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のび太としずかの入れ替わり 藤子F「とりかへばや」物語 ②

古今東西、男女が入れ替わる物語は数多い。平安時代に書かれた「とりかえばや物語」は、男を女のように女を男のように育てた家の話であるが、この系譜に手塚治虫先生の「リボンの騎士」がある。

男性と女性が、入れ替わることで、互いのジェンダーの在り方が浮き彫りとなる話としては、山中亘氏の「おれがあいつであいつがおれで」を原作とした大林信彦監督の「転校生」が有名。他にも、サトウハチローの「あべこべ物語」が、性転換をテーマとした児童文学の傑作として知られている。


SF(少し・不思議)短編の名手、藤子F先生にとって、体が入れかわる「とりかえばや」物語は、もっとも得意とするテーマの一つ。膨大な数の入れ替わり作品を残している。

前回の記事では、「ドラえもん」の中から、とってもややこしい「入れかえロープ」と、とってもシンプルな「トッカエ・バー」が登場する「ぼく、マリちゃんだよ」を取り上げた。


本稿では、さらにドラえもんの「とりかえばや」物語を見ていく。まずは、ドラえもんの『身がわりバー』(1979年3月発表)から。

本作で出てくるひみつ道具「身がわりバー」は、前回出てきた「トッカエ・バー」と全く同じ意味合いの道具。前回の登場から6年経ってしまっているので、ドラえもんもF先生もその存在を忘れてしまっていたのだろうか?

最初はドラえもんが、ネズミ退治を目的にのび太と入れ替わるために取り出した道具。のび太はそれを借りて、困った様子のしずちゃんと入れ替わることにする。

しずちゃんの悩みは、新しい家庭教師が馴れ馴れしくしてくるのが嫌だというもの。のび太は、しずちゃんと入れ替わり、代わりに家庭教師の相手をすることにする。しずちゃんは、はしたない真似をしないで欲しいとお願いするが、これは、これからはしたない真似をするぞ、という伏線みたいなもの。

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この家庭教師は、可愛いしずちゃんが好きなのだろう。中身がび太のしずちゃんは全く勉強もできず、すぐにサボろうとするが、この家庭教師はそのたびに優しくフォローをする。二人の様子が気になって中身がしずちゃんののび太が見に来るが、自分の体で、胡坐をかいたり鼻くそをほじったりする様子を見ていられない。

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家庭教師は、しずちゃんに何かプレゼントをしたいと言うが、のび太はここぞとばかりに大量のおもちゃを要求。家庭教師はたまらず逃げ出すが、しずちゃんの外見のまま、「約束が違う!買って買って」と追い掛け回す。

そんな自分の姿を見て、恥ずかしくてもうしずかには戻れないと逃げ出してしまうしずちゃんであった。

この作品では、おしとやかなしずちゃんと、ぐうたらのび太が対比されているお話で、ジェンダーギャップのような部分までは踏み込んでいない。形として入れ替わっただけのお話だと言える。


それから6年後、もうのび太との体の交換は凝りているはずのしずちゃんが、二度目の入れ替わりをするお話『男女入れかえ物語』(1985年7月号)が描かれる。

本作はタイトル通り、男女の差を明確にした入れかえ物語で、主人公はのび太ではなくしずちゃんだ。しずかは、高い木に登って遊ぶジャイアンとスネ夫が羨ましくて仕方がない。自分も登りたいのだが、ママから女の子は木登りはダメだと釘を刺されているのである。

「女の子って損だなあとつくづく思うわ」

それに対してのび太は、女に生まれてたらよかったのにと思うと言い出して、しばらく入れ替わろうと提案する。

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そこでドラえもんに相談して出てきた道具が「入れかえロープ」である。この道具、前回の記事で書いたように、人格が不完全に入れ替わるアバウトな効果によって、読者の混乱を誘う問題のあるひみつ道具だった。

今回、実に13年ぶりの再登場となるのだが、効果は「心はそのままで体だけ入れ替わる」という設定に変更となっており、実際に体が入れ替わったさまが描写される。前にも使ったことがある、というようなことをのび太は言うのだが、これはおそらく「トッカエ・バー」か「身代わりロープ」のいずれかと勘違いしたものと思われる。

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しずちゃんになったのび太は、嬉しそうにしずかの家に向かう。「スカートってやつはスースーして落ち着かないや」などと言いながら。

一方ののび太となったしずちゃんは、のび太の外見にどうも不服。

「こんな格好で表に出て笑われないかしら」

と、のび太に失礼かつ率直な感想を述べる。それでもドラえもんに後押しされて外出すると、念願の裏山の木に登って、ヤッホーと雄たけびをあげる。一気に解放されたしずちゃんは、ジャイアンたちに野球に誘われると、守備に打撃にと大活躍。まるで人が変わったみたいだと絶賛される。

