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世界最速の男(寝付くまで)『ねむりの天才のび太』/のび太の3大特技がスゴイ!お昼寝編②

のび太の特技は一般的にとっても知られている。すなわち「射撃」「あやとり」「昼寝」である。そのどれもが世界トップレベルであることも有名だが、本稿では眠りの天才っぷりを確認することにしたい。


まずは、昼寝名人になるまでのエピソードをまとめた記事があるので、こちらのご精読をお願いしたい。

『小人ロボット』では、たった三秒でいつでもどこでも眠れる技術を身に着けたのび太。その後も、昼寝の訓練を続けて、その技術も進化を遂げていた・・!


『ねむりの天才のび太』
「てれびくん」1982年4月号/大全集19巻

本作は、もしもの世界をテーマとする「もしもボックス」の登場回となる。まずは、もしもボックスが出てくる作品一覧を見て欲しい。

①『もしもボックス』「小学四年生」1976年1月号
②『もしもボックスで昼ふかし!?』「てれびくん」1976年12月号
③『お金のいらない世界』「小学五年生」1977年1月号
④『あやとり世界』「てれびくん」1977年4月号
⑤『音のない世界』「小学三年生」1977年5月号
⑥『かがみのない世界』「てれびくん」1981年3月号
⑦『大富豪のび太』「小学五年生」1981年7月号
⑧『ねむりの天才のび太』「てれびくん」1982年4月号
⑨『ためしにさようなら』「てれびくん」1983年2月号
⑩『のび太の魔界大冒険』「コロコロコミック」1983年9月~84年3月号

上のリストの中で、今回注目したい作品は『あやとり世界』である。

のび太の三大特技の一つである「あやとり」が大流行している世界を作り出すお話で、普段は誰からも尊敬されないのび太のあやとりテクニックが、実は世界最高峰だったことが判明する一作だった。


本作、『ねむりの天才のび太』も『あやとり世界』とほぼ同じ構造のお話となっている。瞬間的に眠れる能力は、とても便利ではあるが、それによって誰かに尊敬されることではない。むしろ、「寝てばっかり!」と怒られるような、欠点扱いされる個性である。

そんなのび太の欠点が長所となるような社会を作ったらどうなるか、そんな実験的なお話でもある。


冒頭、いつものように、「また授業中に居眠りして、けしからん」と先生にのび太が注意される。

放課後、スネ夫とジャイアンに「そんなに眠ってばかりじゃ脳みそとろけるぞ」「とっくにとろけてんだよ」とバカにされる。のび太は言い返しもせず、ポロリと涙をこぼす。

家に帰ると、先生から居眠りのことを電話で知らされたママが、「やる気がないのよ」とのび太を叱る。しかし、そのお説教中にも眠ってしまい、ママの怒りはさらに倍増する。

のび太は思わずドラえもんに泣きつく。

「居眠りしながら起きていられる薬を出してくれ」

が、ドラえもんは部屋に不在。

当たり前のように昼寝を始めるとドラえもんが戻ってくる。ドラえもんが「ユメグラス」を取り出してのび太を覗くと、ハンモックに吊るされて昼寝をしている夢を見ている。どんだけのび太は昼寝が好きなのか・・・。

なお、ユメグラスは本作の1年前『ションボリ、ドラえもん』(1981年4月)でドラミが使用していた以来、二度目の登場である。そのためか道具の名前も今回は明示されていなかった。


ドラえもんは、「寝たいから寝る、食べたいから食べるじゃ動物と同じ」と指摘するが、のび太は「起きてても別に良いことがない」と言い返し、またごろ寝。そして、

「眠るのが悪い、起きてりゃ偉いなんて誰が決めたんだろ」

と、訳の分からないことを言ってドラえもんを困らせる。


するとのび太は何かを閃いた模様。ドラえもんに頼んで「もしもボックス」を出してもらうと、

「もしも眠れば眠るほど偉いという世界になったら・・」

と、受話器に吹き込み、眠ること大好きなのび太にとって夢のような世界を作り出す。


さて、ここからはこれまでの価値観とは百八十度異なるパラレルワールドの始まり始まり・・・。

冒頭と同じく、授業中に眠ってしまうのび太。すると今度は先生が「偉い!!君はよくそんなに眠れるなあ」と誉められる。そして、他の生徒たちには、勉強ばかりしていると注意して、のび太以外を全員廊下に立たせるのであった。

放課後の帰り道、今度は皆に囲まれて「どうしたらあんなによく眠れるの」とチヤホヤされるのび太。ジャイアン・スネ夫は、「変な世の中になったなあ」と納得がいかない様子。

家に帰るとママが洗濯をしているのだが、のび太は感謝をするでもなく、「また働いている、やる気がないんだ」とお説教をする。冒頭のシーンを全てひっくり返している。


のび太は部屋に戻ると、ドラえもんが昼寝をしようとしているが、どうにもうまく眠れないようである。のび太は座布団片手に「僕なんかこうだぞ」と言ったその瞬間、パッと折り畳んだ座布団に上にコトンと寝転がり、そのままグウと眠ってしまう。

これまで3秒近くかかっていてた眠るまでの時間は、一気に秒速にまで短縮されているようである。

そこへしずちゃんがのび太を訪ねてくる。折り入って何かお願いがあるようだ。ドラえもんが昼寝中ののび太に「起きろ起きろ」と声を掛けると、「クウグウ」といびきで答える。


