見出し画像

落ちゆく者たちへの憐憫の情『平家の落人』/「T・Pぼん」で学ぶ日本②

古今東西の歴史のワンシーンを背景に、不幸な死をとげてしまった市井の人物たちを救い出すT・P(タイムパトロール)の活躍を描く物語「T・Pぼん」

藤子F先生の歴史への深い洞察と愛情が込められた傑作ばかりなのだが、その中には「日本」を舞台としているエピソードがいくつか存在する。具体的には以下の5作品。

①「見ならいT・P」 → 伊勢湾台風
②「戦場の美少女」 → 太平洋戦争
③「妖狐、那須高原に死す」 → 平安末期の伝説
④「平家の落人」 → 平安末期~鎌倉初期
⑤「武蔵野の先人たち」 → 4世紀の武蔵国

年代もテーマもバラバラで、一つの国の出来事とは思えないほどにバラエティに富んでいる。江戸時代や戦国時代が描かれていない、と思うかもしれないが、これは敢えて外していると考えるのが良いだろう。

歴史をテーマとするマンガが、あまり描かない時代や題材を取り上げているように思う。「T・Pぼん」は、歴史上に名を残す有名人を救い出すことはしない(できない)。そういう設定の下、名も無き一市民にスポットを当てることで、トップダウンではなく、ボトムアップで歴史を語ろうという意志を感じるのである。


さて、ということで、「T・Pぼん」で学ぶ日本と題して、先ほどのリストの③④⑤をシリーズで紹介していく。

前回既に③を記事化しているので、宜しければ下記から・・。本稿は④を取り上げる。


『平家の落人』「コミックトム」1980年9月号/大全集2巻

本作は「T・Pぼん」第二部の第3話目。第二部では、ぼんが正隊員となり、助手にユミ子を取る。ユミ子は最初から優秀な人物として登場しており、助手ながら既にぼんよりも良い働きをしたりする。

本作では平家の落人(おちうど)をテーマとしている。平家の落武者と言われることもあるが、武士だけでなくその家族も一緒に落ち延びたことから、「落人」の表記を取ることが通例となっている。


ではまず、平家の落人とは何なのか、本作の記述も踏まえながら解説しておこう。

平安時代末期、藤原氏などの貴族から実権を奪い取っていた平氏政権に対して反乱がおこる。反平家の中核となったのは、源頼朝を中心とした東国(板東)の武士たち。よって、この内乱は源平合戦(治承・寿永の乱/1180-1185)と呼ばれている。

6年に及ぶ戦乱は、中央の政治とも絡み合いながら、全国的に一進一退を繰り広げる。戦乱中、平家側はカリスマ的リーダーの平清盛を病死で失ったり、大飢饉に襲われて戦乱どころではなくなったりとドラマがあるのだが、その辺は割愛・・。

その後、有名な「一之谷の戦い」「屋島の戦い」を経て、平家は劣勢に立たされ、長門へと押し込まれる。九州や四国地方も源氏側に制圧され、最終決戦となる「壇ノ浦の戦い」が勃発する。

元暦2年(1185年)3月24日、源氏約600艘、平家約700艘が、壇ノ浦(長門)に集結。午前八時に戦いが始まり、昼過ぎまでは圧倒的に平家優勢で進む。ところが午後三時、海峡の潮の流れが東(源氏側)から西(平家側)向きへと逆転し、この時を待っていた源義経は、潮流に乗って猛攻を開始。

舟の水夫を狙い撃ちするなどの巧みな作戦によって、平家側の有力な武将は次々と討ち死にする。そして、残された女人や子供たちは、もはやここまでと、海に身を投じていった

壇ノ浦から運良く逃げ出せた者たちも、源氏側の執拗な残党狩りに遭って、平家はほぼ全滅する。この時代は、対抗勢力となる人間たちを根絶やしにするのが普通だったのだ。


しかし、その弾圧からも逃れた平家の人々が、全国各地に散り散りとなり、山奥や離島などに身を隠したとされる。こうした人々を「平家の落人」と呼ぶのである。

平家の落人が隠れ住んだとされる「落人伝承」の残る地域は、北は東北地方から南は沖縄まで全国各地にあり、その数は50カ所以上とも言われている。


なお、本作で命を救われる少年は、平信盛の長子・加茂丸となっているが、平信盛は落人伝説に名を連ねる人物である。平信盛は、壇之浦合戦に敗れた後、福岡の宗像の地に逃れ、金山開発で成功したとされる。

本作での「信盛」が、歴史上の「信盛」なのかどうかは藤子先生に聞いてみないとわからないが、少なくとも「信盛」の名に落人伝説のイメージが込められている可能性は高そうだ。


落人伝説についてみたところで、本作の見所を記しておこう。

本作は、ぼんの新しいパートナー、安川ユミ子のパパの実家から始まる。昔は隠れ里と言われた山奥の集落で、ユミ子はおじいちゃんからこの村は明治の初めころまでは村人がひっそりと隠れるようにして暮らしていたと聞く。

そこへぼんがタイムボートに乗ってユミ子を迎えにやってくる。T・Pの仕事である。今回は辛い任務になるだろうとぼんは言う。女子供を含む大勢の人が死んだが、その中から一人しか救えないのだと。


二人が向かった先は1185年の関門海峡。いわゆる壇ノ浦である。そこでは源平最後の戦いが行われており、夕刻には平家の人々が海へと身投げを始めている。

その中から、たった一人、平信盛の長男・加茂丸・12歳だけを救い出す。ぱっと見、少女のような線の細い風貌の男の子である。一緒に海に飛び込んだ母親は弟は、そのまま死んでしまうことになる。

