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僕が神様になるまでの50日『創世日記』/私は神さま⑤

「私は神さま」と題して、神の力をもったのび太の活躍(+堕落)や、神の力を暴走させる少年のお話を見てきた。これまでの記事はこちらから。


本稿はシリーズ最終回。今回は、少年SF短編から、この世を作った創造主=少年のお話、『創世日記』を取り上げる。

タイトルから想像できる方も多いと思うが、本作は、大長編ドラえもん「のび太の創世日記」の下敷き的な作品となっている。その意味で、藤子F作品史においても重要な作品でもある。

本作は、物語性で驚かせるような作りというよりは、メッセージ一発の作品となっている。人類創世の歴史を書きたかったんだ、というような作家の強い意志を感じるのである。

同じような感覚を持つ作品としては、恐竜時代を書きたかったんだ、という情熱一点突破で描かれた『白亜荘二泊三日』などがある。



『創世日記』「マンガ少年」1979年7月号/大全集2巻

いきなり結論めいて書いてしまうが、本作におけるメッセージは、生命誕生は極めて偶然性の高い、奇跡的な経過を辿って成立したのだというもの。

私たちが送っている日常は、幾重の奇跡の上に存在していることであり、日常を普通に送れる奇跡に、もっと感謝をしなくてはならないという、藤子先生の世界観を感じることができる。


本作の内容を簡単に見ておこう。

主人公の少年は、受験を控える中学三年生の加美創(かみつくる)。名前からして創造主に相応しそうである。結果的にだが、加美が受験生だったからこその、現実逃避的な集中力を発揮して、奇跡的な人類創造を成し遂げたように思える。


冒頭、加美は、ある種の逃避的行動とも思える行動・・・夜中に近くの小山に一人寝そべって物思いに耽っていると、とあるセールスマン風の男性に声を掛けられる。

ここでのやりとりが、作品のテーマをいきなり示しているので、抜粋してみよう。

「幻想的な夜だな。風は、淀み、葉擦れの音さえ聞こえない。原始の海の底を思わせるよ。で、僕が、そこに生まれた生命の第一号」

「そう簡単に生まれるものか。そんなに簡単にいくなら、苦労しない」


セールスマン風の男は、何かを売り込みたいわけではなく、ただ預かって欲しいものがあるという。あるものを部屋に置いて、時々観察日記を書いてくれるだけでいいと。

男が預かって欲しいというものは、「天地創造システム」だという。「宇宙を、地球を、生命を、人間を創る装置一式を」部屋において欲しいと、男は興奮して熱弁する。

その鬼気迫る態度に押された加美。男を部屋に連れて行くと、男は「天地創造システム」をセッティングしていく。大仰な名前のシステムだが、見た目はパパの灰皿のような円盤。

男は時々日記をつけてくれと言っていたはずだが、いざ請け負うとなると、毎日詳しく書いて欲しいとお願いしてくる。日記に書かれた内容は、直接本社のコンピューターにインプットされる仕掛けだという。何だかわからないが、相当高度にシステマティックされたシステムであるようだ。


男は「夢カメラ」シリーズのヨドバ氏のように、二階から姿を消してしまう。加美が円盤型の容器の中を覗くと、宇宙空間のような世界が広がっている。男が残していった「説明書」を手に取ってみる。

すると、小さなフィルムのような「説明書」から、指先を通じて直接脳へと情報が送られてくる。

「この円盤は、天地創造プロジェクトの目的にそって設計された原子宇宙を内蔵しています。そして、同様に創られた無数のパラレルワールドの一つであります」

加美が預かった灰皿のような円盤は、中に原子宇宙が入っているという。そして、同じようなシステムが無数存在していて、それらはあたかも「パラレルワールド」のようであるというのだ。

説明書の情報はさらに続く。
・現在は星間物質が集まって恒星系が誕生しつつある段階
・この宇宙を育てるエネルギーは、加美の「意志」
・宇宙を作り出そうという強い意志を込めて円盤をさする
・タイムカウンターは一日一億年進む、現在は50億年前

加美は面白いおもちゃを手に入れたということで大喜び。しかし、このシステムは、おもちゃなどではなかったのである。。


ここからは、受験勉強そっちのけで、宇宙創成に熱を上げていく加美。親友や両親は、その熱の入れように心配になっていく。傍目にはUFOのおもちゃで遊んでいるようにしか見えないからである。

創世日記をザザッと見ていこう。

46億年前(4日目)。地球・月・太陽が作られる。

42億年前(8日目・7月11日)。地表の至るところで激しい噴火。

40億年前(10日目・7月13日)。地球に初めての雨。夕方には水たまりができ始める。

ここで久しぶりに男が来往。「やったじゃないですか!!」と相も変わらず興奮した素振り。男の言うには、水たまりはもうすぐ海になる。海は生命を生み出すために欠かせない舞台であると。

男は、「海」がいかに貴重なものかを熱弁しているので、抜粋しておこう。

「惑星が、海を持つ確率は非常に低いんだ。その惑星の質量、恒星の大きさ、それらの間の距離、色んな条件のどの一つが欠けても海はできない」

どうやら加美は、一つ目の奇跡を起こしたようである。


39億年前(11日目・7月14日)。異常なし。
38億年前(12日目・7月15日)。右に同じ。
37億年前(13日目・7月16日)。同じ・・・。

35億年前(15日目・7月18日)。生命検知器の鋭い電子音で夢を破られた。有機化合物が結び付いて、ついにタンパク質が合成された。

セールスマン風の男は、ここまできたのは0.00001%にも満たなかったと、またしても大興奮。男の話を真に受けるのであれば、原始的な生命が生まれるまでにも、10万分の一という確率をくぐり抜けていたことになる。一体どれだけのパラレルワールドを作っていたのだろうか。

