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透明になったらヤバイ奴「ドビンソン漂流記」『イラズラ透明人間』/透明人間現る現る③

ポール・バーホーベン監督の「インビジブル」という映画がある。天才科学者(ケビン・ベーコン)が自らの透明化に成功し、最初は相棒の女性科学者のノゾキから始まって、徐々に本格的な犯罪行為に及ぶ。なぜかどんどん暴徒化して、手が付けられなくっていく。

これを観た時に思ったことは、この科学者は透明人間になったので、常軌を逸するようになったのか、元々マッド・サイエンティストだったのか、どっちなのだろうということだった。

正解としては、ケビン・ベーコンが最初から正気ではない風貌なので、そもそも頭のおかしい科学者だったというのがベースの設定だろう。透明になってから悪者になるのであれば、もう少しナイスガイを主人公にしただろうからだ。

僕としては、たとえ好青年が科学者を演じていたとしても、マッド・サイエンティストだったという説を採用したい。理由はただ一点、透明になろうと本気で努力する時点で、透明になったらしたいことリストができ上がっており、その中には悪いことが絶対に含まれていると思うからである。


さて、そんな「透明人間」の考察をしてきたが、これは大人が主人公の場合である。子供が主人公の場合、透明になった時に犯罪行為までを考えるのは明らかに子供らしくない。子供のしたいことは、せいぜいイタズラ程度だと相場が決まっているのだ。

これまで「透明人間現る現る」と題して、「ドラえもん」(ドラミちゃん)と「キテレツ大百科」の透明人間シリーズを紹介してきた。この二本には共通点が多く、姉妹編だと指摘した。

過去記事はこちら。


本稿で紹介する「ドビンソン漂流記」の『イラズラ透明人間』は、上記2作よりも先に描かれたお話である。上記2作にうまくアイディアが引き継がれており、パイロット版という位置づけとも言えるだろう。


「ドビンソン漂流記」『イラズラ透明人間』
「こどもの光」1971年11月号

「ドビンソン漂流記」は、「キテレツ大百科」と同じ「こどもの光」という会員向け月刊誌で連載されていた作品。そもそも「ドビンソン漂流記」って何ぞや、という人も多いかと思うので、以下のまとめ記事を参照願いたい。


「ドビンソン漂流記」は、宇宙旅行中に大規模なロケット事故に遭い、地球へと漂流してしまったドビンソンと、ドビンソンが居候することになるマサルとの騒動を描いたSFコメディである。

ドビンソンは地球よりも遥かに科学力が発達したポッド星の生まれなので、何かにつけては地球の進歩の遅さをバカにしてくるし、逆に進んだ科学によって作られた不思議な道具をマサルに貸してくれる。

本作は、そんなポッド星のアイテム「透明化カプセル」を使ってのドタバタ劇である。


冒頭、ジャイアンキャラにあたるブタオコゼ(相変わらず酷いニックネーム)が、透明人間になったという設定で、友人たちを叩いたりしている。マサルは「なにバカなことをしているのか」という感じで近づいていくが、友人たちは本気で見えないフリをしていたことを知る。

ブタオコゼは透明人間になるために、三年間研究を続けていて、ついに薬を完成させたのだという。その成分はなかなか凄い。

・アルコール
・酢
・トコロテン
・ナメクジ
・塩
・粉せっけん

匂いがきつかったり、そもそも食べられないものも含まれている。


ブタオコゼは普通にマサルから話しかけられたので、「薬の飲み方がが足りなかったのか」と言って、その薬(毒)を追加で飲む。友人たちは「消えたと言え」とマサルにアドバイスを送るが、マサルは「消えるわけがないじゃん、バカらしい」と笑ったので、ブタオコゼは大激怒。

「すると何かい?俺は三年間も無駄な研究に骨折って、バカなことをしたと、こういうわけか」

と睨みを利かせ、「アタマにきた!!」と言って思い切りぶん殴ってくる。


友人たちが見えないフリをしろと言っていた理由は、ブタオコゼの暴力対策だった。しかし、見えないフリをしたからといっても彼は収まらない。ここで、悪いヤツが透明人間になるとどんなことを思うのか、よーくわかるセリフを吐くので抜粋する。

「見えなければどんないたずらしたって見つからないし、捕まらないもんな。さあー、俺は暴れるぞォ」

先述した「インビジブル」のケビン・ベーコンそのものである。


結局マサルはブタオコゼに付き纏われ、散々見えないという「設定」で殴られ続けてしまう。這う這うの体で帰宅し、バッタと倒れ込む。

家ではドビンソンが機械いじりをしている。マサルが「なれるものならこっちが透明人間になってぶん殴りたいよ」と興奮すると、ドビンソンはひと言、「なればいいじゃないか」。