加茂丸たちが入水を図る。ぼんは「平家物語」の中で壇ノ浦ではおびただしい数のイルカが群がったとされていることに目をつけて、「生体ラジコン」を使ってイルカを操縦して加茂丸を水中から救出する。


さらに落人狩りから逃れさせるために、今度はユミ子のアイディアで、「生体ラジコン」を使って鳩を案内役にして、近くの洞窟へと誘導する。そしてぼんは本部と連絡を取り合って、同じく落ちていく平家のグループが近くにいることを確認。そこに加茂丸を合流させる作戦を取ることに。

その夜。加茂丸は大胆にも笛を取り出し、切ないメロディーを奏でる。その音色を聞いてユミ子は思う。

「今は亡い両親や友人たち、二度と帰ることのない京の都・・・。失われた全てのものに別れを告げているのね」

どんなことをしても加茂丸を救おうと誓うユミ子とぼんであった。


昨日に続き案内役の鳩を使って、平家残党への合流を目指す。途中、適当に食事を与えたり、通行人から身を隠させる。

順調に歩を進めていたが、翌日ぼんたちが寝坊をしている隙に、加茂丸は一人で動き出してしまう。慌てて鳩を使って安全地帯へと誘導させようとするのだが、源氏側の山狩りが始まって、取り囲まれてしまう。

その大ピンチに、どうしても加茂丸を救いたいと決意していたユミ子が妙案を思いつく。加茂丸の顔立ちが自分と似ているので、うまく変装して加茂丸に成りすまし、代わりに捕まろうと言うのである。

捕まれば斬首だが、高名な人物の首を切るには、鎌倉殿(源頼朝)の許可がいる。使者を送り、返事が戻ってくるまでには数日かかるだろうから、その間に加茂丸を平家のグループに合流させようという計画である。

加茂丸が12歳の少女のような男の子だったこと、ユミ子が彼を救いたいと決意を固めるシーンは、この身代わり作戦のための伏線であったのだ。


平家の公達(身分の高い者の子弟)に扮して、源氏側の武士に捕らえられるユミ子。加茂丸を名乗ると、子供ながら打ち首は免れぬと伝えられる。ユミ子は堂々と成りすます。

「もとより覚悟の上、一門の亡びた後、我一人命長らえたとて何のかいがあろう」

我ながらの名演技で、相手の主君は涙して聞いている。そして頼朝の御沙汰があるまで客人として丁寧に扱えとの指示を出す。縄を解かれて、料理も出される。そして着替えを与えられる。

ユミ子は衣服を固辞するが、首を討たれる身は衣服をあらためるのが武人のたしなみだと説明を受け、渋々着替えることに。ところが、うっかり「絶対見ちゃやーよ」と、まるでぼんの言うような軽口を叩いてしまい、怪しげに思った男に覗かれて自分が女だとバレてしまう。


再びお縄となって主君の前に引きずり出されるユミ子。加茂丸を知っている人間から間違いないと聞いていた主君は、既に鎌倉殿への伝令を送っているため、今さら間違いでしたとは報告できない。

そこでやはりユミ子の首を切って、加茂丸として提出するしかないと判断する。これまで懸命に貴公子の芝居をしてきたユミ子だったが、こうなるともう駄目。

人違いで処刑するとは酷いと泣き出し、「こんなはずじゃなかった、ぼん助けて、お父さま~お母さま~」と号泣する。主君は見苦しいさっさと斬れと命じ、ユミ子の首に刀が振り下ろされる


たいていの藤子漫画なら、斬首直前で誰かが助けに来てくれるものだが、「T・Pぼん」は一味違う。このシリーズは、ポリシーとして残酷な表現から逃げないのだ。これは歴史とは残酷な事件の繰り返しであるという藤子流のメッセージが組み込まれている。

ドピュと刀が振られ、ユミ子の首は見事にぶった切られる。トラウマ必死の一コマである。と、そこへ駆けつけるぼん。「巻き戻し」と「タイムロック」を使って、ユミ子を復活させる・・。後5分遅ければ手遅れだったという。


加茂丸はぼんが無事に平氏一門の徒党に合流させていた。鎌倉への伝令は途中で逆戻りさせたので、加茂丸の存在は伝わっていない。ユミ子を捕まえた主君らは、これ以上加茂丸を追うことはないだろう。

最後は強引だったが、無事任務は完了である。ユミ子は、初回で通り魔に殺されているので、死ぬ目に遭ったのは今回で二回目ということになる。


ユミ子の実家へと戻ってくる。すると加茂丸が夜中に吹いていた曲が聴こえてくる。笛を吹いているのはユミ子のおじいちゃん。古くからこの地方に伝わっている曲だと言う。

ぼんとユミ子は確信する。この隠れ里こそ、加茂丸たち平家の落人グループが住み着いた場所であったと。


判官びいきとは、兄の義経に滅ぼされた源義経が「判官」職であったことから使われ出した言葉である。また、「平家物語」は源氏に滅ぼされた平家一門への哀憐が込められた作品である。

つまり、私たち日本人は、弱い立場にある人に同情を寄せる民族であったのだ。なので「平家の落人」と聞くと、同情する気持ちが自然と湧いてくるし、だからこそ、全国各地に平家の隠れ里と言われる場所が数多く残っているのかもしれない。


そんな藤子F先生は「平家の落人」が琴線に触れていたらしく、何本かこのテーマの作品を描き残している。それらも合わせて読むと、また一興かと思われる。記事もあるのでついでに是非。


この他の藤子作品はこちらから。


この記事が参加している募集

コンテンツ会議

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?