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あの音楽を聴きたくなる短編小説2


旅人たち -Our Journey-


 郵便受けをのぞくと、今日もアニーからの手紙が届いていた。夫あての手紙と一緒に家に持ち帰り、封を開けて四つに折られた便せんを開いた。中にはさんであったのは、うすい紫色の小さな押し花。彼女はまた私の知らない街を訪れているらしい。

 学生時代からの親友であるアニーからの手紙が、この数年来の私の楽しみだった。生まれ育ったこの街から出たことのない私は、いつもの変わらない毎日を過ごしながら、度々届くアニーの手紙を読むことで彼女と一緒の旅を夢想していた。


 丘一面に咲き誇る菜の花。

 霧雨が降りそそぐ古都の城。

 羊をつれて歩く子供たち。

 どこよりも月が近くに見える峠。

 裏路地で見つけた店のスパイシーなスープ。

 視界いっぱいの草原を横断する貨物列車。

 雪に覆われた切ない恋。

 大聖堂の天井までを埋め尽くす、色とりどりのステンドグラス。


 まだ見ぬ街への期待に胸を踊らせ、興奮気味のアニーのとなりを、私は微笑みながら共に歩く。見上げた空は、果てなく広がっていく。


 玄関先から夫と子供たちが帰ってくる声がして、私は旅のドアそっと閉めた。

 子供たちの泥のついた服を脱がして洗濯かごに入れ、 はしゃぎ声の上からあたたかなシャワーをかける。夫が子供たちの体を拭いてくれている間に、着替えの清潔なシャツと靴下を棚に置き、シチューの鍋に火をいれる。

 家族そろってテーブルを囲んでの夕食。 子供たちは捕まえ損なったリスの話を聞かせてくれ、私はその間もスプーンにニンジンを乗せて、彼らの口に運ぶ。

 子供たちが寝静まったあと、夫と、1日に1杯だけのビールを楽しみながら、日々の生活で気になっていることや、うまくいかないことを語り合う。たまに声を荒げたりもするが、ふたりは必ず笑顔でおやすみを言う。次の日の朝、また笑顔でおはようを言うために。


  迎えのバスが来て子供たちは学校へ行き、朝食の後片付けを慌ただしく済ませた夫も仕事に出た。 私は洗いあがった洗濯ものを抱えて小さな庭へ向かう。

 裏返ったシャツの袖を引っ張り出しながら、ふと敷地の外を眺めると、郵便受けの前にふたりの母子が立っていた。 長い髪を後ろで結んだ母親が、小さな娘の手を握っている。

 アニーだった。彼女はまた手紙を届けてくれたようだ。 そしてそれには、昨日の旅の続きが書かれている。

 私はアニーに手を振った。彼女も私に手を振った。娘のミアに腕を引っ張られたアニーは笑いながら、そのまま家の前を通り過ぎて行った。シングルマザーである彼女は、これからミアをあずけて仕事へ行くところだ。


 親として、家庭人として生きながら、同時に旅の物語を紡ぐ。私たちにとって、それはどちらも、かけがえのない人生。

 でもね、アニー。子供たちの手が離れたら、いつか本当の旅行に行きましょうね。それまで、そうよ、がんばらなくちゃ。

 出勤時間が迫っている。急ごう。私は真っ白になったシャツを、パン、と伸ばし、彼女と私が歩く空にかざした。



旅人たち -Our Journey-

Thanks For Inspiration : FOTHERINGAY『NOTHING MORE』(2015)


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