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彼女の家庭教師は、僕の敵!『にっくきあいつ』(+タッチてぶくろ)/にっくき家庭教師①

アジア映画として初めて米国アカデミー賞を獲得した「パラサイト 半地下の家族」。ご覧になった方も多いと思うが、半地下の住居で暮らしている貧しい4人家族が、高台の高級住宅に住む家族の中に、一人一人と入り込んでいく驚天動地なドラマである。

半地下一家が付け入る最初のきっかけが、身分を偽って娘の家庭教師として採用されることであった。僕はこの作品を見て、改めて素性も分からないような人間が、ズカズカと家庭の中へ入り込んでいくことに若干の恐怖を覚えたものだった。

もっと前になると森田芳光監督の「家族ゲーム」という作品も、破天荒な家庭教師が家庭内に入り込んで、家族をぐちゃぐちゃにするお話だった。


さらにこの後紹介していくが、藤子作品においても、「家庭教師」は大体において曲者揃いで、家庭教師に対しての悪意を感じさせる。

そんなこともあって、僕自身、家庭教師への胡散臭さを拭えないでいる。逆を言えば、何者か分からん人に、家庭の中に入ってきて欲しくないという気持ちが芽生えたのは、藤子作品や古今東西の映画のせいだったのかもしれない。


さて、そういうことで(どういうことで?)、数回に渡って、藤子作品における嫌な家庭教師の物語を取り上げていく。

おおよそのパターンとしては、主人公の好きな子に年上の家庭教師が就くことになり、嫉妬する・・・という展開。すなわち、家庭教師という立場で、年上の男が彼女に迫ってくるというシチュエーションである。

実はこれまでにも二作ほどこのテーマの作品を別の切り口で紹介しているので、ここでリンクを貼っておく。宜しければ、大体のパターンが掴めると思うので、ご一読をオススメします。

この中の『身代わりバー』という作品。


「嫌な家庭教師」が登場する典型的パターンの作品。


それでは「にっくき家庭教師」と題して、家庭教師憎しの物語をバンバン読み進めていくことにしたい。第一回目は「ドラえもん」から・・・。


「ドラえもん」『にっくきあいつ』
「小学六年生」1976年5月号/大全集4巻

冒頭、のび太としずちゃんは学校の裏山らしき丘で寝転がっている。傍目から見れば仲良くデートをしているように見える。のび太はデートを意識してか、少し嬉しそうな表情である。

そんな時に、しずちゃんが思わせぶりなことを言い出す。

「今ごろ、どこにどうしているのかしら・・・」
「ひょっとしたてこの同じ空を眺めてるかも知れないわね」
「きっと素敵な人だと思うけど」

のび太は一体何の話題をしているのか掴めない。するとしずちゃんは、

「時々考えるのよ。いつか、あたしの旦那様になる人のこと」

とうっとり。のび太はこれを聞いて、文字通り飛び上がる。

本作の4年前に『のび太のおよめさん』という作品が描かれ、それ以降のび太の結婚相手はしずちゃんという未来が分かっている。未来の旦那様とは、すなわち自分のことなのだ。


よって、のび太は「そ、そ、そんな、わ、わ、わ、わかりきったこと・・」とシドロモドロになるのだが、しずちゃんは、そこで聞き捨てならないことを言う。

「もしかして! あの人かもしれないわ」

のび太は「違うよっ」と慌てふためくが、しずちゃんは「何を興奮してるのよ」とのび太の心情は理解できない。そして、さらに

「あっ、いけない。あの人が来るころだわ。じゃあまたね」

とのび太にダメ押しして、行ってしまうのだった。


のび太はこれに大きく落胆。家に帰るなり「僕はもうご飯も喉を通らない」とションボリする。(ただしこれには、ママから「さっき昼ご飯食べたばっかりじゃない」とツッコミが入る)

のび太はドラえもんに泣きながら事情を説明する。しずちゃんは将来の旦那様について、自分が全く候補に上がらないことを嘆く。ドラえもんは、『のび太のおよめさん』のエピソードを踏まえて、心配することはないと言う。

のび太は途端に明るくなって、僕としずちゃんが結婚するのはもう決まっていると大喜び。ところが、そこに冷や水を被せるドラえもん。

「しかし・・・。未来は過去と違って、変わっていくこともないではないからな。ふとした弾みで」

確かに、もともとはジャイ子が結婚相手だったのが、ドラえもんがやってきたことでしずちゃんに変更となったわけで、それが再変更となっても変ではない。

ともかくも、しずちゃんの言う「あの人」がどんな人か確かめようという話になる。


ドラえもんは、偵察に打ってつけの道具として、「透明ペンキ」を出す。けれどのび太は、「そんなスパイみたいなことは・・」と躊躇。ドラえもんは「変なこと勧めて悪かった!」とヘソを曲げて出て行ってしまう。

