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ヴァロットン版画が似合う小説:ローズ・マコーリー『その他もろもろ―ある予言譚』

先日、三菱一号館美術館「ヴァロットンー黒と白」展を観に行った際、ミュージアムショップで小説『その他もろもろ―ある予言譚』に出会いました。

ヴァロットン作品が表紙となった小説で、実際に読んでみたところ、ちょっと皮肉っぽい文章がヴァロットン版画とものすごいマッチしており、すごい装丁だ! となったので記事を残しておきます。

ローズ・マコーリー著, 赤尾秀子訳, 北村紗衣解説『その他もろもろ ある予言譚』作品社, 2020. 公式サイトより引用(リンク

『その他もろもろ―ある予言譚』あらすじ

『その他もろもろ』は、第一次世界大戦後、戦争から立ち直ってより良い国を作るべく、国民を知能ごとにランク付けして知能の底上げを図る政策を進めるイギリスが舞台の小説。

例えば、知能が低いとみなされたCランクの者はトップクラスのAランクと結婚して「知能の底上げ」をしない限り、子を設けてはならないとされ、実際に子を作ると重税が課されます。

その政策の中枢である脳務省に勤める女性キティは、脳務大臣ニコラスと恋に落ちます。しかし、彼自身はAランクですが、知的障害を負った家族がいるために脳務省からは結婚無資格者と判定されています。それでも結婚をあきらめきれないニコラスは、秘密裡にキティと結婚することにしますが……という二人のストーリーが中心です。

100年前のディストピアものということで、難解かも……と思いつつ手にとったのですが、ロンドンを走る地下鉄の通勤や、主人公キティがオフィスでタイプライターを叩きつつ仕事をこなすシーンなどは現代のお仕事小説のようで、結構さくさく読み進められます。とはいえ脳務省の政策についての描写は結構えぐいと感じるところもありますが……

『その他もろもろ』は1918年に発表された後、政府とメディアの関係への批判が強すぎるとのことで1919年に修正後再刊したもののあまり注目されず、約100年後の2019年に復刊された本だそうです。

復刊の背景には2016年、ドナルド・トランプが米大統領選挙に当選したことをきっかけに、フェイクニュース溢れる現代社会がよりディストピアに近づいていくのでは……という懸念からディストピア小説が注目される流れとなったこと、なおかつフェミニスト批評が盛んになったことが挙げられています。(北村紗衣氏の「解説」より)
ディストピア小説ブームの代表例として紹介されていたマーガレット・アトウッド『侍女の物語』も近いうちに読みたい……

装丁に使われているヴァロットン作品

本作の表紙になっているのはヴァロットン「もっともな理由(アンティミテIV)」(1898, 木版 作品画像リンク)。
関係を深めれば深めるほど、所属する脳務省の理念を裏切ることになる二人の葛藤や、人生で何をどう選択するのか(脳務省での互いのキャリアを優先するのか、二人がともにいることに結婚という選択肢が必要なのか)で衝突する緊張関係、その末に彼らが選んだ結末が暗示される作品です。

さらに、同書にはヴァロットン作品がもう2つ使われています。
1つは扉に使われている「突撃」(1893, 木版 作品画像リンク)。
画面下側では警察と市民の乱闘が繰り広げられ、遠くに傷ついてうずくまる人々が描かれます。『その他もろもろ』における脳務省の政策に抗議する人々と、その声を抑え込もうとする脳務省の攻防のシーンが連想されます。

もう1つは裏表紙、「ばか騒ぎ(これが戦争だ! II)」(1915, 木版 作品画像リンク)。第一次世界大戦時、従軍画家として前線を目にしたヴァロットンが描いたものです。当時の兵士の乱痴気騒ぎが描かれており、大戦の混乱や、騒がな変えれば安定を保てなかったのであろう、従軍した人々の心の傷を感じさせます。『その他もろもろ』も第一次世界大戦終戦直後の1918年に書かれた作品であり、その意味では両作品ともにバックグラウンドを共有しているといえるでしょう。

各作品それぞれが『その他もろもろ』の各シーンを想起させるのはもちろんですが、ヴァロットン作品に共通する、対象から一歩引いた皮肉っぽい描写が『その他もろもろ』の文体と合っており、装丁と本文が非常にマッチした本であるということを読了後実感しました。

あまりにも『その他もろもろ』にヴァロットン作品が似合っているので、原書もそうなのかな? と検索してみたところ、出版社によってバリエーションがあるようです(2019年復刊されたバージョンしか見れていないですが……)。すごいポップなイラストのもあったりして面白い。

Handheld Classics版、2019(リンク
MIT Press版, 2022(リンク

検索した限り、ヴァロットンが使われているのは日本語版のみのようです。最初に『その他もろもろ』とヴァロットンの木版画とのマッチングを見出した人、すごい。

ちなみにこの本に使われている3作品はすべて三菱一号館美術館で開催中の「ヴァロットンー黒と白」展で観られます。会期は2023/1/29(日)まで。


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