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ウメ星デンカ版「入れかえロープ」『トッカエ・バー事件』/藤子F「とりかへばや」物語 ⑥

「誰かの体と入れ替わりたい」

あんまり僕はそういう気持ちにはなれないのだけど、古今東西の物語の世界では、何かと「入れ替わり」を希望する人たちが登場する。

物語としても、誰かと体が入れ替わることで、お互いの立場が理解できるようになり、キャラクターの意識が変化したりして、面白いドラマが生まれることにもなる。

男と女が入れ替われば、ジェンダーギャップの理解が深まるだろうし、親と子で入れ替われば、年の差によるギャップが解消できるかもしれない。

体を交換することで、キャラクターの深掘りができて、かつ物語が面白く転がっていきやすいので、こうした「入れ替わり」ものが、多く描かれるのだと思われる。


「少し不思議」を得意とされる藤子先生の作品でも、数多くの入れ替わり物語が描かれている。藤子Fノート初期の頃(二年半前)に、入れ替わりストーリーを集めたシリーズ記事を書いているので、気になる方はリンクから飛んでみてください。

主に、「ドラえもん」のエピソードや、「SF短編」などで入れ替わり物語が描かれている。

個別の作品だけでなく、「バケルくん」などは話全体のテーマが体入れ替わりとなっているし、「みきおとミキオ」は未来人と現代人が立場を入れ替わるお話である。常に藤子先生は「とりかえばや」作品を模索していることが良くわかる。


かなり不十分なリストだが、「入れ替わりもの」の代表作を以下にピックアップしておく。太字のウメ星デンカの作品が、本稿で詳しく見ていくタイトルである。

てぶくろてっちゃん『人体入れかえ機』1961年11月号
ウメ星デンカ『トッカエ・バー事件』1969年4月号
ドラえもん『入れかえロープ』1972年3月号
SF・異色短編『換身』「S-Fマガジン」1972年9月
ドラえもん『ぼく、マリちゃんだよ』1973年7月号
バケルくん『おたがいに大変だ』1975年10月号
SF・少年短編『未来ドロボウ』1977年9月
ドラえもん『身がわりバー』1979年3月号
SF・異色短編『親子とりかえばや』1982年12月
ドラえもん『男女入れかえ物語』1985年7月号
ドラえもん『45年後……』1985年9月号
ドラえもん『ついせきアロー』1985年10月号
ドラえもん『スネ夫の無敵砲台』1985年10月号


本題に入る前に、過去の「とりかえばや」記事を読み返して、気がついたことがあったので記しておきたい。

「入れかえロープはややこしい」という記事の中で触れている「ドラえもん」の『ぼく、マリちゃんだよ』という作品の中で、「トッカエ・バー」というひみつ道具が登場する。

「ドラえもん」においてトッカエ・バーが初登場だったのにも関わらず、作中でのび太が「いつか使ったあれを」と、ドラえもんにオーダーしている。

この不可思議な点について、この記事の中で僕は、『ぼく、マリちゃんだよ』よりも前に登場させた「入れかえロープ」とトッカエ・バーを、藤子先生が勘違いしたのではないかと書いた。

ただ、そうは書きながらも、実はこの時、あまり腑に落ちていなかった。

入れかわりロープは、単純に体が入れ替わる道具ではなく、もっとややこしい使われ方をする。どれだけややこしいかは記事を読んでもらえばわかってもらえると思うが、トッカエ・バーとは明らかに使い方が異なるものなのである。

なので、藤子先生が入れかわりロープとトッカエ・バーを取り違えたりするものだろうかと思っていたのだ。


ところが、今回取り上げる「ウメ星デンカ」を再読してハタと気がついた。ドラえもんで登場した道具と、全く同じ名前のトッカエ・バーなる道具が使われており、外見は少々異なるが、使い方も全く同じなのである。

