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大人と子供の境目で『宇宙からのオトシダマ』/お正月特集2022

2022年の新年は「ドラえもん」以外のお正月エピソードを選りすぐってお届け中。本稿では1月3日に読むべき作品として少年SF短編『宇宙からのオトシダマ』を紹介する。

少年から大人に向かう年頃のモヤモヤを見事に表現している作品で、個人的にもとても印象深い。


『宇宙からのオトシダマ』(初出:宇宙からのおとし玉)
「別冊コロコロコミック」1983年1月1日号

まずは僕個人の話から。。
小学生の頃、お正月は楽しいものだった。お年玉は貰えるし、お餅は食べ放題だし、家族みんなで麻雀したり、ゲームをしたり・・。これから始まる一年には希望しかなかったし、楽しい一日がどこまでも続いていくのだと思っていた。

けれど、中学生になったあたりから、純粋にお正月を楽しめなくなった。一年の目標を立てようとしても、これから起ころうとしている面倒なこと、嫌なことが頭をよぎって考えるを止めてしまう。昨年から続く不安が、年を越してもつき纏ってきた。

子供らしい態度が喜ばれていたはずなのに、急に手のひらを返したように、大人になれと突き放されてしまう中学時代。「それまで」と「これから」の気持ちのギャップがうまく埋められない。そんなモヤモヤした不安を抱えた時代だった。


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本作の主人公、中学生の平川は、正月3日を迎えてお年玉を貰い終えると、その低い総額を残念に思うのと同時に、これからの一年が暗いものになるのではと、漠然とした不安を抱く

この不安の正体はお金のことだけではない。もう子供ではないのに、大人でもないという煮え切らない日常と、そんな日常にダメ出してくる幼馴染のミッちゃんの態度である。


平川はふらりとミッちゃんの家に遊びに行く。お母さんは快く出迎えてくれるが、肝心のミッちゃんは「あら平川さん、何かご用?」と迷惑そうな表情を浮かべる。

ミッちゃんには、御影という大学生の家庭教師がいて、彼が正月から訪問していたのである。ミッちゃんは「すっごく話が面白いのよ」と言って御影を紹介する。平川はいつものように「今年のお年玉どうだった?」とミッちゃんに話題を振るのだが、「まあまあよ」とつれなく答えたあと、すぐに御影の話を聞こうとする。


御影はハンサムとはいえないが、都会的な香りを漂わす男。中学生女子が憧れるにちょうど良い大人ぶりである。御影が口にする話題は、聞く人が聞けばいかにも胡散臭いものだが、既に彼のとりこであるミッちゃんは、完全に信じ込んでしまう。

その話題とは、外国のビーチでサーフィンをしたという話。外国人には日本人にサーフィンなんかできるわけないとなめられていたが、ビルのような大波にチューブライディングが決まり、ビーチ中の注目を集めたのだという。

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この話を聞いて、「夏になったらサーフィンを教えて」とキャッキャッするミッちゃん。平川はそんな彼女を見て、「変わったなあ」と落ち込む。小学校の頃は手を繋いで登校していたのに・・。

「なにもかも変わっていくような気がする。お正月さえも」


平川はひっそりとミッちゃんの家から出て、ぼんやりと川を眺める。するとキラキラした丸いものがフラフラと少し離れた公園へ落ちていく(降りていく?)。「UFOか?」と思って公園へ向かうと、きれいな球状の物体が転がっている。「これが本当のお年玉」などと思いつつ、拾いあげる平川。

平川はこれをUFOマニアのミッちゃんに見せようといって走り出す。ところが肝心のミッちゃんに「ETのタマゴかも」と話しかけると、「もうそんな子供っぽい夢物語は卒業したわ」と相手にされず、家庭教師の御影と出掛けて行ってしまう。


子供っぽいと言われてショックを受ける平川。その球を捨てると「チチチ」と声を出したような気がする。そこでもう一度拾い上げ、「せっかく落ちてきたので」と、大事に持って帰ることにする。

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タマゴンと呼んで自分の傍においてTVを見ていると、なぜかそこから離れようとしない。置いて自分の部屋に戻って勉強をしていると、いつの間にかタマゴンは勉強机の上に載っている。無意識に持ってきていたのだろうか。

