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楽しい童話のコミカライズ『こうのとりになったおうさま』/藤子F初期作品をぜーんぶ紹介㉙

藤子F先生のデビュー間もない初期作品で、今読めるものを記事化していく「藤子F初期作品をぜーんぶ紹介」シリーズ。今回は1957年から58年にかけて執筆された世界の名作のコミカライズ作品の中から、とっておきの楽しい作品をご紹介していきます。


藤子F先生は、講談社の学年別学習誌において、57年から58年にかけて8作品ほどの世界名作作品の漫画版を発表している。ざっとリストアップする。

ユリシーズ(「たのしい三年生」1957年6月号別冊)
しょうねんリンカーン(「たのしい三年生」1957年10月号別冊)
名犬クルーソー(「たのしい三年生」1957年12月号別冊)
こうのとりになったおうさま(「たのしい二年生」1958年4月号別冊)
すけーとをはいたうま(「たのしい二年生」1958年5月号別冊)
少年船長(「たのしい四年生」1958年9月号別冊)
ジャングルブック(「たのしい二年生」1958年10月号別冊)
ぴーたーぱん(「たのしい一年生」1958年12月号別冊)

コミカライズと一口に言っても、「ユリシーズ」のような古典から、リンカーンの自伝、そして本作のような少しマイナーな童話など、とにかく幅広いジャンルを描いている。

これまで①~③の作品は記事化しているので、お時間あれば是非にご一読下さい。


『こうのとりになったおうさま』
「たのしい二年生」1958年4月号別冊

原作となる「コウノトリになった王様(カリフ)」は、ドイツの作家ヴィルヘルム・ハウフ(1802-1827)が、キャリアで初めて出版した童話集「隊商」(1826)の中の一遍として書かれたもの。

隊商という言葉は聞き慣れないが、隊を組んで砂漠を行く商人のことで、「キャラバン」と表現されたりする。また原題の「カリフ」は王様というよりは、イスラム社会の最高指導者を指す言葉である、


「隊商」は6篇からなる「枠物語」と言われる形式の物語集。隊商の同行者がお話を語り始めて、その中身に入っていく形(入れ子構造)となっている。1800年頃、ヨーロッパでは千夜一夜物語(アランビアン・ナイト)が流行しており、そこから「枠物語」の構造や中東の舞台設定などの影響を強く受けたとされる。

作者のハウフは、家庭教師をしており、子供たちに勉強を教える傍ら物語を聞かせていたという。それをまとめたものが「隊商」となる。

そして、本作をきっかけに本格的な作家活動に入り、童話以外にも歴史小説や社会を風刺する小説など、精力的に作品を発表したが、その一年後25歳の若さで亡くなってしまう。


本作を読み進めていくと、原作となったあらすじから若干の変更が加えられていて興味深い。

まず大きな変更点の一つは、主人公である王様を子供に設定したことだ。これは『ユリシーズ』の時と同じで、子供向け漫画の主人公は子供にしなくては、という暗黙の了解があったものと察する。

そして、主人公を子供にしたことで、物語にも若干の調整が加わっている。この点は、この後、ストーリーを追うところで紹介していきたい。


いつものように、この頃の藤子作品の中編は章に区分けされ、サブタイトルが付けられているので、章ごとにまとめて読み進めてみる。

第一章:ふしぎな くすり

主人公の王様の元へ小間物屋(行商)が訪ねてくる。空飛ぶ木馬や何でも見える水晶など珍しいものばかりを紹介し、幼い王様は大喜びしてお金を出させようとするのだが、大臣が割って入り、もっと安いものはないかと問う。すると商人は不思議な箱を差し出し、これを安価で買うことに。

この箱には説明書が付いているのだがラテン語で読めない。物知りのゼリム博士に解読してもらうと、以下の効用があるという。

・箱の中の薬の匂いをかいで、「ムタボール」と言えばどんな動物にも変身できる
・元に戻るには東に向かって三度おじぎして「ムタボール」と言う
・姿を変えた後、笑うと人間に戻れなくなる

なお、「ムタボール」という言葉は、その後の藤子作品にも影響を及ぼしており、例えば大長編ドラえもん『のび太のドラビアンナイト』の中で、シンドバッドが「ムタボール」と呪文を唱えている。

また「パーマン」に登場する強敵・アラブ人の催眠術師「怪人ネタボール」の名前も、ムタボールのもじりだと言われている。


さっそく箱の薬を試してみようということで、王様と大臣は庭にいたコウノトリを見て、その姿に変身する。鳥の姿に変わると、鳥の言葉も理解できるようになる。庭にいたコウノトリたちと仲良くなり、おどりの会に参加したところ、楽しい踊りを見て、つい二人とも笑ってしまう。

すると、元の姿に戻る呪文「ムタボール」という言葉を忘れてしまう二人(二匹)。ゼリム博士に教えてもらおうと近づいていくのだが、鳥の姿では人間の言葉はしゃべれないので、全く相手にされない。

