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トップダウンから、現場を巻き込む事業所づくりへ──アイズケア(彦根市)

滋賀県彦根市で、“地域密着型”の福祉事業を展開している「株式会社アイズケア」。訪問介護・看護から、小規模多機能型居宅介護、サービス付き高齢者向け住宅、特別養護老人ホーム(グループ法人が運営)まで、「介護福祉」「障害福祉」といわれる領域を、現在18の事業所がカバーしています。

地域でのニーズの高まりに応じ、次々と新事業所を立ち上げるなか、職員の「採用」「育成」が大きな課題となっていました。施設の形態がそれぞれ異なることもあって、事業所をまたぐような連携や情報共有が難しく、“経営が目指すビジョン”と“現場スタッフの働きがい”との間に、ギャップが生じることも少なくなかったといいます。

「アイズケアの職員としてどのような姿を目指してもらいたいか、もう一度整理し、伝え直す必要があるのではないか」

2022年秋に行われた『しが採用ゼミ』(滋賀に拠点を置く法人向けの、採用・経営課題の解決を目指すプログラム)に参加し、そんな思いを強めたと話すのは、同社の専務取締役・野村隆裕さん。今回、同じく1年前のゼミに参加していた福祉事業部 部長・木村清美さんも交え、今考えていることを伺いました。


理念や風土を根付かせたいけれど……

——彦根エリアで事業を展開する“地域密着型”企業として、組織づくりで悩まれていたことを改めて聞かせてください。

野村:私たちが行っている事業の基本は、彦根市が「こういう施設をつくってほしい」と公募した案件に手を挙げ、福祉サービスを届けていくことです。彦根市も高齢化がますます進むなかで、ほぼ毎年のように新しい事業所を設立しています。

それは地域の要請にあわせた形ではあるんですが、会社としては「事業のスピードに人材育成が追いつかない」という課題をいつも抱えていました。本当は人をきちんと育て、育ってきた職員の中から新しい事業を担う人を……という順序が理想なのに、実際には展開が早すぎて、「新規事業が始まるけど、誰にお願いしようか」みたいな発想で動くことになってしまって。

採用にも力を入れて、最近は新卒を中心に一定の成果も出ていますが、全体としてはまだまだ厳しい状況が続いていました。

株式会社アイズケア 専務取締役 野村隆裕さん

——野村さんは11年前にアイズケアに入社されてから、次期経営者としてお仕事をされてきたんですよね。昨年の『しが採用ゼミ』に参加してみて、どんな気づきがありましたか?

野村:割とトップダウン式の会社としてやってきたんだなと自覚しました。それが勢いよく事業を成長させた面もありますが、現場で働く職員一人ひとりに「どう働きがいを感じてもらうか」という意味ではできてない部分も多くて、採用や育成がうまくいかない要因になっていたなと。

特にアイズケアは、同じ「介護福祉」でも各施設の形態がまちまちで、理念や風土が全体として浸透しづらい、という状況があります。本当はそこをきちんと根付かせながら、エンゲージメントを高めることをしないといけないのですが……。会社としてやりたいことも多く、僕自身も新しいことに向けて突っ走る傾向があるので、なかなかうまくいっていませんでした。

アイズケアの「事業所一覧」ページより。高齢者向けでも、訪問、通所、入所事業など多岐に渡る

新プロジェクトに「現場」を巻き込む

野村:ただ最近は、ゼミにも一緒に参加した木村さんが、人事担当者としてどんどん間に入って、「ここはちゃんと説明しないと」などと言ってくれています。僕が現場の職員を置いていってしまわないよう、ブレーキをかけてくれるというか。

——木村さんは、もともと介護現場にいらっしゃったのち、管理部門へと異動されたんですよね。野村さんの言う、トップダウン的な経営のあり方についてどう感じてきましたか?

木村:現場にいたときは、「まだここのベースも整っていないのに、なぜ新しい施設をつくっちゃうんだろう」という感覚はやっぱりありました。本部に来て5年経つので、今は意図もわかるし、未来に向け新規事業を計画して進めていくことが経営者の役割だ、とも理解していますが。でも一方で、「トップが今何を考えているか、もっと現場に共有しなきゃいけないよね」ともずっと考えてきました。

株式会社アイズケア 福祉事業部 部長 木村清美さん

——ゼミからおよそ1年が経ちますが、先ほどの「木村さんが現場と経営の間に入る」という点で、何か事例はありますか?

