見出し画像

ヌてら

どうしたら自分の文章を読んでもらえるかある人に相談すると、固有名詞をどんどん出せばいいと教えてくれた。
「えっ、あなたの名前をnoteで書いていいということ?」
と聞くと
「え? 俺の名前ってこと? それは流石に……。そうじゃなくて、自分の好きなものとかさ。固有名詞を出すことはそれに興味を持っている人が読んでくれるだろうから。まあ、俺の名前は流石にあれだけど、それ以外のことは書いて問題ないよ。それよりも、そんなこと気にして君が書きたいことを書けない方が嫌だなと思う。良さが消えてしまっては良くない。のびのび書いてほしい」
ということで、私は今書いている文章のひとつ前のものを書き上げてnoteにアップし、大容量のチョコレート風味のヘーゼルナッツ・スプレッドを満足気に舐め上げていると、教えてくれた人から連絡が来て、
「めっちゃおもしろいけど、この固有名詞はまずいよ。色々まずい。色んな影響が考えられるからやめておこう。ごめんね、固有名詞入れた方がいいって言ったのに……」
と書かれてあった。私は
「ありがとう! ちょっといい方法考えます。早急に」
と返した。
「ごめんねえ。この曲名と最後のエピソードがあるから面白いのにね……」
たしかにその通りで、さらにフィクションとなるとおもしろいアイデアが浮かぶ自信がなかった。修正を始めてみる。取ってつけたような物語。文章がどんどん色褪せて行く。

私小説を書くと周りが傷付くと言っていたのは、ある小説家だったか、その小説家の奥さんだったか。それでも書かずにはいられないと言ったのは、小説家だったか、その小説家を評論した人だったか。私は何者でもないがその気持ちがよく分かる。誰かを傷付けないように心掛けて生きてはいるが、書くとなっては書かずにはいられないのだ、昔も今も。自分の気が触れているのは知っている。ただ誰かを傷付けたくて書いたことは一度もない。その先にあるものを見ている。

とはいえ、誰の目にも触れないのは勿体ないような気がしたし、一度掲載したものを消してしまっては折角「スキ」を押してくれた人(一人だったけれどもしご覧になっていたらありがとうございます、とても嬉しい)にも何だか申し訳なくて(分かってる、相手にとっては瑣末な問題であること)、しかしnoteを始めたばかりで、下書きに戻すと「スキ」にどんな影響が出る仕様かも分かっておらず、アップした状態のまま急いで手を加えた。

出来上がって読んでみるとちょっと恥ずかしい。けれどこうした背景があるからこそ流れる文章もあるだろう。差し迫った自分が生み出した謎の演歌歌手「清洲次郎」。もっとおおらかな気持ちで書いていたら、彼の物語に触れることはなかっただろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?