さあ、これは大変なことに・・。


第二章:おいだされた おうさま

王様の姿が見えず心配になる従者たち。しかし鳥になった姿で彼らに近づいても、変な鳥だということで王宮から追い出されてしまう。建物の屋根などで二、三日様子を伺っていると、そこへ新しい王様が現れる。

現われた男は、箱を売りつけた商人で、本当の名は魔法使いのカシュヌールというらしい。カシュヌールは、最初から魔法の力を使って王様を追い出し、自分が王として君臨する計略であったのだ。

コウノトリとなった王様と大臣は、これ以上ここにても埒が明かないということで、別の魔法使いを見つけて姿を戻してもらおうと考える。こうして、二人は仕方なく旅に出ることになるのだった。

なお、漫画版では新しい王様はカシュヌールだったが、原作ではカシュヌールの息子が送り込まれている。余計な登場人物を出さない配慮かと思われる。


第三章:こうのとりの ぼうけん

この章全体が藤子先生の創作ではないかと考えられる。

旅する二羽のコウノトリだが、大臣の方が人間に捕まってしまう。王様は何とか人間が寝ている内に大臣を救出する。

腹を空かせていると森のウサギだちが果物を集めてくれて大助かり。そのお礼として、ウサギたちを苛める悪いキツネを追い出して欲しいと頼まれる。

キツネは相手が鳥だということで、襲い掛かってくるが、これを撃退し、反省させる。そしてこのキツネから、海を越えた北の国に魔法使いが集まる古城があることを聞く。二人はさっそく北へと飛び立つ。

原作で王宮から飛び立って、すぐに古城にたどり着く展開となっているようだが、漫画版ではその前にワンクッション挟む形となっている。

このエピソードの追加により、コウノトリになった二人の冒険感を増すことに成功しているのではないだろうか。


第四章:ふくろうの おうじょさま

切り立った崖に挟まれるように建つ古城を見つける二人(二匹)。すると空飛ぶじゅうたんに乗って、魔法使いのカシュヌールが姿を現わす。城の中に入っていくので、こっそりと後を追う二人。

しばらく進むと、「ほううほうう」と変な声が聞こえてくる。声の先の暗い部屋の中に大きな目玉が見える。それは、大きくて怖そうな顔つきのフクロウだった。

驚く二人に、フクロウは「私はインドの王女です」と話しかけてくる。何と彼女もまた、魔法によって鳥の姿に変えられた人間だったのだ。フクロウは事情を説明する。

「魔法使いのカシュヌールが、私をお嫁に欲しいと言ったのですが、私のお父さんが断ったので、腹を立てて私をフクロウにしたのです」


ここでは説明されていないのだが、原作においてはインドの王女が元の姿に戻るためには、ある条件が課せられていた。それは、お嫁に欲しいという者が現れるということであった。フクロウとなった王女に求婚する人はいるわけがないので、元の姿に戻るのは事実上不可能の状態であったのだ。

この部分は大きな変更点と言える。


フクロウは、今晩この城で魔法使いたちが寄合を開いていると言う。忘れてしまった呪文を聞き出せるかも知れないということで、さっそく3匹で様子を伺う。

この会合は悪者たちが自分たちの悪事を自慢する会で、まんまとカシュヌールが、王様たちの姿を変えたという話とともに、「ムタボール」という呪文を口にする。これを聞いた三人は、さっそく朝日の方向(東)に向かって呪文を口にして、呪いを解くことに成功する。


ここでも重要な原作からの変更がある。フクロウは本来なら求婚されなければ元の姿に戻れなかったはずだが、漫画では「ムタボール」の呪文だけでインドの王女の姿に戻る。

原作では呪文を聞き出した王様コウノトリが、王女フクロウに感謝の意を込めつつ、結婚して欲しいと告げることになっている。求婚を受けたことで、フクロウは元の王女の体に戻ることができるのだった。

よって、この後の原作におけるエンディングでは、王女を連れて王様は国へと戻り、約束通りに結婚を果たすのである。漫画版では、主人公を子供の王様に設定しているので、結婚というオチが使えず、プロポーズのエピソードを削ったものと想像されるのである。


人間の姿に戻った三人は、カシュヌールが乗ってきた空飛ぶじゅうたんを奪って王宮へと戻る。そしてカシュヌールの正体を従者たちに明かして、彼の帰りを待ち受ける。

カシュヌールが、空飛ぶ木馬で戻ってきたところを確保し、薬で鳥の姿に変えて檻の中に捕える。じゅうたんは王様たちに取られたので、カシュヌールは木馬で帰ってくるところは細かい演出である。


ということで、めでたしめでたしなのだが、原作にあるように王様と王女が結ばれ、大臣とともに立派な国作りをするというような終わり方と比べると、少々物足りない印象を受ける。

このあたりは、7~8歳という読者の年齢に合わせた改変ということで、それも仕方ないのかも知れない。



初期作品を次々と紹介しています。


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