野村:それで言うと、まさに課題が浮き出た出来事があって。実はゼミと並行して、ちょうどあるプロジェクトが動いていたんです。いくつかの施設を統合しながら、新しいタイプの拠点を展開する計画だったんですが、この詳細を、僕が現場に共有しそびれていたんですね。かなり早いペースで進めていて、木村さんにもギリギリまで伝えてなかったんです。

その事業が始まるとなったタイミングで、急に事情を知った現場スタッフの心が、一度バッと離れてしまったんですよ。これはマズいと思い、そこから木村さんを中心に現場を巻き込む形で、立て直す動きを始めています。

——具体的にはどんなことを?

野村:まずは何回かに分け、現場スタッフにヒアリングをし直しました。そこから特に管理者クラスを中心に、拠点の名称やロゴ、ステートメントなどをみんなで議論しながら決めていく、ということに挑戦しています。

木村:その施設がどんな意味を持つのか、そこでケアをすることが利用者さんにどんな価値をもたらすのか、きちんと理解できていない状態だったんです。でも、利用者さんから何か疑問の声が出たとき、それを受け止めるのは結局、現場の仕事なんですね。スタッフ自身がモヤモヤしていることを、利用者さんに言われるのは二重の意味でツラいし、チーム力も落ちてしまう。

そうならないよう、職員一人ひとりが「ここは将来こういう場になるんですよ」と自信を持って語れる状態にしたいと思っています。

アイズケアの介護現場の様子

木村:もちろん、今回のように多くの人を巻き込む試みは初めてで、実際どう作用するかはこれから問われる部分です。ただ少なくとも今は、管理者クラスには野村さんの思いが伝わっているかなと感じていますし、今後のプロセスもきちんと共有しながら、みんなで新しい拠点をうまく使っていけたらと考えていますね。

野村:正直に言えば、当初の想定より、プロジェクトが遅れていくことへの戸惑いもあります。一つひとつ管理者に伝えて、お互い確認し、また現場に伝えて……って、すごく時間がかかるじゃないですか。けれど、やっぱり大事なことだなと今は捉えています。

『しが採用ゼミ』でも、細かな採用計画を立てる以前に、そもそもの人材戦略からきちんと考えて共有しよう、という話がありましたよね。「目標に向かう一段階手前のところに、みんなで押さえておくべき大事なことがある」とお聞きできたのが、大きな気づきだったなと思っています。

ミッションを明確にして、チームが前を向けるように

——木村さんは今、いわゆる「人事」に関わる業務全般をカバーされていると思うのですが、『しが採用ゼミ』を通してどんな気づきがありましたか?

木村:アイズケアとしては、まさに「人材戦略」の部分がほとんどできていなかった、と感じました。どういう人に入ってきてもらい、どうなってほしいか。どういうチャレンジをしてもらうために、どんな仕組みが必要か。そういったことを一つずつ整理して、組み立てないといけないなって。

——最終プレゼンのワークシートでも、すごく細かく課題の整理と対策を挙げられていましたよね。ここ最近の木村さんが、メインテーマにしている部分はどこですか?

木村:一番は、「チームワークの向上」ですね。どうすればチームワークを良くできるか。

——具体的に見えているポイントはありますか?

木村:スタッフ一人ひとりの「良いところ」にもっと目が向くようにしたいです。そもそも人って、考え方も性格もバラバラですよね。ケアの現場では、それが利用者さんを見たときの“気づき”の違いになるので、すごく大事なんです。

でも今は、他の職員との違いに対して、“粗”を見つける方向でフォーカスしてしまい、チームワークを自ら崩してしまうことがある。そうならないようにするには、「何を目指して自分たちはケアをしているのか」を各チームがもっと意識する必要があるな、と考えています。目的が明確だと、何かあったとしても「目指すもののために、今何ができるだろう」とポジティブな議論ができるんですね。