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一方ののび太は、女の子と遊ぶの大好き、と言いながら女友達と遊ぶのだが、ゴム飛びはうまくいかず、カンフーの話題をしたりして溶け込めない。家に戻ると、胡坐は駄目だ、寝そべっては駄目だと小言を言われてすっかり、女の子でいることが嫌になる

もう戻りたいと泣きつくのび太だが、しずちゃんは「やーよ、せっかく楽しくやっているのに」と交換を拒否。すっかり男の子であることを満喫するしずかなのである。

体を動かしてお風呂に入りたくなったしずちゃん。いつものようにお風呂を沸かして入ろうとするのだが、そこで男である自分の裸を見て「イヤア」と叫ぶ。

一方ののび太はしずかのママに風呂に入るよう催促され、渋々風呂場へ向かうのだが、そこで自分の体が女の子であることに気が付く。

「勝手に脱いじゃっていいのかな…。いいよね。お互い様だもの」

とそこへ、「だめエ!!」と、どこでもドアで乗り込んでくるのび太の体のしずか。自分の体を見せるわけにはいかないのであった。

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大林監督の「転校生」などは、このあたりの男女の体の問題に向き合った作品だったが、その影響ももしかしたらあったかもしれない。オチはともかく、基本的に女の子という窮屈な枠組みに不満を持つしずちゃんにフォーカスを当てた作品だと言える。


さて、13年ぶりに登場となった「入れかえロープ」。本作は「小学六年生」7月号に掲載されたのだが、この後同誌の9月号、10月号にも連続して登場させている。9月号『45年後……』では、45年後ののび太との交換、10月号『スネ夫の無敵砲台』では、スネ夫と交換する話である。なぜこの時期に集中的に描かれた理由は不明だが、何かのきっかけによって藤子先生の中で「とりかえばや」物語がブームとなってしまったのだろう。


さて、本稿ではもう一本、印象的な男女入れ替わりの物語があるので、簡単にご紹介しておきたい。それが、「バケルくん」の『おたがいに大変だ』である。

「バケルくん」は宇宙人から譲り受けた変身できる人形を使っての日常SF。人形相手であるが、一応全編入れ替わりの物語となっている。本作では、夫婦喧嘩をしている両親を、この人形を媒介にして体を入れ替えてしまったらどうなるのか、というそんなお話。

遅くに酒を飲んで帰ってきたパパ。これも仕事の内だと誇るパパに、男の人っていいわね、とポロリ。パパはそれを聞いて、女こそ一日中うちでぶらぶらと、と口を滑らして、口論へと発展してしまう。

男と女はどっちが得か。これは難しい問題だ、とカワル。

そこでお互いの身になって考えてもらおうということで、寝ている隙にパパとママの体を入れ替えてしまうのである。

朝起きて、互いの体が入れかわってしまっているパパとママ。驚き、戸惑いの中、外見上の仕事をすることになる二人。

ママとなったパパは、しょっぱいお味噌汁を作り、掃除は勝手がわからずに時間がかかり、ハンコの場所も分からず、洗濯も炊事も全くうまくいかない。ぐったりしたところに、町内会のドブさらいを手伝わされて、「男は得ね」とこぼす。

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一方、パパとなったママは、ギュウギュウ詰めの満員電車で通勤し、数字だらけの書類に目を回し、しまいには、「できもしないことを押し付けてくる、みんなで私をイジメる」と半狂乱に陥る

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ぐったり疲れて二人が寝た後に、元に戻すカワル。

翌朝、元の体に戻った二人は、互いに労わる気持ちが芽生えている。

「行ってらっしゃいませ、ご苦労さま」
「ママに世話を焼かせるなよ、一日中大変なんだから」

パパが会社でママが家庭、というのはもはや時代ではないが、本作が描かれた1975年は、そのような形が一般的だった。男女の役割が固められていた、ある種不自由な時代だったと言えるかもしれない。

ただ、そんな中でも本作に普遍性を感じるのは、互いを思いやる気持ちは、互いの立場になって真剣に考えないと出てこない感情なのだというメッセージにあると思われる。


前回の記事で、「とりかえばや」物語の最大のポイントとして、入れ替わった時のディティールの描き方こそが、このジャンルの見せ場であるということを書いた。F作品では、こうした入れ替わり物語が多種多様に描かれいるが、その全てが細部に目を行き届かせている。逆に言えば、そうした細部を描くことこそが、F先生の真骨頂なのかもしれない。

神は細部に宿る。やっぱりF先生は神なのであった。


『入れかえロープ』「小学二年生」1972年3月号/大全集3巻
『ぼく、マリちゃんだよ』「小学三年生」1973年7月号/大全集4巻
『身がわりバー』「小学六年生」1979年3月号/大全集6巻
『男女入れかえ物語』「小学六年生」1985年7月号/大全集13巻
『45年後……』「小学六年生」1985年9月号/大全集13巻
『ついせきアロー』「小学三年生」1985年10月号/大全集15巻
『スネ夫の無敵砲台』「小学六年生」1985年10月号/大全集13巻

バケルくん『おたがいに大変だ』「小学三年生」1975年10月号

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