アンティークコインの世界|王位請求者アンリ5世の5フラン試鋳貨
今回は表題の通り、フランス革命期の動乱に巻き込まれ、王位継承者として担ぎ上げられたブルボン家の少年アンリ5世ことアンリ=ダルトワの5フラン銀貨、そして、彼の生い立ちについて紹介していく。
フランスで1831年に発行されたアンリ5世の5フラン銀貨。シャルル10世の退位後、超王党派はその孫アンリ=ダルトワを擁立し、アンリ5世と呼んだ。本貨は、超王党派のメンバーによって王位請求及びアンリ5世の宣伝を目的に造られた幻の試鋳貨である。だが、王位はオルレアン家のルイ=フィリップに簒奪された。
シャルル10世はアンシャン・レジーム復古運動等の不人気から退位に追い込まれ、長男アングレーム公に王位を譲ろうとした。だが、長男も不人気ゆえに次男ベリー公の息子アンリ=ダルトワに王位を継承させることを決めた(ベリー公は暗殺によって既に他界していた)シャルル10世は、オルレアン家の当主ルイ=フィリップにその宣言書を読むよう命じた。
だが、ルイ=フィリップは宣言書の王位継承者の項を敢えて読まないという反抗に出た。そして、議会がまさかのルイ=フィリップを王位継承者として指名するという大事件が起こる。シャルル10世らブルボン家一族は立場が一転し、亡命を余儀なくされ、王位は分家のオルレアン家に簒奪されることとなった。
太陽王ルイ14世の弟オルレアン公フィリップを祖とするオルレアン家は、フランス革命を通じて常に王位の簒奪を狙ってきた。ルイ=フィリップの父フィリップ・エガリテ(平等公)は、ルイ16世が国民公会の裁判にかけられた際、死刑に一票を投じている。そして、この一票差でルイ16世は断頭台の露と消えたのだった。
長年に亘って願い続けてきたオルレアン家の野望、そして、本家のブルボン家に対する復讐がルイ=フィリップの時代に遂に叶ったのである。ルイ=フィリップはルイ=フィリップ1世として即位し、フランス国民に受け入れられた。だが、皮肉なことに彼も革命によって最終的には王位を追われる身となった。ルイ=フィリップはイギリスに亡命し、生涯フランスには帰国せず、ヴィクトリア女王保護下で隠居生活を送って他界した。
当時のフランスでは共和政主義者と対立する君主制支持者の中でも派閥が存在し、レジティミスト、オルレアニスト、ボナパルティストがいた。レジティミストは正統王朝主義者、すなわちブルボン家支持者を指す。オルレアニストはオルレアン家支持者、ボナパルティストはボナパルト家支持者を指す。
アンリ・ダルトワも、そうした派閥闘争の中でアンリ5世として担ぎ上げられた少年だった。ルイ16世の長男ルイ=ジョゼフは病で夭折、次男ルイ=シャルルは幽閉中の虐待による衰弱死、ルイ18世には子どもがおらず、末子シャルル10世の長男アングレーム公と次男ベリー公にブルボン家の命運は託された。
だが、アングレーム公には子どもがおらず、ベリー公は過激なボナパルトティストで馬具屋を営んでいたルイ=ピエール・ルヴェルにオペラ座前で暗殺されていた。そうした背景からブルボン家の血を引き継ぐ唯一の直系男児としてレジティミストはアンリ・ダルトワを特別視した。しかし結局、彼は王位を簒奪され、シャンボール伯の地位にとどまった。
少年期に王位を簒奪されたアンリ=ダルトワだが、もう一度だけ王位を得るチャンスが巡って来た。ナポレオン3世が普仏戦争の敗北で失脚した時である。プロイセンの宰相オットー・フォン・ビスマルクは、ブルボン家のアンリ・ダルトワの方がオルレアン家のパリ伯フィリップ・ドルレアン(ルイ=フィリップ1世の孫にあたる人物)より王位継承の順位が高いと判断を下した。だが、アンリ=ダルトワは即位にあたり、三色旗を受け入れることを条件とされた。三色旗はフランス革命の象徴であり、復古王政とは相反するものだった。
これは彼にとって受け入れ難いことだった。アンリ=ダルトワは断固受け入れない意志を貫き、その頑固さによって支持者からも見放され、絶好の機会を逃した。そのうちにフランスの世の流れは共和政へと傾いていき、王政復古の話はたち消えとなった。また、アンリ=ダルトワには子どもがおらず、こうしてフランス・ブルボン家は終焉を迎えた。結果、スペイン・ブルボン家を継承者及び当主とする取り決めが成された。
アルフォンソ13世らはスペイン王家は、かつてブルボン家から枝分かれした王族で、ブルボン家の血を引いている。スペイン王家は現在でも続いており、現国王フアン・カルロスはその末裔である。
以上、ごく簡単にだが、アンリ5世の試鋳貨と彼の生い立ちのついて紹介した。本貨に限らず、アンティークコインはどれも一枚一枚膨大な背景を背負っている。もちろん、単にデザインを楽しむだけでも十分だが、その歴史背景を知ると二倍三倍もさらに楽しむことができる。アンティークコインは、美の楽しみと知の楽しみ、その双方を兼ね備えているのだ。そして、その美の楽しみ、知の楽しみに終わりはなく、永遠に枯れることのない飽くなき感動を私たちに与えてくれる。
Shelk🦋
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