平川はタマゴンに語りかける。「勉強はしたくてしていない、気を紛らわすために机に向かっている」のだと。けれどイライラしてきたので、寝ることにする。

平川はベッドの中で考える。ミッちゃんがまるで別人になってしまったと。すると「別人だよ」と声が聞こえてくる。

「君たちの体を形作っている細胞は、すごい勢いで入れ替わっている。だいたい七日から十日ですっかり別人になっているみたい」

平川は起き上がって「そんな意味じゃなく…」と反論するが、いるのは自分一人。。

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翌朝。改めてお年玉の額の少なさを嘆く平川。するとタマゴンがひとりでにコロコロと転がって、そのまま家の外へと飛び出していく。後を追いかけていくと、道端でコツンと止まるタマゴン。そこにはダイヤの指輪が落っこちていた。

交番に届け出ると、なんと5000万のダイヤモンドであった。お礼に一割の500万を渡そうとするダイヤの持ち主のおばさん。さすがに500万満額を受け取ったわけでもないだろうが、平川は念願だったヘリコプターのラジコンを買うことができたのだった。

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さっそく河川敷でヘリコプターの運転をする平川。うまく安定して飛ばせず苦労していると、もう一機の別のヘリが飛んできて空中でニアミスしてしまい、あおられて落下してしまう。

ラジコンが落ちた先で聞こえる悲鳴。近づくとミッちゃんと御影がいて、危うく彼らにぶつかるところだった。御影は「ラジコンとはずいぶん子供っぽい無邪気な遊びだね」とバカにしてくるが、それに対して「おぬし、聞き捨てならんことを言う」といっておじさんが現れる。

気分を損ねた様子の男は、「わしは49歳のラジコンマニアだ。男はメカに狂ってこそ当然だ!」と怒っている。先ほどニアミスしたヘリを動かしていたのはこの男であった。

御影は「あなたの悪口を言ったんじゃない」と取りなし、ミッちゃんを連れてまたどこかへと歩いて行ってしまう。道すがら、今度はモンブランでスキーテクニックを披露したという話をしていて、ミッちゃんを喜ばせている。

サーフ&スノー。御影が当時の大学生のシンボルのような話題で中学生女子の興味を引いていることはありありとわかる。いかにも胡散臭い・・。

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ラジコンマニアの男は「日本航空機製作株式会社」の技術部長で、ラジコンは本職と関係なくあくまで趣味だという。(絶対そんなわけない)

平川はヘリの修理をしてくれるということで、男の家に行く。作業部屋には飛行機や船や車の模型がたくさん並んでいる。部品から全て手作りのオリジナルばかりだという。

その中から平川はジェット推進の飛行機のラジコンを見つける。男が言うに、これは予想以上のスピードが出てコントロールが効かなくなる失敗作だという。このラジコンはラストでまた登場するので、ここで押さえておきたい。

ラジコンマニアの友だちができて満足げの平川。今年は明るい年になりそうだとすっかり元気を取り戻す。ツキを呼んでくれたタマゴンに、平川は「これからもずっと友だちでいよう」と声を掛ける。

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夜中。平川が目を覚ますとタマゴンがいない。窓が開いていて、外を見ると空で何かが光り輝いている。様子を見に行く平川。すると、息を切らして転がっている「タマゴン」の姿がある。球状に顔があり、足が2本伸びている。タマゴンは本当の宇宙人なのであった。

タマゴンは「正体を見られた」といって飛び上がるが、全てこれまでの事情を説明してくれる。

・地球人と付き合うのは「宇宙国際法」で禁じられている
・宇宙空間でUFOを降りて遊泳していると、地球の重力圏に引っ張られて落ちてしまった
空は飛べるが、地球の引力を断ち切るスピードが出せず、帰ることができない

説明を終えると、タマゴンは「あー酷いやつだ。心の中で喜んだろ」と言って怒り出す。タマゴンは心の中を読むことができ、平川がずっとタマゴンを手元に置けると思ったことを非難したのである。

「僕は友だちになる資格がない」と言って引き返そうとする平川。けれどタマゴンの方から「地球人の中ではマシな方だよ」と言って頭の上に乗ってくる。タマゴンは色々な超能力を使えるらしく、ダイヤを拾わせてくれたのもその力に依るものだった。

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平川とタマゴンが夜道を戻っていると、道端で御影とミッちゃんがキスをしている姿を目撃してしまう。ミッちゃんが「夢みたい、私たち本当に婚約したのね」と目を輝かせる。御影は「僕が一生愛し続ける女性は君一人だよ」と答えている。

