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伝記を面白くするということ『しょうねんリンカーン』/藤子F初期作品をぜーんぶ紹介㉔

『しょうねんリンカーン』
「たのしい小学三年生」1957年10月号付録

コツコツと書き溜めている「藤子F初期作品をぜーんぶ紹介」シリーズも本作で24作目。1957年、藤子先生23歳の作品である。

掲載誌の「たのしい三年生」は講談社から出版されていた学習誌で、57~62年まで藤子先生が継続的に作品を発表していた。当時もっとも主力としていた雑誌である。

「たのしい三年生」では、この年の6月に別冊付録として『ユリシーズ』を発表しているが、本作はその第二弾的な位置づけとなる。『ユリシーズ』同様、非オリジナル作品で、編集者からの発注を受けて描かれた。企画色の強い作品である。

当時の「たのしい三年生」などの子供向け雑誌では、〇大付録と銘打って子供の耳目を引く付録が付けられていたが、本作はその目玉だったのではないだろうか。しかも子供だけではなく、親からの喜ばれるような伝記漫画となっている。

なお、「たのしい三年生」本誌でも「タップタップのぼうけん」という絵物語を連載していた。


『しょうねんリンカーン』はなんと全部で扉絵含めて80ページの超大作。この当時の他の作品同様、いくつかの章に分かれているので、書き出してみる。タイトルとしては13の小見出しがあるのだが、独断と偏見で、内容的に5章とエピローグに分割した。

① 新しいとちへ いまから140年前 21頁
② 新しいおかあさん それから一年たって 7頁
③ ワシントンのこと また2年たって 22頁
④ にんげん売ります 14頁
⑤ ふるさとへ あれから三年 11頁
Ep その後のリンカーン 22さいから56さいまで 4頁

本作はエイブラハム・リンカーンの少年時代、19歳くらいまでを漫画化したもの。作中は「エブ」として語られる。当然実話の伝記漫画なので、史実と違うようなドラマチックな物語は追加できない。極めて真面目な作りの作品となっている。


リンカーンについて、伝記を読んだこともある人が多いだろうから、詳細は割愛するが、史実的には以下のポイントを押さえておきたい。

・幼き頃、家族と一緒にインディアナ州の農地に移り住んだ
・小さい頃に実母を亡くす
・父親の再婚相手(サラ)に、わが子のように育てられた
・幼少期は学校教育を受けていない
・仕事でニューオリンズを旅して奴隷制度を目の当たりにした
・様々な仕事に就いた後、弁護士となりその後政治家へ
・奴隷解放、南北戦争での勝利
最も偉大なアメリカ大統領と言われている


まだ、フロンティア時代だったとはいえ、無学の少年が自らの手で立身出世して、奴隷制度を撤廃するなどの成果を得る偉大な大統領に上り詰めたことは、今考えても奇跡的である。

そして人間的にも立派だったとされ、伝記の主人公に相応しい人物であると思う。

しかしながら、伝記漫画となった時に、それが面白くなるかと言えばそうではない。本作を読んでいくと分かるが、リンカーン(エブ)は清く正しい非の打ちどころのない人生を歩んでいて、何か葛藤やぶつかり合いがあるような場面はほとんど出てこない。

よって、本作は藤子作品として捉えた時に、若干、面白みのないお話となってしまっている。藤子作品は、子供向けの「正しい」お話ばかりだが、本作を読んだ上で考えると、普段の作品には「毒」「ユーモア」が散りばめられていることが良くわかる。


史実を元にして進むが、いくつか気になる面白い表現もあるので、そこを抜き出しておきたい。

第一章で、お母さんを亡くしたエブと姉のサラは、別れ際に「悲しみに負けちゃいけない」と父から励まされる。しかしその翌日、庭で母親の足あとが残っていることを見つける。

雨が降っては消えてしまうと、石で囲いを作って足あとを残そうと考える。この描写によって、子供たちの母親への強い恋慕が伝わってくるのだが、同時に、お母さんを恋しがる子供たちを見た父親が、再婚に踏み切っていくという自然な流れを作っている。


第三章ではエブが勉強へと目覚めていくさまが描かれていく。史実では、父親は息子には勉強よりも農作業を手伝って欲しいという気持ちが強かったようだが、そこはあまり強調していない。

また周囲の友だちから浮いている様子が描かれ、何かとちょっかいも出されるのだが、エブは全く相手にしない。ただそれでは面白くないので、ハリネズミが苛められいるのを助ける形で一度だけ喧嘩となる場面が出てくる。

数少ないスカッとするシーンだが、ハリネズミのエピソードは、本当にあったのだろうか? 藤子先生のアイディアだったのだろうか?


第4章の奴隷売買のシーンでは、容赦ない現実をリンカーンと読者に突きつけてくる。人間を売り物にすることの非道さをきっちりと描き出すことで、リンカーンがその後成し遂げたことの素晴らしさが、しっかりと読者に伝わってくる。


第5章では広い社会へと飛び出したエブが、もう一度家族の元へと帰ってくる場面を描いている。自分の道を一直線に進ませるのではなく、家族のピンチを救うことを優先する。

実際にもそうだったとは思うが、こうした家族思いの、ある種急がば回れ的な描写が入ることで、自然とリンカーンを応援したくなるような構成を取っているのである。


公明正大な伝記作品。しかも主人公は立派な少年~青年。エンタテイメントを作る上では、やや面白みに欠ける設定・世界観なのだが、挿入されるエピソードや、自然と子供たち読者がリンカーンを応援できるように構成を作っている点はさすが。

発注仕事をいかに自分のものとしていくのか。そういうことが良く理解できる見本的な作品なのではないだろうか。


「初期作品」の紹介・解説行っています。


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