・・・一人になったのび太は、やはりしずちゃんの「あの人」がどんな男か気になって仕方がない。結局、ペンキを頭からかぶり、恋敵が何者か見に行くことに。


しずちゃんの部屋に忍び込むと、しずちゃんは学生服を着た大学生と一緒に勉強に励んでいる。どうやらしずちゃんの「あの人=未来の旦那様候補」は新しい家庭教師のことであるようだ。

この家庭教師、目鼻立ちがはっきりしたイケメン。しずちゃんが問題を間違えたらしく、「いいんですよ。間違いは誰でもあることだ」と丁寧にフォローを入れている。

ただ、優しいばかりの男という感じでもなくて、「僕の教え方はまずいからです。ああ、僕のバカ!バカ!」などと大仰な反応をしていたりして、何だか胡散臭い雰囲気も漂わせている。


のび太は、しずちゃんと家庭教師のやりとりを見て、「イチャイチャといやらしい!」と嫌悪感を見せるのだが、二人のイチャイチャぶりはエスカレート。

かなり近い距離でヒソヒソ話を始めて、「もう見ちゃいられないよ、キーッ」と大興奮。ただ事ならぬ雰囲気を感じ取った家庭教師は、「お宅はサルを飼ってるの?」と我に返る。


ここでしずちゃんのママが休憩のおやつでおまんじゅうを持ってやってくる。口達者な家庭教師の男は、「将を射んとする者はまず馬を射よ」ということで、ママに対して明らかなおべっかを使う。

「よくおできになるので、教えがいがありますよ。こんなに頭が良いのは、お母さまに似たからでしょうか」

さらに「美しいのもお母さまゆずり・・」などとお世辞が続き、ムシャクシャしたのび太は、腹いせのようにまんじゅうを全て食べてしまう。


のび太は「もう我慢できない!!」と怒って帰宅。ドラえもんに泣きながら報告を入れると、「かなり嫌味な男らしいな」と感想を述べる。さすがにこれはしずちゃんのために良くないと、ドラえもんは判断し、だったらこれでも飲ませるか、とポケットに手を入れる。

するとのび太は、

「毒薬!」

と目を輝かせる。のび太の表情とともに、非常に危険なセリフだが、何度読んでも笑ってしまう。

ドラえもんが出した薬は「ガチガチン」という錠剤。これを飲ませると、くそ真面目なガチガチの勉強屋になるという。


家庭教師は、勉強を終えたしずちゃんに「映画でも見ませんか」と誘う。しずちゃんからすれば将来の旦那さん候補でもある男からの誘いなので、「まあ嬉しい」と喜ぶ。

確かにしずちゃんは可愛い子だが、大学生からすればかなり年の離れた小学生であり、そんな子をデートに誘うのは倫理上、問題があるだろうに。


いつの間にか再び透明となったのび太は、こっそり二人に近づき、隙を見て「ガチガチン」を家庭教師の口に投げ入れる。・・・すると、男の体内で「ガチン」という音がして、急に様子が変貌する。

「君、帰りましょう!勉強しなくっちゃ!」と、しずちゃんの手を引っ張り、超スピードでトンボ返り。

しずちゃんは、「疲れちゃった。あとは明日にしませんか」と泣きを入れるが、家庭教師は「甘ったれるな!!」とテーブルを叩く。さらに、「こんな簡単な問題が解けないとは!」と激怒し、どこからか持ち出した竹の棒で、ビシビシとしずちゃんをぶっ叩く

しずちゃんのママが飛んできて、家庭教師は無事クビに。この話を聞いたのび太とドラえもんは、「良かったなあ」と安堵の表情を浮かべるのであった。


ところが、しずちゃんの家からお役御免となった家庭教師の男が、今度はのび太の家に現れる。「僕はビシビシ鍛える主義です」とママに対して自らをアピール。「自分に任せればのび太の成績をグングン伸ばしてごらんに入れます!」と決意を語り、ママは「明日から来ていただこうかしら」と快諾。

震えあがるのび太なのであった。


なお、本作を皮切りに、しずちゃんには家庭教師が次々とあてがわれる。

まず本作の約一年後に描かれる『タッチ手ぶくろ』(「小学五年生」1977年7月号/大全集6巻)では、タイプは全く違うが学生服を着た年上の家庭教師が登場し、今度ものび太からみてイチャイチャしているように見える。

さらにそこから一年半後『身がわりバー』(「小学六年生」1979年3月号/大全集6巻)でも、ロリコンっぽい家庭教師が登場。ただし、風貌はこれまでの中で最低のイモ男風で、さすがのしずちゃんも「今度の家庭教師はしつこいのよ」と嫌悪感を示している。


「ドラえもん」では主にしずちゃんに家庭教師がつけられるが、全てロリコンを疑わせる男たちで、これには「家庭教師=気持ち悪い男」というような藤子先生の偏見(悪意)を感じさせる。

そして、この「嫌な感じの家庭教師」というキャタクターは、他の藤子作品でもよく見かける存在である。この後、別の稿で見ていきたい。


「ドラえもん」考察中。


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