「漫画じゃあるまいし」と相手にしないマサルだったが、ドビンソンは「すると地球人は透明人間になれないの」と驚く。なんとドビンソンの故郷ポッド星では大昔から透明になれるのだという。


ここで透明人間の仕組みが語られる。ポッド星では幼稚園や小一までで習うことらしい。

・ものが見えるとは、ものにあたってはね返った光が見えるから
・見えなくするには、ガラスのように光を通せばいい
・透過率100%、反射率・屈折率を0にすればいい

マサルは理屈はいいと話を遮り、どうすればいいか聞くと、「透明化カプセル」を鼻の穴に詰めればいいという。何ともインスタントな透明グッズである。


さっそく鼻に詰めると、すぐに姿が消える。服が残っているのは脱げばいいが、マサルは恥ずかしいと、一瞬躊躇する。この辺のやりとりは、「キテレツ」や「ドラえもん」にも流用されている。

服を脱ぐともう何も見えない。試しにドビンソンを叩くと、「僕が透明人間にしてやったのに」と怒られる。マサルは「これで好きなことがやれるぞ」と調子に乗り出し、ここから次々といたずら(?)のオンパレード。

・居間のお客さんへのお菓子を食べてしまう
・苛められているネコを浮かせて「いい加減にしろ」としゃべる
・幼児が遊んでいる動かない車を動かしてあげる
・落書きしている子供たちの顔にバカと落書きする

最初のお菓子以外は、割と良いことに使っているようだ。ここで悪いことをしてしまうと、ブタオコゼと変わらなくなってしまうので、そのあたりは作者の計算であろう。


マサルはブタオコゼをやっつけるという本来の目的を思い出す。

ブタオコゼは、先ほどの友人たちをまた殴っており、今度の理由は「よくも見えないなんて嘘ついたな」という理不尽なもの。透明になったつもりで母ちゃんをつねったらどやされたらしい。凄い自分勝手な裸の王様がいたものである。


さてさて、ここからマサルのブタオコゼ退治が始まる。まず最初は嫌がらせから。

・耳をつねってたり、蹴飛ばしたり、転ばせる
・犬を動かして「ブタオコゼというバカヤローを知りませんか」としゃべって脅す

恐怖に駆られたブタオコゼは叫びながら家に帰り、母ちゃんに泣きつくと、物差しをピシッと投げつけられ、

「透明人間ごっこばかりやってるから頭がおかしくなったんだよ」

と体だけではなく、言葉の暴力も浴びせられるのであった。


本当に頭がおかしくなったのだろうか。そんな風に思ってブタオコゼが部屋に戻り、宿題を始める。すると、鉛筆が勝手に動き出し、ガジャモジャとノートにいたずら書きをする。やっぱり気のせいじゃない!

そこでマサルは「透明人間さ」と名乗る。すぐには信じられないブタオコゼに対して、「これでもかい」と机を持ち上げて脅しをかける。ここでブタオコゼは発狂。バットを振り回し、「ウワオ ワオ ワーオ」と大暴れ。たまらず母ちゃんも「気をたしかに」と部屋に飛んでくるのだった。

なお、ここの透明人間になって仕返しをするくだりは、そのまま「ドラえもん」の『とう明人間目薬』に使われることになる。


目的を果たしたマサルは、友人たちに透明人間であることを自慢する。透明のままいたずらをしない点にも、作者の配慮を感じる。

しずちゃんキャラの女の子に「どうしたらなれるの」と聞かれて、透明化カプセルのネタバラシ。鼻からカプセルを取り出すと、元の姿に戻る。・・・と、今は服を着ていない。

「裸だった!!」

と言って、慌てて逃げ出すマサルなのであった。

ラストが主人公の裸で終わる点は、「キテレツ」の『ネパール・オパール』に引き継がれている。


まとめ。
ここまで透明人間ネタを3本見てきたが、どれも子供主人公ということで、それほどの悪事を働いたりはしていない。むしろ、透明になる止む無き理由を添えて、積極的にいたずらをさせない展開に持ち込んでいる。

その中で本作は、ブタオコゼという強烈な悪役を設定し、彼に透明になったら悪いことしてやるという、反面教師のようなセリフを言わせているのがポイントとなるだろう。

透明になるという面白鉄板ネタを、子供向けという枠内で話を膨らませようとする藤子先生の意図が見え隠れしている点が、僕には大変興味深い。



テーマ別の切り口で藤子作品を語ってます!


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