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平家は生きていた―。『雲の中のミカド』/藤子F初期作品をぜーんぶ紹介⑰

「大全集」で読むことのできる藤子先生の初期作品を片っ端から紹介していくシリーズ第17弾。現在は1957年、23歳の年に発表した作品まできている。

F先生は18歳のデビューからまだ5年というところで、既に他種多様な作品を描き分けているが、おおよそ3つの作品に類別できる。それが、
①「少女」向け短編
②「幼年」向け短編
③「少年」向け短編
 である。

その内、①「少女」向けでは、
A.ファンタジー色の強いタイプ
B.『光公子』に代表される時代劇絵巻タイプ
C.『ゆりかちゃん』のような日常タイプ
  に区別できる。

本稿で取り上げる『雲の中のミカド』は、「少女」向け作品の中のAとBを混ぜ合わせたような作品となっている。


『雲の中のミカド』「少女」1957年3月号別冊 48P

少女向け作品ではあるが、手に汗握る冒険タイプの物語で、後年の藤子作品にも通じるシーンが数多く登場する。

特に「大長編ドラえもん」を彷彿とさせる空間閉塞型の物語構造となっており、本作を元にしてオリジナルの大長編を作り上げることもできそうな程である。


本作の主人公は勇敢な少女、京子と、彼女のパートナーである英夫。二人は平家の落ち武者たちが逃れたと言われる険しい山を探索し、深い谷底の奥まで進んでいく。ところが足を滑らせて急流に飲み込まれて、まるでタイムスリップしたかのような武家屋敷へと流れつく。

そこは実は死んでいなかった安徳天皇の子孫を中心とした平家の武家社会が現代まで脈々と続いていた。京子と英夫は、集落から出ることを許されず、一生ここで暮らすよう命じられる

秘密の世界に入り込んで、そこに幽閉されてしまう話としては「のび太の海底鬼岩城」や「のび太と雲の王国」「のび太と竜の騎士」などがある。この頃から既に、後の大長編ドラのような構成を作り上げているのである。


物語は、プロローグ的に、吹雪の中を少女がたった一人でロッククライミングをしているシーンから始まる。ところが手を滑らせて谷底に落ちてしまい、足を挫いてしまう。少女、京子は体を引きずりながら「あの恐ろしい国に行かねばならない」と思う。そして5日前へと話が戻るのである。

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5日前。京子と英夫は谷底の激流に飲み込まれ、平家一族が隠れ住んでいる里に辿り着ていた。ここで京子たちは、安徳天皇の子孫だというミカドに、「まだ下界は源氏の天下か」と尋ねられる。すると二人は、

「源氏なんかずっと昔、滅びました。今は自由民主党の天下です」

と答え、これを聞いた武士たちは歓声を上げる。「うらみは晴れた」「おごる源氏は久しからず」など・・。

ところが二人が帰りたいと言うと、突然ミカドは豹変し、ここの秘密が漏れないように、一生ここで暮らせと命じてくるのであった。

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泡盛という武士のトップに、逃げたら死刑と脅される二人。食事の世話などはしてくれるが、自由は取り上げられてしまう。このあたり、大長編ドラえもんとかなり似通った展開である。

二人は集落を散策していると、鐘が鳴って見張りが手薄になる。そこで脱走を試みるのだが、残念ながら泡盛に捕まってしまい、死刑が言い渡される。

牢に閉じ込められる二人。すると何だか平家の武士たちの様子がおかしい。ミカドが突然病気になってしまったのである。鐘を鳴らし、祈祷を読み上げる住職たち。

ところで、祈祷の言葉が面白いので、抽出してみる。

「イシイオ モイキヤ ガーカイ」

これは「オイシイ ヤキイモ イカーガ」の逆さま言葉となっている。先ほどの「自由民主党の天下」や「おごれる源氏久しからず」など、深刻な雰囲気の作品の中で、F先生らしいユーモアが挟み込まれている

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英二は「自分に病気を診させて欲しい」と名乗りでる。自分は医者のタマゴであり、近代医学を持ってすれば、祈祷よりはよく効くと説く。

ミカドは高熱にうなされており、英二は急性肺炎ではないかと考える。「マイシン」があれば簡単に治るはず。そこで、京子を薬に取りに行かせることを提案する。ちなみにマイシンとは、抗菌薬の一種である。

泡盛は逃げ出す口実ではないかと疑い、三日のうちに戻らないと英二の首をはねると京子に命じる。英二はこっそりと、京子に「帰ってきてはいけない」と告げる。自分を犠牲にして、京子を助けるつもりなのである。


ここで時系列は冒頭(5日後)に戻る
京子は何としてもその日の内に平家の里に戻らねばならない。夕日が沈もうとしているが、京子は足を挫いて思うように動けない。

平家の里では、ジリジリと京子を待っている泡盛たちの姿がある。英二は「京子はこのような野蛮な国には戻るわけがない」と言う。泡盛は「陽が沈むと同時に首を切れ」と部下に命じる。

一方、山道を這うように進む京子。諦めかけたその時に、屋敷で給仕をしてくれた女性が、京子を迎えに来る。タイムリミットが迫り、里に向かう激流を船で下るしか間に合う方法はない。イチかバチか、京子と給仕の女は激流下りを敢行する。

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そして日が沈むその瞬間、京子は英二たちの前へと現れる。帰るなと言ったのに戻ってきた京子を、英二は抱きしめる。泡盛は、命がけの川下りの話を聞いて感動し、涙を浮かべる。命令に忠実な堅物だが、その分義理に弱い一本気な男なのであった。

ミカドは「マイシン」が効いてすぐに快方する。

体調の戻ったミカドは、京子と英二を右大臣・左大臣にすると言う。しかし二人が欲しいのは大臣の職ではなく、帰る自由である。「帰りたい」と二人が申し出ると、ミカドは難色を示す。あくまで国の秘密を守りたいのである。

ところがここで、意外な人物が、進言に入る。先ほど感動の涙を流した泡盛である。

「この二人は十分信用できる立派な人物です。帰しても秘密は守ってくれるに違いありません。この泡盛、一生のお願いです。二人をお帰し下さい」

このようなラストシーンを、何度かドラ大長編で見た気がする。

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お土産を貰い、二人は帰国を許される。泡盛は「また遊びに来なさい」と声を掛けるが、「それはもうこりごりです」と英二。ま、殺されかかったので、当たり前の反応である。。


少女向け作品と言いながら、作りは完全にドラえもん大長編で、どちらかと言えば男の子向けのような仕上がりという印象を持つ。堅物だが、最後は主人公たちを認めて味方につく泡盛のキャラクターが光る

ミカドは外界との交わりを嫌っていたが、もう源氏の世ではないので、出てきても良さそうな気はする。それとも自由民主党の世の中を嫌ったのであろうか・・。


初期短編の紹介・考察をやっています。


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