また、本作は『ぼく、マリちゃんだよ』の約4年前に発表されており、間隔も近い。そういう状況を勘案すると、藤子先生が「いつか使ったあれを」をのび太に言わせたのは、ウメ星デンカの道具と勘違いした結果なのではないかと思われるのである。

真実は闇だが、以前の記事を訂正して、本説を自分の考えとしたい。



「ウメ星デンカ」『トッカエ・バー事件』
「小学二年生」1969年4月号/大全集1巻

さて、前置きが長くなってしまったが、本作を詳細に見ていきたい。入れかわりロープが相当ややこしいお話だったが、本作もかなりこんがらがっており、きちんとメモを取りつつ読みたい作品となっている。

まず本作で体を入れ替えたのは、デンカ以上に子供っぽい性格の王さまである。王さまは、トッカエ・バーを使って猫と体を入れ替えて、屋根の上で漫画を読んでいたデンカに「わしも読みたい」と話しかけてビックリさせる。

王さまからトッカエ・バーの説明を聞いたデンカは、「貸して貸して」とねだるのだが、王さまは「もっとわしが遊ぶぞよ」と言って渡そうとしない。その様子を見ていたベニショーガは、「それはウメ星の子供のおもちゃなので、みっともないから止めてくれ」とたしなめる。


王さまの代わりにトッカエ・バーを入手したデンカは、さっそくベニショーガと入れ替わって、そのまま「太郎に見せよう」と言って、太郎が遊びに行っているみよちゃんちへと出掛けて行ってしまう。

ちなみにトッカエ・バーで入れ替わる時には、ボヨヨンと気の抜けた変な音がするのが特徴的である。

みよちゃんの家では、二人で宿題をすることになっていたのだが、太郎はみよちゃんに押し付けて自分はマンガばかりを読んでいる。みよちゃんが怒ったところで、窓の外からベニショーガとなったデンカが、トッカエ・バーをみよちゃんに当てる。

すると、目の前のみよちゃんが突然ベニショーガとなり、太郎は慌てふためく。「あたしここにいるじゃない」とベニショーガの姿で話掛けられたので、「気持ち悪いっ」と寒気を催し、逃げるように帰って行ってしまう。

みよちゃんは自分の姿がベニショーガとなっていることに気が付かずに、ママにおやつをねだって仰天され、「元の顔返してえ」と太郎の後を追うべく家を飛び出していく。


太郎・ベニショーガ・デンカ・みよちゃんが集結し、トッカエ・バーの効用が共有される。ここで皆の姿を戻しておけば良かったのだが、デンカがみよちゃんと入れ替わっただけで、太郎がトッカエ・バーを持ってどこかへと行ってしまう。

いきなりややこしいことになっているので、一旦、現状整理をしておこう。

デンカ・・・デンカ→ベニショーガ→みよちゃん→デンカ
ベニショーガ・・・ベニショーガ→デンカ→みよちゃん
みよちゃん・・・みよちゃん→ベニショーガ

この時点で、みよちゃんとベニショーガが入れ替わっている。


デンカに代わり、太郎がトッカエ・バーで騒ぎを起こす番となる。太郎が乱暴者のフグ田サンカクと歩いていたのを見つけて、フグ田を悪口で怒らせた後、ボヨヨンと体を入れ替える。

太郎となったフグ田は、目の前に自分の姿の人間が現れたので、「すると俺は誰だ」と混乱する。ウインドガラスに映った自分の姿が中村太郎であることを見て、「俺、フグ田だと思ったがなあ」と不承不承納得してしまう。

フグ田となった太郎が肩で風を切るように道を歩ていくと、皆恐れをなして近づいてこない。ところが、フグ田がいじめたと思しき男の子にお兄さん(黒帯)が現われ、弟の仕返しということで投げ飛ばされてしまう。

とんだとばっちりを受けて、自分はトッカエ・バーでフグ田と入れ替わった者だと説明する。その様子を伺っていた太郎の姿となったフグ田が、「よくも騙したな」と反撃。体は入れかえずに、トッカエ・バーを取り上げて行ってしまう。


