見出し画像

オデュッセウスの物語を漫画化!『ユリシーズ』/藤子F初期作品をぜーんぶ紹介⑲

『ユリシーズ』「たのしい三年生」1957年6月号別冊付録

戦後、手塚治虫の登場で活気づいたマンガの世界は、その後も勢いを増すばかり。トキワ荘作家を代表とする有望な若手漫画家が次々とデビューし、彼らが活躍できるような雑誌も増えていった。

いつの世でもそうだが、新しい潮流に対しては、必ずその反動が表れる。それまで雑誌と言えば活字主体だったところに、マンガブームが到来し、子供たちが食い入るように読みだすと、マンガに対して悪書・有害図書呼ばわりする声が広がった。

子供向け雑誌ではマンガは人気ジャンルの一つだが、その分批判の的にもなる。そういう批判の目ををかいくぐるように、「名作漫画」というジャンルも登場した。


藤子F先生は1957年に3作の「名作漫画」を手掛けられている。それが「ユリシーズ」「少年リンカーン」「名犬クルーソー」である。それらは講談社の「たのしい三年生」の別冊付録(ハードカバー!)に掲載された。

この当時、雑誌の付録に分厚いマンガを付けることが流行していて、藤子先生のような筆が早く品質の高い作家は、かなり重宝されていたようである。


本稿で見ていくのは、そうした名作漫画の第一弾とも言える『ユリシーズ』である。語るべきことが多いので、今回は少し整理した形で紹介していきたい。

藤子・F・不二雄大全集では、ホーマー原作「ユリシーズ」となっているが、これは英語読みの表記で、一般的にはホメロス原作の「オデュッセウス」として知られている。

ギリシャ神話におけるトロイア戦争の英雄であるイタケーの王オデュッセウスの、10年間の漂流を描いた一大叙事詩となっている。神話の世界のお話なので、神々や怪物などが登場するスペクタクルではあるが、国へと帰還する冒険物語であり、王の帰還を待つ王妃とその息子の話でもある。

全24巻に及ぶ長大なストーリーだが、藤子マンガ版はこれを扉絵含めて64ページにまとめ上げている。後ほど詳しく見ていくが、驚異的な編集能力である。

画像6


本作を見ていく前に、実際の「オデュッセウス」の概要を簡単に記す。トロイの木馬で有名なトロイア戦争に勝利した「オデュッセウス」は、イタケーの国へ帰還を目指すのだが、嵐に遭って難破し、その長くて苦難の旅が始まる。

1つ目の巨人キュクロープスの島や魔女キルケーの住む島、美しい歌声で魅了するセイレーンの海など、絶体絶命のピンチを多くの犠牲を伴いながら突破していく。「風の谷のナウシカ」のモデルとも言われるナウシカアーや、ポセイドン、ヘリオスといった神々も登場する。

画像5

一方オデュッセウスの帰還をまつイタケーでは、妻のペネロペや息子のテレマコが何とか持ちこたえていたが、いよいよオデュッセウスが帰ってこないとなると、多くの求婚者たちが現れて国が荒れていく。

テレマコは父親探しの旅に出て、合流してイタケーの国に戻り、求婚者たちに報復をしてめでたしめでたしとそんなストーリーである。

オデュッセウスが老人の格好でテレマコと会って、旅の模様を回想するといったシーンや、いよいよ操を守れなくなったペネロペが、オデュッセウスの鉄弓に弦を掛けて使って12のオノの穴を射抜いた者に嫁ぐと宣言するシーンなど、名場面も多数。


では続けて藤子版の「ユリシーズ」について見ていくが、最も大きな変更点は二つ。主人公ユリシーズを少年にした。よって、妻ペネロペは母親となり、息子テレマコは弟に設定変更されている。

この変更の理由は、子どもマンガは主人公が子どもでなくてはならないという不文律があったためとされる。よって10年という帰還の年月を半分にしたり、ペネロペの求婚者たちを悪い貴族たちという言い方に留めている。

また藤子先生は、本作の2年前に封切られたカーク・ダグラス主演の映画を底本として、物語を作り上げたと回顧されている。資料なども乏しく、数カットのスチール写真から何とかそれっぽく背景を描いたとされる。

