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「ヴァロットンー黒と白」展@三菱一号美術館

1894年、ジョサイア・コンドルが設計したレンガ造りの洋館で知られる三菱一号美術館。

洋館を再利用した美術館は他にもありますが、三菱一号美術館はさらに周辺もレンガ壁のビルで囲まれ、小さな公園のような空間でくつろげることや、東京駅からのアクセスのよさも相まって定期的に通ってしまいます。

今回は特別展「ヴァロットンー黒と白」展を観てきました。

フェリックス・ヴァロットン

フェリックス・ヴァロットン(1865-1925)は19世紀末のパリで活躍したスイス生まれの画家です。「フェリックス・ヴァロットン 黒と白」展は、ヴァロットンの名声が広がるきっかけとなった黒一色のみで刷られた木版画、一挙180点を紹介するもの。

展示で紹介される木版画のほとんどが人間を描いたもので、どの作品も少し対象から身を引いたシニカルな視点と、シンプルな描線でその人物の人格を描き出す高い描写力が光ります。

黒白の世界に没入できる展示室

展示室のしつらえも、光と影を利用したものになっていました。

例えば、各章最初のパネルでは、数字の形をした金具に上から光を当てて、章番号が影となって浮かび上がる仕掛けがされていたり。
(ちなみに、本展覧会では2章「パリの観察者」の展示室では自由に撮影が可能です。)

ヴァロットンが挿絵を手掛けた書籍のページをめくるように、壁に投影された作品が刻一刻と変わる展示などもあります。

他にも、プロジェクションマッピングによって展示室の通路やちょっとしたくぼみにヴァロットン作品の登場人物が顔をのぞかせる、思わず足を止めてしまうようなアニメーションがあったりと、歩いていて楽しい展示です。

元々三菱一号美術館は1894年から三菱の事務所として使われていた建物で、展示室にも暖炉が残っていたりと洋館の趣があり、ヴァロットン作品にもよく似合います。

「アンティミテ」:逃れられない孤独や醜さを美しく描く

展示中盤で紹介されるヴァロットンの「アンティミテ」は、重苦しい男女の緊張感が10枚の連作によって表現された作品です。

作品に描かれる男女は時に親しげに抱き合い、時に同じソファで別々の方向を向きながら座り、長い時間を共に過ごしてきた関係の閉塞感を強く感じさせます。人物の肌や服以外、ほとんどが黒々とした闇に吞み込まれているからでしょうか。

人間が本来手放しえない孤独さと、それを埋めようと互いに寄り添い合う(が失敗する)姿を鋭く描き出す作品で、個人的には結構身につまされるというか、最も印象に残った作品群です。特に2番目の作品「勝利」は、一度は愛していると思ったはずの相手に底なしの軽蔑を感じる心理がよく表されているように思います。
そこまで人間の醜さやさみしさを鋭く描きながら、露悪的な表現ではなく洒脱にでまとめているのがヴァロットンの高い力量なのだろうと思わされます。また、木版を彫った線のゆらぎが作品世界を冷徹一辺倒のものとせず、それこそ「アンティミテ」(親密さ)を与えているようにも感じました。

隣の展示室では、「アンティミテ」を題材としたアニメーション作品も上映されていました。内容としてはそれぞれの作品に動きをつけたものなのですが、「勝利」で女性がいらいらと指を小刻みに揺らす様子など、私が脳内で思い描いていたものとそっくりで思わずクスリとしてしまいました。
他にも各作品で共通・類似するモチーフが提示されていたりと、自分で作品を観た時とはまた異なる視点が提示されていて、とても素敵な翻案でした。

映像のキャプションには「監修・東京スタデオ、制作・志村誠」とあったので、帰って検索してみたところ、東京スタデオは展覧会メインで空間デザインを手掛ける会社だそうです。会場内のあちこちに仕掛けられたアニメーションはじめ、展覧会施工も同社が手掛けているのでしょうか。

直近ではサントリー美術館「美をつくし」展もこの会社の手掛けたものらしいです。この展示も緑と白の糸を利用したパーテーションが美しく印象に残っており、あの素敵な空間を手掛けた人々の名が思わぬところで分かりテンションが上がります。

おわりに

「ヴァロットンー黒と白」展、ヴァロットンの描き出す冷徹さと少しの親しみのまじった人間たちを覗き見るような展示でした。内装やプロジェクションマッピングなどの仕掛けも工夫を凝らされており、展示室をうろうろと歩き回るだけでも楽しくヴァロットンの世界に入り込めます。

開催は2023年1月29日(日)まで。
さらに11月30日までは「黒白コーデ割」をやっているとのことで、黒白の2色のコーデで来館すると入館料が100円引きになります(私もありがたく使わせていただいたのですが、受付で自己申告制なので少し恥ずかしかったです……)。機会があればぜひ!

余談:『その他もろもろ ある予言譚』

ミュージアムショップでは、ヴァロットンの絵を表紙に用いた小説、ローズ・マコーリー『その他もろもろ ある予言譚』が並んでいました。

ローズ・マコーリー著, 赤尾秀子訳, 北村紗衣解説『その他もろもろ ある予言譚』作品社, 2020.
公式サイトより引用(リンク

第一次大戦後の英国。国民を知力でランク分けするという大胆な政策を打ち出す脳務省に務めるキティは、脳務大臣のニコラスと密かに愛を育んでいたが、脳務省の権力が増大していく中、二人の愛は迷走する……。
ハクスリー、オーウェルの先駆をなすフェミニスト・ディストピア小説の古典、百年の時を経て蘇る!

作品社 公式ページより引用(リンク

「脳務省」というパワーワード、気になる。ヴァロットンの皮肉っぽい作風にも通じるところがありそうなあらすじです。

あと、作家や作品の解説書ではない書籍がミュージアムショップに並ぶのも珍しいので気になるところ。
同日に行った三井記念美術館の大蒔絵展で図録を買い込んでしまったこともあり、ショップでは迷って見送ってしまったのですが、やっぱり読んでみようかなと思います。

[2022/11/28追記] 『その他もろもろ』読書記録を公開しました


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