厳格(ツンデレ)な父と優しき母/野比のび助の青春②
のび太のパパ、野比のび助。うっかり者のイメージがあるくらいで、普段はそれほど脚光が当たることもないキャラクターだが、実は、彼の若き日のエピソードは胸を打つものばかりなのだ。そこで、のび助の青春時代のエピソードを総ざらいして、のび助はいかにのび太のパパとなったかを検証していく!
のび太のパパは、ママと比べて優しい性格で、のび太に対してもあまりガミガミ叱ったりしない。しかし『くろうみそ』などでは、一度決めたことはやり抜く意志の強さを見せたりして、やる時にはやる男であるようにも思える。
そんなパパの性格はどのような家庭環境で育まれたのだろうか。本稿では「野比のび助の青春」第二弾として、のび助の父親に焦点を当てている『夢まくらのおじいさん』と、優しい母親(=のび太のおばあちゃん)に甘えている様子を描いた『パパもあまえんぼ』の2作品を見ていきたいと思う。
『夢まくらのおじいさん』「小学六年生」1976年12月号/大全集4巻
ある夜。のび太のパパは、誰かに名前を呼ばれて起きると、枕元には父親の姿があった。「お久しぶりですなあ」とあいさつを交わすと、気になることがあってあの世からやって来たのだという。それは、のび太を甘やかしすぎていると、男の子はもっと厳しく鍛えるものだ、と、そう助言したのだった。
この話を聞いたママは、枕元のおじいちゃんが、夢なのか幽霊なのかはともかく、のび太に甘すぎることは本当だと指摘する。パパは、反省して、親父に鍛えられた通りに、のび太に接しようと心に決める。
そんなタイミングで、のび太は漫画を買ってほしいとパパに甘えてくるのだが、これを一蹴。漫画など読まずに勉強しろと叱るのだった。いきなり怒鳴られて不思議なのび太。
そしてパパは寒風の中、外でキャッチボールをしようと言い出す。そして急に厳しく指導してくるので、弱りだすのび太。挙句、ボールが庭の外へと飛び出してしまい、のび太が探しに行くとジャイアンに命中していて、仕返しに殴られてしまう。
泣いて帰ってきたのび太に対し、パパは「殴られたら殴り返せ、それまで家に帰ってくるな」と叱り飛ばす。さすがにやり過ぎだとママが割って入るが、それに対してパパは、
「僕もそうやって鍛えられたんだ。おかげでこんな逞しい男になれだんだよ」
と、いつもと違う逞しさアピールをしてくるのだった。
おじいちゃんが夢の中で余計なことを言うせいでこのような目に遭うのだとのび太は愚痴をこぼし、いっぺん、どういう人か会いに行こうと言うことになる。
タイムマシンで30年前に向かう。掲載年から考えると終戦直後の1946年、白ゆりの女の子(=のび太)を見たその翌年である。パパがのび太と同じ年ごろだと言っているので、11~12歳頃ということだろうか。
着いて早々、のび太のパパとおじいちゃんで、剣道の訓練をしている。全く手加減せずに竹刀でのび助を滅多打ちにするおじいちゃん。いきなりスパルタな教育現場を目撃させられる。
しかし、部屋に戻ると若き日のおばあちゃんに、部屋を暖かくしてやれと目を細める。ツンデレなオヤジなのである。
ところが、のび助にマンガが欲しいとねだられると、またも態度が硬化する。「いかん、ああいうものは役に立たん」と無下もない。マンガは友達同士で見せっこしたりするのに必要で、持ってこないと仲間外れにされるのだとおばあちゃんがフォローに入る。が、結局買ってもらえない。
そのためのび助は、ジャイアンやスネ夫に似ている友人に、マンガを持ってこなかったことを責められ、殴られて泣いてしまう。そしてその姿をみたおじいちゃんは、「殴られたら殴り返せ、勝つまで帰ってくるな」と、激を飛ばす。
現代のパパがのび太にやったことと同じ内容である。たしかに、のび太のパパは厳しく育てられたのである。
しかし、そうやってのび助を送り出したじいちゃんだったが、家ではソワソワと落ち着かない。珍しくお芋が手に入ったとおばあちゃんに出されるが、
「いらん、のび助に食わせろ」
と怖い顔で優しいことを言う。
そしてなかなか帰ってこないのび助を心配し、おばあちゃんに、傷薬と包帯を持って見に行け、それから「マンガを買ってやれ」とお金を渡す。父親から買って渡せば喜ぶとおばあちゃんは言うが、
「いったん駄目だと言った言葉を取り消せるか! ワシには内緒ということにしておけよ」
と、影では結構甘い父親なのであった。このおじいちゃんは、明治生まれの典型的な家長制度における専制君主のような男であろう。厳しい父親で無ければ、威厳が保てないという考え方の時代であったのだ。一方で、厳しいだけでは子供は立派に育たない。優しさが無ければ、人としてきちんと成長できないのではあるまいか。