平川はそこから逃げるように走り出す。タマゴンは

「酷くショックを受けたみたいね。好きだったんだね」

と冷静に事実を語る。平川は泣きながら

「仕方ないじゃないか、ミッちゃんがあいつを好きなら。カッコ良くて話の面白い金持ちの大学生。どうせ僕なんか!」

と走るスピードを上げていく。平川がずっと不安に思っていたことは、好きだったミッちゃんが自分から離れていってしまうことだったということを、ここではっきりと自覚したのである。

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同級生の女子が年上の男を好きになる。これは良くあることだが、それが好きな子だった場合は、簡単に気持ちの整理はつかない。どうしようもないやるせなさと、持っていき場のない怒りが湧いてくるものなのだ。


平川は自分を卑下するが、タマゴンは全く別の見方をしている。タマゴンからすれば、御影はこれまで観察した地球人の中でも最低という評価である。タマゴンは「捨ててはおけない」と言って、ミッちゃんと御影の元へと戻っていく。

「もう離れたくないわ」と恋する目のミッちゃん。「ご両親が心配なさるから」と言って帰るよう説得している御影。「また明日」と言って、御影はその場から立ち去っていくが、この時考えているのは・・

「これであの娘(こ)も俺のものさ」

と、案の定、下衆野郎なのである。

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すると御影にフラフラと女性が歩いてくる。御影は「アケミ!」と言って驚く。ミッちゃんが近寄ってきて「お知り合い?」と聞くと、「御影ちゃんのフィアンセ」だと名乗る。

「そんなはずないわ」と食い下がるミッちゃん。そこへさらに二人の女性がフラフラと現われ、「御影さん」「ミカちゃん」と声を掛けてくる。3人とも御影と結婚の約束をした女性たちである。さらに4人目の女性も登場して自分こそがフィアンセだと言って大騒ぎ。

さらにトドメとして赤ちゃんをおぶった女性が駆け込んでくる。

「浮気者!! 私という奥さんがありながら」

なんと御影は、何股もの恋人がいるだけでなく、妻子あるご身分なのであった。

婚約したばかりの男に裏切られて、ショックを受けるミッちゃん。ワーッと泣きながら家へと帰っていく。

タマゴンは「ちょっと残酷だったかな」と思いつつ、「ギザギザハートがもう一つ。朝までまんじりできない男のがいるんだぞ」と呟く。そして名言を加える。

「ま、人生いろいろあって、本当の大人になっていくのだ」

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子供でなく大人でもない、曖昧な中間地点にいる平川。そんな平川を子供だと突き放していたミッちゃんもまた、まだまだ大人になり切れていない存在なのであった。大人が聞けば嘘だとわかる自慢話を信じてしまうナイーブさ。自分のことを大人だと思っている分、御影のような悪性の男にコロっと騙されてしまう。

タマゴンの言う通り、「本当の大人」には、こうした苦い「人生いろいろ」を経なければ辿り着かないものなのだ。


日付変わって、平川が「名案を思いついた」とタマゴンに駆け寄る。内容を聞くまでもなくタマゴンは「それは素晴らしい!!」と飛び上がって喜ぶ。繰り返すが、タマゴンは人の心の中を読めるのである。

この名案とはラジコンマニアの失敗作であるジェット機のラジコンを推進力にすれば地球の引力を断ち切れるのではないか、というもの。こんな突飛な話をおじさんに信じて貰えるか不安がよぎるが、おじさんは「面白い!!」と二つ返事

藤子作品ではこういう物分かりの良い人物がたびたび登場する。彼らは不思議なこともとりあえず信じてみようとするF先生の姿勢が反映されたキャラクターなのだ。

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「言いたいこといっぱいあるはずなんだけど、何も言えない」
「言わなくてもわかるよ。君のお陰で地球暮らしも楽しかった」

言葉にせずとも既に二人は強い結びつきが出来上がっている。

タマゴンはジェット機のコックピットに乗る。エンジンが点火し離陸すると、すぐにギューンとスピードを加速させる。空高くジェット機は飛び上がり、その勢いを利用してタマゴンはキーンとさらに高くまで飛んでいく。

ジェット機作戦は見事に大成功! 喜ぶおじさんと泣きながら別れを告げる平川。

すると河川敷にはいつの間にか、ミッちゃんの姿がある。そして一言、

「ラジコンて面白そうね」

そう、人生のいろいろを経験しながら、僕たちは本当の大人になっていく。

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SF短編集の考察、大好評です。


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