近で1994年です。しかしデザインの元になっているのは、18世紀末頃の「スラブセリフ体」という書体の種類とそれに関連した装飾性の高い書体「ディスプレイ書体」です。この2つについて簡単にまずは説明したいと思います。
スラブセリフ体
冒頭から余談ですが、スラブセリフ体は英語だとSlab Serifで、日本語表記の「体」に相当する表記はありません。なので「スラブセリフ」でも良いのです。しかし、欧文書体の基礎知識がないわたしたち日本人にとっては「体」をつけることで「文字関連」というニュアンスが、格段に増えるので、付けています。
スラブセリフ体のスラブは「厚板」という意味です。Slabで画像検索すると「これが厚板かぁ」というのものがいっぱい出てきます。たとえばこんなの。
このスラブは、セリフに書かているのですが、セリフとは、文字の端っこにあるうりこのような部分。この部分がスラブのように分厚いのでスラブセリフと呼ばれています。
このスラブセリフ体が出現したのは、1810年頃。産業革命により、商品、物が大量に生まれ、それを販売するための広告も時を同じくして発達します。このとき、目立つことを使命とした書体が多数誕生します。スラブセリフ体もその一つ。本来は、さらっとした存在のセリフをぶっとくしてみたので、とても目立ちました。
さらにこのスラブセリフ体は発達して、小さくしても読みやすい特性を生かして、タイプライターや出版にも使われるようになりました。また1927年にリリースされた幾何学的ながら美しく、そして読めるFuturaという書体の影響を受けて、幾何学的なスラブセリフ体も誕生していきます。
スラブセリフ体とFuturaについてもっと詳しく書いた記事はこちらです。
書体“Rosewood”
Rosewoodは、1859年に出版した木版印刷用書体(wood type)の見本帳に掲載されていたClarendon Ornamentedという書体をモデルにしています。
こういった派手なディスプレイ書体は、前述したとおり、イギリスの産業革命の影響を受けた生まれたものでした。
産業革命
産業革命(industrial revolution)は、18世紀半ばから19世紀にかけて起こったエネルギー革命に伴った産業の変革とその影響を受けて起こった社会構造の変革です。
産業革命における重要な変革は、綿織物の技術革新、製鉄業の成長、なによりも蒸気機関の開発による動力源の刷新です。これによって工場制機械工業が成立し、また蒸気機関の交通機関への応用によって蒸気船や鉄道が発明され、交通革命起こりました。
Rosewoodは、こうした産業革命により発生したアメリカ中西部での広告における派手な書体にルーツをもっています。
Rosewoodは4兄弟
書体、Rosewoodをデザインしたのは、K.B.Chansler、Carl Crossgrove、Carol Twomblyの3人のデザイナーです。Carol Twomblyは、映画のタイトルにもよく使われるTrajan Proという書体もデザインしています。
このトリオデザイナーたちによって、デザインされた書体はRosewoodを含めて全部で4つ。他の3つはこんな書体です。
Zebrawood™
Pepperwood™
Ponderosa™
この世帯は、文字の線(ステム)よりもセリフのほうが太い。こういったスラブセリフ体をリバースコントラストタイプ(逆コントラスト体)と呼んでいます。
ブルー・ジャイアントがこの書体を使った巻の舞台
漫画『ブルー・ジャイアント(エクスプローラー)』が、Rosewoodを表紙のタイトルに使った巻の舞台は、アメリカ合衆国、サンフランシスコ。中西部とはいかないものの、この書体が持つアメリカっぽさ(産業革命はイギリスで起こりますが、その結果発達した広告とデザイナーたちが参照した広告はアメリカ)と合致します。
さまざまな書体をタイトルに使うのは、ジャズの多様性を表現するためだと推測しますが、漫画のデザイナーは、舞台や展開に合わせて書体を選んでいるのかもしれません。あいまいな物言いになるのは、書体だけで、ばっちり何かを体現することは少ないんです。ほかの要素と相まって、ようやく表現したいコンセプトを体現するアウトプットになっていきます。このあたりは、英語ですが、Monotypeの方が映画『フレンチディスパッチ』について語った記事でも言及されています。
まとめ
デザインに限った話でもないかもですが、何かを掘り下げると歴史と地政学に関わる何かしらに突き当たることが多くあります。さらに今回は言及していませんが、数学や音楽にも関連してくることもあります。学校での授業として捉えると勉強はつまらないかもしれませんが、「リベラルアーツ」として捉えると、どれもこれもがわたしたちを自由にするための知識になりえます。今回は、漫画の表紙から、イギリスの産業革命、アメリカの広告にまで話が及びました。ちょっとした好奇心で世界が広がることがとてもおもしろいです。
参照
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