男は加美をベタ褒めする。すば抜けて強い効き目の「意志」を持っている。今や、天地創造公団の期待は、君の宇宙に集まっているのだと、強く激励するのであった。


20億年前(30日目・8月2日)。説明通りに海底は藍藻類など原始的な植物で満たされる。

6億年前(44日目・8月16日)。カンブリア紀初期の海。随分賑やかになってきた。

5億年前(45日目・8月17日)。オルドビス紀、陸上にも植物が現われ始める。

3億年前(47日目・8月19日)。石炭紀の大森林。恐竜時代はもう近い。

2億年前(48日目・8月20日)。ついに恐竜が登場する。

あの手この手で作品中に恐竜を登場させる藤子先生だが、本作でも地球進化の過程におけるクライマックスである恐竜を、堂々と登場させている。


さて、ここまで順調に創世してきた加美だったが、周囲には不穏な空気が流れていた。それは、円盤に夢中で受験勉強そっちのけの息子に対して、両親が心配を高めていたのである。

そして、その日はやってくる。今日明日にも人類誕生というタイミングで、父親に円盤を捨てられてしまう。セールスマン風の男は、無くなったと聞いて驚き、涙を流して騒ぎ立てる。

「あれだけだったんだ。今までに無数に創ったパラレル・ワールドの中で、望みが持てたのはあれだけだったんだ」

男が言うことには、成功例は今までに一つもなかったというのだ。最初の成功例を創り出すために、天地創造公団なる組織は存在していたのである。


加美はどうせおもちゃでしょ、というような軽口を叩くが、そんな気楽な遊び道具ではなかったようだ。男は天地創造システムが何なのか、ここではっきりと明らかにする。一部発言を抜粋してみよう。

「君は、この宇宙が何となく生まれ、そこに、何となく人間が湧いてきたとでも思っているのか。とんでもない! 偶然生命が生まれ、人類にまで発達する確率なんて無に等しい」

ここの男の発言から、本作の世界観がよりはっきりと浮かび上がる。

無限に広がる宇宙では、無数の生命体が生まれて当然だという考え方の対極として、本作では、私たちの宇宙は生命が生まれるようにはできていないという考え方を採用しているのだ。

藤子作品では、両方の考え方で作品が描かれており、その姿勢は極めて科学的である。ただ一つ言えるのは、生命が誕生し、私たちが存在していることは、極めて奇跡的な出来事なんだというポリシーは、揺るぎないということである。


公団の男は続ける。偶然に頼っていては、人間は生まれない。無数のパラレルワールドを用意し、やっとできたのが加美の地球なのだという。そして、さらに驚くべき事実が明かされる。

「あの地球が・・・、この地球になるはずだったんだよ」

やや強引な論理立てとなっているが、加美が地球を作ったから、今の地球があるのだという。逆に言えば、加美の宇宙が無くなれば、今の宇宙全体の存在が無になってしまう。

加美が夏休みを潰してきたことは、単なる観察日記を書いて報告するだけではなく、創造主としての偉業を果たしてきたのである。早く円盤を見つけ出して、「意志」を吹き込まなければ、地球は消えて、二度と現れない!

あくる日(8月21日)、加美は一瞬、世界が霞んで見える。これこそ地球が消えてしまう前ぶれである。


さて、本作では、加美が地球を創造しているのと並行して、友人がラジコンのヘリコプターを作っていることが描かれていた。さりげない描写であったが、これはここから物語を転がす伏線である。

加美がその友人と合流。友人がヘリコプターを飛ばすのだが、木に接触して草むらに落ちてしまう。探しにいくと、何と落下した先に、加美の円盤が転がっている。加美の父親は、野原に投げ捨てていたのである。この偶然も、想像主たる加美の意志によるものだったのだろうか?


現在(50日目・8月22日)。

加美の地球では、ついに人類が誕生する。公団の男は、加美に対してひれ伏すように手をついて、大仰しい御礼の言葉を述べる。

「あなたさまはもう、ただの人間ではありません。この世をお造りになった造物主です。つまり神さまでございます」

そして男は恭しく円盤を手に取って、本物の円盤に乗ってどこかへと飛んで行く。そして、加美が観察に没頭した夏が過ぎていく・・。


加美は、小さな声がいつも聞こえてくるようになる。
神さまお願い、神さま助けて、神さま、神さま・・・

加美はたいてい放っておくが、時々、「願いを聞いて使わすぞ」と呟く。するとたちまち、感謝の念波が返ってくる。

「神様、ありがとうございました」

と。加美が作り上げた世界は、今、加美が住んでいる世界そのものだった。つまり、加美が聞く声とは、現世の人々の神頼みの声である。

加美は、本当に神となったのである。


そこで加美は、自分で自分に祈ってみる。

「何卒、高校入試に合格いたしますように」

その願いは、きっと成就することになるだろう。何せ、神掛かった「意志」の持ち主なのだから。



SF短編、全編制覇!(に向かってます)


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