見出し画像

俺は西部のならず者!『休日のガンマン』/藤子Fキャラ×西部劇④

『休日のガンマン』
「ビックコミック」1973年6月10日号/大全集「異色短編」1巻

藤子F先生が1973年に描かれた短編は、すべからく強烈なインパクトを残す作品ばかりなのだが、特に2月発表の『劇画オバQ』、4月発表の『イヤなイヤなイヤな奴』、そして6月に発表された『休日のガンマン』の3本は、全て劇画タッチで描かれており、F先生のキャリアの中でも異色な作品となっている。

この頃は青年向け・大人向けの漫画が次々と開発されていた時期で、F先生にもそういうオファーが多かったのではないかと想像される。そういう中で、自分が劇画タッチでマンガを描くとしたら、という発想でこの3本は描かれたのではないかと僕は考えている。

連続して3本描かれていることから、僕はこれらを勝手に藤子F劇画三部作と呼んでいるのだが、もちろん、劇画タッチを採用しているには、きちんと理由がある。それぞれ「大人の~」というテーマの作品なのである。

『劇画オバQ』は大人になった正ちゃん、『イヤなイヤなイヤな奴』は大人の事情たっぷりの宇宙冒険SF、『休日のガンマン』は大人の思い描くカッコいい自分の姿。それぞれ「大人」の世界を際立たせるために、劇画タッチを利用している、そんな作品群となっている。

今回は一連の「西部劇」作品という切り口で『休日のガンマン』を取り上げるが、他の2作もいずれしっかりと記事にしたい。


物語は何だか居心地の悪い感じで始まる。葉巻はカッコよく巻けず、ブーツの底ではマッチは擦れない。イライラしているところに、ノックとともに「ミスター・ジェシイ・ジェイムズ」と呼びかけられ、そっと扉を開けると、そこにはホテルの支配人。支配人はブーツ・ヒルに行ってドッジ・シティで鬼と恐れられた早打ち保安官との対決を促す。ジェイムズと呼ばれた男は、カッコよく拳銃を指で回すのだが、足の上に落としてしまい、八つ当たりに支配人をぶん殴る。ごめんと謝ると、「サインさえいただければ」と紙を渡す。「高くついた」と男。

画像1

ここまでで、世界観はおおよそ理解できる。西部劇の中の無法者である主人公は、どうやら金銭的な対価を払って今の役柄を演じていることがわかる。主人公が名を呼ばれたジェシイ・ジェイムズは、西部開拓時代の無法者で、彼を主人公にした作品も多く存在し、最近でもブラッド・ピットが演じた「ジェシー・ジェームズの暗殺」という作品もある。

ジェシイ・ジェイムズと呼ばれている時点で、本作の虚構性が明示されている。主人公はヒーローを演じたいのに、形ばかりで様にならない。「ああ、素人はこんなもんだよね」という感想が読者に思い浮かぶ。

ジェイムズは決闘の場所まで歩いていく。町ではあちこちで決闘が行われている。ジェイムズが丘に辿り着くと、保安官(役)が姿を現わし、決闘となるのだが、モタモタと拳銃をうまく抜き出せない。保安官が負けてくれるのだが、決闘に慣れていないのである。

画像2

その後酒場へと行くのだが、そこは混とんとしていて、ビリイ・ザ・キッドやドク・ホリディやジョン・ウエインが、カードやら喧嘩やらをしていて、ワイアット・アープについては二人も同時に存在している。どうやらここは、西部劇のコスプレができるような場所であることが分かってくる。

画像3

カウンターでお酒をうまく注文できず、隣の男といさかいになってしまう。その男は自分の名前、ワイルド・ピル・ヒコックを忘れてしまっているが、客同士の決闘は禁じられていると、喧嘩を止められてしまう。

そんなジェイムズに気軽に話しかけてくる男がいる。付け髭を取って見せると、「おまえかあ」とどうやら旧知の間柄であるらしい。他にも知り合い二人もいて、おそらく現実の世界での友人であるらしい。