次なる混乱の元はフグ田である。

「面白いものが手に入ったぞ」と喜んだのも束の間、トッカエ・バーの先端にトンボが止まってしまい、ボヨンと体が入れ替わってしまう。

トンボになったフグ田を、サンカクが虫取り網で捕まえる。虫かごに入れられ、「出してくれえ」と叫ぶのだが、か細い声量だったらしく、サンカクは「どこかでフグ田の声がする」という反応止まり。

一方、太郎の体となったトンボは、一生懸命に飛ぼう飛ぼうとするのだが、当然ながらうまく羽ばたくことができない。そこにデンカたちが集まってきて、「トッカエ・バーを出せ」と迫るのだが、太郎の中身はトンボなので、全く言葉は理解できないまま。


ここで再び状況整理をする。デンカ以外は別の誰かになったままである。

デンカ・・・デンカ→ベニショーガ→みよちゃん→デンカ
ベニショーガ・・・ベニショーガ→デンカ→みよちゃん
みよちゃん・・・みよちゃん→ベニショーガ
太郎・・・太郎→フグ田
フグ田・・・フグ田→太郎→トンボ
トンボ・・・トンボ→太郎

トンボがややこしい


トンボとなってサンカクに捕まったフグ田。サンカクは標本にしようと言って、トンボを針で刺そうとする。たまらず「人殺し!」と叫ぶと、これにはサンカクもビックリ。

さらに「あとで酷い目に遭わせるぞ」と凄んでくるので、「トンボのくせに生意気だ」とサンカクは激怒して、トンボを再び捕まえようと追いかけていく。

その頃、太郎の体で空を飛ぶことを習得したトンボは、空中へと羽ばたいていく。空を飛ぶためには体の機能ではなく、飛びたいという「想い」が大事なのだということなのだろうか・・・。


太郎となったトンボが、道へと降り立ち、先ほどフグ田が落としたトッカエ・バーを拾う。そこへフグ田となった太郎が、フグ田がイジメていた子の親やペットの飼い主に追い回されながら逃げてくる。

偶然に偶然が重なり、太郎となったトンボと、フグ田になった太郎が入れ替わることができて、太郎は元通り。トンボは太郎の代わりにフグ田の体を手に入れたことになる。

続けて、トッカエ・バーを持ったフグ田(心はトンボ)の方に、サンカクに追い回されているトンボ(心はフグ田)が飛んでくる。しめたとばかりに、トッカエ・バーの先っちょに止まって、フグ田の体を取り戻すことに成功する。


さて、ようやくここで事態は収束の方向へ。

デンカ・・・デンカ→ベニショーガ→みよちゃん→デンカ
ベニショーガ・・・ベニショーガ→デンカ→みよちゃん
みよちゃん・・・みよちゃん→ベニショーガ
太郎・・・太郎→フグ田→太郎
フグ田・・・フグ田→太郎→トンボ→フグ田
トンボ・・・トンボ→太郎→フグ田→トンボ

残るはあと一組

トッカエ・バーも戻ってきたので、後はみよちゃんをベニショーガが入れ替われば全て元通りである。

そして最終的には、標本にされかかったフグ田がサンカクに激怒しつつ、フグ田を追い回していた人々に、フグ田が引き続き追い回されることになるラストを迎える。

すったもんだの大混乱を経て、デンカは「こんなややこしいおもちゃはしまっておこう」と皆に告げるのであった・・・。


本作は「小学二年生」に掲載された作品だが、7歳程度の子供に完全理解できるかは謎。ドラえもんの『入れかえロープ』も小学二年生向けだったが、同様に混乱をきたすお話だった。

藤子先生は読者の対象年齢を考慮する作家なので、この程度の混乱であれば小二の子供は理解できると踏んだのだろう。むしろ、頭の固くなった大人の方が途中で投げ出してしまうのかもしれない。




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