しずちゃんが言うには、今度から中学進学に際して、昼寝テストが実施されることになったのだが、全く自信がないので眠り方を教えてもらいにきたのだという。

ちなみにこの展開は、本作の2カ月後に描かれる『家元かんばん』とかなり酷似している。『あやとり世界』→『ねむりの天才のび太』→『家元かんばん』という、アイディアの流れがあるようだ。


しずちゃんにのび太先生と言われ、デレデレするのび太。そして、昼寝の指導が始まる。

初心者向けとか言いながら、いつもののび太の眠る姿勢(腕を枕にして寝転がり足を組む)を指示するのび太だが、自分が先に寝てしまうので教えられない。

のび太だけ起きだし、今度が具体的にアドバイス。

・一番大事なことは、体の力を抜くこと
・姿勢はどうでもいい、楽なポーズで
・頭の中をからっぽに

聞けば当たり前のことだが、なかなか的を射ているかもしれない。しかし、しずちゃんは、テストのことなどが頭に浮かんでしまい、どうしても空っぽ状態にはならない。

のび太は「どーしてこんな簡単なことができないの!」と叱るが、後ろからドラえもんが辛辣なツッコミをぼそり。

「そりゃ、のび太の頭はもともと空っぽだもの」

二人は口論を始めてしまい、しずちゃんはうるさくて眠れない。


頭を空っぽにできないのなら別の手段を、ということで、今度は目を閉じて何か楽しいことでも考えようという作戦にシフトチェンジ。楽しいと言っても、ワクワク興奮することはダメで、穏やかなことが良いという。

・春の野原を想像する
・お日様、そよ風、一匹のチョウ
・続いて二匹目のチョウ、三匹目、四匹目・・

最後は羊が一匹、二匹、みたいなことになったが、のび太の指導は抜群で、そのまま部屋でしずちゃんも、ドラえもんやのび太と一緒に眠ってしまう。

ドラえもんの大きないびきで起きてしまうが、しずちゃんは「眠れたわ、先生のおかげです」とのび太の腕をとって、感激の涙をこぼす。のび太も「君には才能があるよ」と励ます。


するとこの評判を聞きつけたクラスメイトの女子たちがのび太の家に集まってくる。中には月謝を払うと言い出す子も現れる盛況っぷりである。

さらに噂がどのように広まったかは謎だが、突然、TVクルーが尋ねてきて、ATV(=あけぼのテレビ)の教養番組「正しいひるね」に、出演して欲しいと依頼される。

そしていねむり評論家の由目見さんという怪しい外見の男性が、解説役で登場、そのままのび太と一緒にテレビ中継が始まる。

「眠りは世界を救う!! 眠りながら戦争はできません。平和のためのび太先生をお手本にしてみんな眠りましょう」

と、何だか大そうな導入。そして模範演技ということで、のび太の早寝の技術が日本中にお披露目される!


座布団を片手に立ち、パタ・グウと一瞬で眠りについてしまう。「もしもボックス」の世界でなかったとしても、テレビの生中継の最中に何のプレッシャーもなく眠れるのび太は、マジですごいヤツである。

そして、テレビならではのスロービデオによって、のび太の睡眠までの動きがゆっくりと映し出される。立った姿勢から、体を後ろに逸らしながら座布団を頭の下の方に投げ入れ、そのまま眠りの態勢へ。テレビでは「う~む、無駄のないアクションですなあ」と感心される。

そして、眠りに付くまで、何と0.93秒! テレビでは「おそらく世界記録」だと喧伝される。そして、解説が入る。

「あの寝姿の見事なこと。一筋のよだれが何ともいえませんねえ。ねむりの天才と言うほかありません」

のび太が、世界最高記録の短時間寝付き記録保持者であり、眠りの天才だということが明らかになる瞬間である。

さらにこの世界では、オリンピックにおいて「いねむり種目」が創設されており、一気にのび太は日本代表選手として大活躍が期待される注目の存在になっているのだった。


この番組を見ていたスネ夫とジャイアンは、のび太に対して「バカにしてすみませんでした」と手をついて謝る。しかし心大らかなのび太は、「つまらない恨みは水に流そう」とジャイアンたちを許す。

そして月夜を眺めながら、

「静かだねえ。この平和が永久に続くよう祈って、僕らも眠ろうか」

と悦に浸るのであった。


と、ここまで眠ることは素晴らしいということで進んできたが、ここから一転、そうは問屋が卸さないという事態が発生する。

眠ることが偉いことだとしたら、起きていることが怠けていることだとしたら・・・。そんな世の中が回るハズがない。誰かが起きて仕事をしているから、代わりに誰かがその時間に眠っていられるのである。


まだ晩ご飯を食べていないことに気がつくのび太。腹減ったと、すっかり寝ているママに声を掛けると、ようやく買い物へと出掛けていく。しかし、商店街はみんな眠っていて何も買えずに帰ってくる。

さらに、ドカンと轟音が響き渡り、居眠り運転のダンプが野比家へと突っ込んでくる。眠り優先の価値観は、身の危険を感じる社会を作り出していたのである。

たまらず、もしもボックスを出して、元の世界へ戻るのび太たち。「もしもボックス」で生み出された世界は、いつだってロクなことにならないよう気がする・・・。


ちなみに、のび太が眠りの天才という設定があるので、「ドラえもん」ではユメをテーマにした作品がすこぶる多い。「のび太の夢幻三剣士」という大長編では、まんま夢の中の世界を舞台にしている。

夢をテーマにした特集記事も準備中なのだが、資料が膨大でなかなかまとまらない。形になるのは、少し先のことになりそうである。


「ドラえもん」の考察を行っています。


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