野村:そう。小じんまりとした事業所がたくさんあるなかで、すでにチームとしてミッションを共有できているところは、やはり一人ひとりも伸びているんです。

木村:それを一緒にやっていくためにも、各施設の管理者とは密に連携をとっていきたいです。実際、先ほどお話しした事例のさらに次のプロジェクトでは、管理者に設計の段階から関わってもらっています。なるべく、現場と経営の間の温度差を無くせたらと。

野村:前回のプロジェクトの反省もあって、管理者クラスを巻き込めるようになってきました。それは重要な変化ですが、同時にただ巻き込むだけでなく、その人たちにミッションをきちんと理解してもらうことも、僕はすごく大事だなと思っています。

以前よりずっと、管理者クラスが部門を超えた目線を持ってきてくれてるな、という感覚はあるんです。その人たちを通じて、いかに全体として動ける組織をつくっていくか。もちろんそれぞれの事業所の事情も聞きながら、スタッフ一人ひとりのエンゲージメントを高めていく方法を考えるのが、これからの僕らの仕事なんだろうなと捉えています。

経営と現場の“間”で、人事がメッセージを届ける意味

——今まさに会社を変えようとしている最中にいらっしゃるんだな、と感じました。

野村:経営と現場の間をつなぐ木村さんの負担が大きかったので、同じように経営と現場をつなぐ役割を持ってもらえる人を増やそうと、各事業所の管理者の上にいる統括管理者と、私たち、そして社長で行う会議も新しく設けました。

経営と現場のコミュニケーションを円滑にしていく過程で、木村さんのような視点を持つ同志が増え、アイズケアの風通しがさらに良くなるのではと期待しています。僕の中では、木村さんの仲間を増やすための場だと思っています。

——木村さんへの信頼が本当に厚いですね。

野村:木村さんの存在は大きいんですよ。現場のことをよくわかってますし、職員の話も本当によく聞いてるなと思うし。

木村:そうですね……まずは現場の意見をきちんと聞こう、と常に意識はしています。何かをお願いするとき、やっぱり向こうの立場に立ちながら伝えてあげないと、受け入れてもらえないですから。

ただし、現場には目の前の“仕事”における事情がありますが、組織全体を運営する側にも、“経営”における事情が当然あります。お互いの立場を理解しながら、「やってほしいこと」をきちんと伝える必要がある、そこの調整が難しいですね。

——経営と現場のハブとなって、双方の言葉に耳を傾けながらうまく翻訳していく。まさに木村さんのような方が、戦略人事として組織に必要なんだなと思いました。「まず受け入れる」という姿勢を持つことは、言うほど簡単ではない気がします。

木村:私は、受け入れないと返せないと思うんですね。だって、100人いたら100通りの話し方があるじゃないですか。そこに対して同じ言葉で返しても、同様に伝わるかと言ったら、絶対伝わらないんです。前後に補足をしたり、理解がズレていないかその都度確認したりする必要がある。

だから、人としゃべるたびに学びがあるし、毎回「あの言い方でよかったのかな、失敗したかな」と振り返ってます。言葉って、使い方によっては相手に深い傷を負わせてしまう場合もありますよね。まして、それなりに立場がある者からの発信がどう伝わるか……その怖さを感じながら、いつも仕事をしているかもしれません。

野村:僕は木村さんが現場にいたころから知ってますけど、昔は今よりずっと人見知りだったんですよ。それでも人事を重ねて、人に強くなった気がしてます。受け止めつつ、自分の思いも素直に伝えられるというか。

木村:……って言うんですよ。どうなのかな。確かに相手の人となりがわかるまでは、自分からズカズカ入っていくことはしないですね。それは昔も、今もです。

——距離感の測り方が、すごく丁寧なんでしょうね。

野村:会社としては今『IからWEへ』のメッセージの発信・浸透という目標があるんです。それは木村さんのように、一人ひとりの価値観の違いを理解して、チームとしてのまとまりをつくるためにコミュニケーションしていくことだと思っています。

できれば、社員全体がそういう目線で仲間との接点をつくってくれる組織にしていきたい。そのためにも、「現場に配慮しながら、経営のことも理解している人事担当」の存在はとても大切だなと、今改めて思うようになっています。

(執筆/佐々木将史、編集/北川雄士、アイキャッチ/武田まりん

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