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暇と退屈について考えてみた

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漠然とした退屈から抜け出したくて、暇と退屈について考えぬいてみた。自分なりの暇と退屈との付き合い方が見えてきた気がする。
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バイキンマンは暇だなぁってよく言うけど、アンパンマンはいつもパトロールとかみんなのお手伝いしてるから、暇も退屈も感じないみたい。ふむー。

「人生とは壮大な暇つぶしである」ってすごくネガティブな思想なんだと思ってたけど逆だった。すごく前向きに生きる思考法なんだ。退屈と生きざるを得ない人間にとって、「暇つぶし」は生存ツールであり、退屈をなくすことを考えるより、どんな暇つぶしを選ぶかを考えるのが吉である。

暇つぶしが人生に必須だからといって、消費社会が正しいとは思えない。もっと笑顔の人が増える暇つぶし社会を作れないだろうか。しかし、暇つぶしって言葉は誤解を与えやすい表現だから、暇つぶし社会なんて言ったら多くの誤解を生むだろうなぁ。

人生、つまり人が生きるということは、壮大な暇つぶしの連続なのかもしれない。
人間は退屈を感じ続ける生物で、そんな人間が生きていくためには「暇つぶし」が必要なのかもしれない。

ハイデッガー式退屈とわたしの生活

「暇と退屈の倫理学」(著・國分功一郎)を読み終わってから、
具体的にはどうすれば人間らしく退屈と生きられるのか考え続けています。

ハイデッガー式退屈の第二形式に留まるためには、「物を受け取る」ことと「楽しむ力」が必要である。

これを今の私の実生活に置き換えると、まさに勉強とnoteなのではないかと思いました。

物を受け取るためにも、楽しむ力を育むためにも、勉強は欠かせない存在です。

文庫本

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「暇だ、なんとなく退屈だ」と思った時にやってみたいこと5選

ハイデッガー式退屈の第二形式(引用元「暇と退屈の倫理学」國分功一郎)に留まり、人間らしく退屈とは付き合っていきたい。

そんな私が「なんとなく暇だー退屈だー」と思った時にまずやろうと思うことは以下の5つの行動です。

【※はじめる前に】
暇だと思ったら、まずスマホの電源を切ってみる。これが現代の退屈との向き合い方で最重要な気がします。

①料理をする
②部屋を片付ける、掃除する
③なるべく分野をバ

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「暇と退屈の倫理学」(著・國分巧一郎)と「仕事なんか生きがいにするな」(著・泉谷閑示 )。2つの本って良く似てるかもとふと思った。

「暇と退屈の倫理学」を読み終わった今思うこと

「暇と退屈の倫理学」を読み終わった今思うこと

この本を読みながら、退屈とはなんなのか、ずっと自分なりに考えてきた。

そして何より、どうすれば退屈せずに毎日を生きられるのか、その答えを探してきた。

そして今本書の結論まで読んで、なるほどまずハイデッガーのいう退屈の第二形式にいることが人間としての幸せの形なのかもしれないと思った。

そして、その第二形式は楽しむためのコツがいる。(ハイデッガーがパーティーを楽しみきれないように、第二形式は常に

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退屈について考える④
ふと退屈は「現状を変えたいと思う気持ち」とも言えると気づいた。だからこそ「退屈から好奇心が生まれる」とも考えられるのか。つまり人は変化し続けたい生き物なのだ。しかし同時に変わらないことに安心する性質もある。先はわからないのに分かった気になるから退屈するのか?

退屈について考える②
大抵のことは退屈を紛らわす気晴らし。その気晴らしにお金をかけて、そしてそのお金を稼ぐために働く。働くモチベがなくなったらお金のためだと自分を鼓舞する。自分を励ますものを買うためにお金を使う。なんか変なループに見えてきた。

「退屈」とは何か考えてみる
[『暇と退屈の倫理学』を読みながら考え中]

心が動かされない状態/達成感が得られない/やりたいことがない/時間が早く過ぎればいいのにと思ってる/主観的な感覚/眠い時は退屈とは感じない/やりたいことが今すぐはできない時

『暇と退屈の倫理学』半分くらい読み終わった。
自分の中のモヤモヤがまさに題材となっていてすごく面白い。資本主義や消費社会など人類の幸せについて、現時点の自分の結論としては「何をするか」より「誰といるか」が幸せを感じる鍵だと思う。
この本ではどんな結論が待ってるのか後半が楽しみだ。