またユリシーズの特色でもある残酷描写については、少年マンガの特質上かなり緩く描いたようである。一つ目巨人に部下が食べられるシーンなども出てくるが、あっさりと食われてしまうし、貴族たちをバッタバッタと倒すシーンでもどこか明るいテイストにしている。

以上のような変更したことを後に回顧して、藤子先生は「ホメロス様、当時の読者様ほんとに申し訳ございませんでした」と語っている。やりがいのある仕事だったようだが、制約との戦いで妥協をしてしまったという気持ちが残っていたのかもしれない。


では、本作の構成を簡単な筋を書いておこう。全64ページで、7章構成となっている。

①扉+プロローグ 4P
②ユリシーズはかえらない 6P
③あらしの夜 6P
④ひとつ目の大男 13P
⑤まほうつかいのしま 12P
⑥さまよいのいわ 10P
⑦たたかい 13P

それぞれの見所を簡単に

①扉+プロローグ 4P

トロイの木馬を使ったトロイとギリシアとの戦いをダイジェストで。ユリシーズが5年経っても帰国しないと描かれるが、これは実際10年なので半分に短縮している。


②ユリシーズはかえらない 6P

5年間帰国しないユリシーズに対して、粗雑な貴族たちが集まって次なる王を明日決めると言い出す。兄が王ならば、幼いけれど弟のテレコマで良いような気がするが、原作では王の子供なのでそのようには進まない。

画像1

③あらしの夜 6P

テレマコは兄を探す旅に出る。老人に声を掛けられて小屋に入ると、老人はユリシーズをよく知っているという。ここから5年間の旅が回想されていく。


④ひとつ目の大男 13P

大冒険の本題に入る。嵐の中を航海したユリシーズと部下の5人は見も知らぬ島へと漂着する。進むと巨大なほら穴があり、そこは一つ目の大男の住みかであった。入り口を岩で塞がれて閉じ込められてしまうユリシーズたち。

さっそく一人食べられてしまうが、あっさりと口の中に入れられるので、残酷な描写は回避している。酒の入ったカメを頭から被せて、何とか危機を脱する。

画像2

⑤まほうつかいのしま 12P

次にたどり着いた島には魔法使いが住んでいる。飲むとブタになるぶどう酒を振舞われるが、賢いユリシーズはその手には乗らない。部下たちは全員ブタになってしまうが・・。

原作ではアイアイエー島の魔女キルケーという命名がされているが、漫画版ではそのへんは描かない。魔女の気に入られてしまい、長居するよう請われるが、振り切って船旅に出る。


⑥さまよいのいわ 10P

セイレーンや怪物スキュラやカリュプソーの島での7年間などはカットして、ポセイドーンのシーンを「さまよいの岩」として描いている。ここでは船が岩に飲み込まれて部下は全て死んでしまう。

一人生き残ったユリシーズは、壊れた船にすがりついて、パイアケースという国に漂着して、そこで歓待を受ける。ここで原作ではナウシカアーが登場するのだが、わずか一コマでこのシーンは処理される。

冒険が終わったと老人は語る。そしてテレマコの前で変装を解き、ユリシーズは自分の正体を明らかにする。感動の再会である。集まっている貴族は100人と聞き、明日は忙しくなるぞと眠りにつく。

画像3

⑦たたかい 13P

ペネロネはユリシーズが使っていた鉄の弓に弦を掛けて、12の斧の穴を射抜いた。これができる人に国を譲ると宣言する。

ところが弓を射るどころか、誰も弦をかけることもできない。暴れ出す貴族たちの前にユリシーズが扮する老人が現れて、いとも簡単に弓を射てしまう。そこでユリシーズが姿を見せる。

戦いの描写は残酷さはなく、むしろほのぼのしたもの。このあたりがF先生に依頼すれば間違いないという編集者の安心感に繋がるものと思われる。

ユリシーズと母親は再会し、このイタカを住みよい楽しい国にすると語り合って、THE END。原作のように妻との再会とは違ってはいるものの、これはこれで満足のいくラストシーンとなっているようだ。

画像4


名作漫画のジャンルでは、3カ月後・5カ月後に別の作品を発表しているので、こちらも近く考察・紹介を試みたい。

「初期短編」の考察たっぷりやっています。


この記事が参加している募集

コンテンツ会議

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?