すると、一人の男が、この間の麻雀の貸しを返せと言ってくる。「ボーナスで払うっていっただろ」と大声を出し、それを聞いた周囲の人間が、興ざめした冷たい視線で睨んでくる。

「自分がガンマンだってこと忘れるな、バカ!」

仲間がたしなめるが、やはり彼らは西部劇ごっこをしているのだということがこれではっきりするのである。

画像4


先ほどカウンターで揉めた男が、札束をチラつかせてオラオラしているのだが、これを見て苦虫を潰す男たち。どうやら払った金額によって、この世界の待遇は変わるらしい。

気分が壊れたと一同は外へ出るのだが、ジェイムズは「4人揃ったのでここはひとつ銀行強盗をやろう」と言い出す。先ほど麻雀の話題をした男は、「いっちょつもる?」とあくまで麻雀にこだわって、仲間の興ざめを再度誘う。

画像5

この麻雀男は、そもそもここに来るのを嫌がっていて、早く帰りたくて仕方がない。普通の世界では銀行員であるらしいが、銀行強盗は高いと言い出す。銀行強盗の予約をして、段取りを確認するジェイムズたちだが、その料金を聞いて、麻雀男は、

「ぼくワリカン払えないからね。僕の小遣い100円だからね!」

と、またも仲間を現実に引き戻す発言をしてくる。たまらずジェイムズは、「俺が出すから、頼むからもう何もしゃべるな」と釘を刺す。せっかくお金を払っているのだから、その分この世界に入り込まないと損なのである。

画像6

そして首吊り処刑ショーなどを見たりしているうちに、銀行強盗の予約時間がやってくる。盛り上がってきたその瞬間、支配人が現われて「強盗の予約を別の方に譲ってほしい」という相談をしてくる。その相手とは、先ほどバーで札束を見せびらかせていた男、ヒコック(役)であった。

しかもこの男、なんと麻雀男の有力な取引先の郷田という土地成金で、麻雀男(名は川島と判明)は頭が上がらない。結局予約の時間を取られてしまう。現実世界が、虚構世界にばっちり侵食しているのである。

画像7

興が覚めるジェシイたち。しかし、まだこの世界に酔いしれたいジェシィは、郷田に対して決闘を申し込む。この時ジェシイは川島に鈴木という本名で呼ばれて、余計にイラつく。

ジェシイ対ヒコックの一騎打ちが行われる。しかしお客同士なので、当然どちらも先に倒れない。そしてガチの喧嘩となるのだが、この郷田という男、村相撲の横綱であったらしく腕っぷしが強く、鈴木はボコボコにされてしまう。対照的に「ワイちゃんカッコいい」と声援を受ける郷田。

画像8

西部劇という非現実的の世界にあっても、結局腕っぷしも資本力も現実世界がそのまま反映されているのである。大人になってしまうと、もはや夢一色の世界はありえないのだろうか。

この場所は、ウエスタン・ランドというある種のテーマパークであることが最終的に明かされる。ウエスタン・ランドを出ると、途端にそれまでの劇画タッチから、いつもの日常系マンガのF先生タッチへと絵柄が変わる。郷田との喧嘩で傷ついた鈴木の姿は涙を誘う。

この劇画と通常のタッチを織り交ぜた手法は、『劇画オバQ』でも採用していた。大人になった正ちゃんたちを描く話なのだが、作中一瞬だけ童心に帰るシーンがあり、そこだけ従来のオバQタッチで描かるのである。本作は、その応用と言っていいだろう。

劇画三部作を書いた1973年は、藤子F先生40歳の年となる。ほぼ児童マンガ一本で描いてきたF先生にとって、逆風が吹き始めた頃にあたる。しかし、本作のような大人を皮肉る作品を描いているうちに、いつしかドラえもんの人気が定着し、藤子F全盛期がやってくる。そして、劇画タッチの作品が描かれることはなくなったのである。


メジャー作品から本作のようなマニアックな作品まで幅広く解説していますので、気になった方はどうぞご一読下さいませ。


この記事が参加している募集

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?