そんなおじいちゃんの様子を伺っていたのび太とドラえもんは、おじいちゃんに見つかってしまい、「用があるならはっきり言え!!」と迫られる。
ビビりながら、「タイムマシン」で…と、しどろもどろの説明をするが、全く理解されない。と思いきや、「嘘をついていなことは目を見ればわかる」、と言われて、「つまりお前さんはワシの孫にあたるわけか?」とすんなり、SF設定を受け入れてくれるのだった。
孫には優しいおじいちゃん。のび太を家に招き入れ、お菓子など食べさせつつ、表情を緩ませる。そして、パパとなったのび助の暮らしぶりを聞いてくる。詳細を聞いて、「けっこう一人前に父親らしくやってるらしいな」と涙をこぼすおじいちゃん。徹底的に息子が大好きなのである。
そこでのび太は、おじいちゃんの夢のせいで、パパにに苛められていると訴える。そして、タイムマシンで現代に連れていき、パパの枕元で「のび太に優しくしてやれ」と助言させるのであった。
おじいちゃんに厳しく育てられたパパだったが、裏側では思いやりのある行動を取ってもらっていたことが、本作でよくわかった。そしておばあちゃんが、終始優しく、両親のバランスも非常に良かったのだろう。親の心子知らずで、父親=厳しいと思い込んでいたようだが、それは愛情表現に不器用な明治男のしがない性(さが)のせいなのだ。
『パパもあまえんぼ』「小学六年生」1977年9月号/大全集5巻
さて、そんなのび助の心の拠り所は自分の母親=のび太のおばあちゃんであることは間違いない。そんなパパの童心帰りを描いているのが、本作から10か月後に発表された『パパもあまえんぼ』である。
本作でののび太は小学六年生。大好きなブドウも手につかず落ち込んだ様子で、一人部屋から出て行ってしまう。ママが心配して「悩みがあるならいいなさい」と言いながら後を追う。後からドラえもんが様子を見に行くと、のび太はママに抱きついて泣いている。
「さ、もういいから泣き止んで」とママに慰められ、何やらのび太がやらかした後のようだが、優しく接してもらい、「おやつ食べてくる」と気が晴れた様子ののび太であった。
ドラえもんは、「やあい甘えんぼ」と、バカにするが、のび太は「時々赤ん坊のように甘えたくなるんだよ」、とブドウを食べるのであった。
その夜、のび太のパパ、のび助が泥酔して帰宅する。珍しく荒れ狂った様子で、ママも手に焼いて、「もう知りません!」と奥へと行ってしまう。のび太たちは介抱しようとするが、「子供のくせに親に向かってうるさい」と怒鳴り散らす。
そこで、だったら親に叱ってもらおう、ということで、酔いつぶれたパパをタイムマシンに乗せて、10年前のおばあちゃんが健在だった時代へと向かう。
真っ昼間についてしまい、ちょうど部屋に掃除にきたママに見つかってしまうのだが、何とか誤魔化して、ママは幼いのび太と共に公園へと散歩に行く。
一人になったおばあちゃんに、のび太は姿を見せる。すると、説明もするまでもなく、「この間来た10年後ののびちゃんね」と全てを理解してくれるおばあちゃん。
このセリフは、約7年前の『おばあちゃんの思い出』(1970年11月発表)で、一度成長したのび太と会っていることを踏まえている。30年前のおじいちゃんといい、この夫婦はSF(すこしふしぎ)の世界をパッと理解していくれる貴重な存在である。
そして、「パパが酔っぱらって困るので、叱ってほしい」と、10年後の息子に会わせることに。すると、目を覚ましたパパは、おばあちゃんに対して、「かあちゃん!」と叫んで泣き出してしまう。ちょうど、のび太がママに甘えたと同じように。
「まあまあ。急に泣き出したりして、どうしたの」
「部長がね、すごく意地悪な部長が僕のこと苛めるの」
「まあ、かわいそう」
ここからは二人きりの世界に。
母親に甘えるパパを見て、ドラえもんは言う。
「大人って可哀そうだね。自分より大きいものがいないもの。寄りかかって甘えたり叱ってくれる人がいないんだもの」
散々泣いて、そのままおばあちゃんの膝で、幸せそうに寝てしまうパパ。そろそろ帰ろう。
翌朝、朝の食卓を囲み、清々しい表情で、パパは言う。
「ゆうべ久しぶりに、おふくろのユメを見たよ。懐かしかったなあ」
・・・スーパー泣けます。
「野比のび助の青春」、次回は、のび助の進路選択のドラマに迫ります!
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