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出来ない⇔出来る、に加えて『なんちゃって出来る』を書き出してみよう。

自分の現在能力の棚卸し。

これって、中々厄介だ。真ん中に縦の線を一本を引いて、左側に出来ることを、右側にできないことを、それぞれ箇条書きで書いて見る。
できることは、普通に書けるだろう。できないことは、そもそも自分が何ができないのか曖昧模糊としてるために書きづらい。
そして、できると書いた項目も細かく検討するとできないことがある。真面目に書こうとすればするほど、そのレベル感とか前提が気にかかってくるのだ。

でも、実はここがポイントだと思うのだ。仕事ができるようになるってことは、出来ることと出来ないこと見極めがつくようになるということ、別の言い方をすると仕事に対する『分解能』『解像度』が上がるということだ。
でもこれは足腰や心肺のトレーニングと同じで、負荷をかけてやらないと上らない部分がある。しかし、あれもこれも完璧にこなせないと『できる』と書いちゃいけない!と思ってしまうと、人間は負担とか壁に弱いガラスのメンタルの生き物なので、そもそも前に進むのを止めてしまう。

そこで『なんちゃって』が有効なのだ。
自分は、なんちゃって“プロマネだ!とか、なんちゃって“Webライターだ!とか、言い放ってみるところから全ては始まる。
これ敷居が下がるので前に進めるようになる。かつ『なんちゃって』には前提が着く。『エンジニアのリソースが足りていて、開発予算が無茶苦茶シビアじゃなくて、客先にシステム開発の難易度を理解できるキーマンが一人居る』という前提であれば俺は『プロマネできる』ということになる。

そんな沢山前提付けられるんなら『誰でも何にでも成れるだろ。』

とご指摘ももっともだが、この前提を出すということは、自分が苦手なところとかを明確化する効果があるので、出してみるべきだ。
そして、前提がノートに付与できたら、
①自分の苦手を補ってくれる人を探し回る、
➁苦手部分が既に解消されている・または問題にならない仕事を探す。

……をスタートしよう。

かくして、多くのなんちゃって仕事人が、やがてはちゃんとした、
プロの仕事人になってゆく。