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ガリバー日本兵『超兵器ガ壱號』/「進撃の巨人」完結記念・藤子Fの巨人伝②

『超兵器ガ壱號』
「漫画アクション増刊S・F5」1980年8月2日号

「進撃の巨人」が完結すると聞いて、藤子作品にも巨人の物語はあるぞ、と思い浮かんだ。そこで、「藤子Fの巨人伝」と題した便乗記事を二日連続で掲載する。第二回目となる本稿では、藤子先生が幼少期から愛読されていた「ガリバー旅行記」の傑作パロディを紹介していく。

前回の記事で、巨人といえば「ガリバー旅行記」であり、F作品の中でも、色々な形でそのイメージが使われていることを紹介した。是非ご一読下さいませ。

本作『超兵器ガ壱號』は、やはりガリバー旅行記をテーマとしているが、大人向けの非常に風刺ユーモアの効いた作品となっている。少し取っつきにくいタイトルではあるのだが、良く練られたパロディ作品だ。

舞台は太平洋戦争末期の日本。アッツ島、サイパン島が落とされ、日本本土への空爆も盛んとなり、米軍による沖縄侵攻は間近となった。神風は吹かず、敗色濃厚となった。そんな終戦間際の話となる。

主人公は海堂少尉、突然、南方の無人島への出頭命令が下される。海堂は大学で言語学を専攻し、マヤの絵文字など古代文字の解読を夢見る男。軍ではその能力から暗号解読に抜群の器量を見せていた。海堂はなぜこのような南の島に赴任させられるのかわからなかった。

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島に着くと、隊長に「お前が神風を吹かせ」と命じられて連れていかれたその先には、なんと途方もない巨人が横たわって捕らえられていた。ワイヤーでぐるぐると縛られた姿は、「ガリバー旅行記」の有名なあのシーンそのものである。ここで、本作はガリバー旅行記のパロディ作品であることが読者に伝わる。

男の近くには、これまた巨大な銀色の円盤があり、昨晩墜落してそこから巨人が這い出てきたのだという。どうやらこの巨人は宇宙人であるようだ。そして巨人は何かをしゃべっているのだが、意味不明。そこで海堂が通訳として呼ばれたのであった。

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隊長の命令は、この巨人と意思疎通を図り、味方につけて米軍と戦わせる、というもの。食わせるのも容易ではないので、すぐ事に当たれという命令であった。

大日本帝国の未来をずしりと背負わされた海堂。さっそく会話を試みるが、一日中付き合って、ようやく「ガリバ」という名を自称していることだけがわかる。その名を報告すると、隊長は巨人の名前を「超兵器ガ一号」と命名する。

翌日からはワイヤーを外して体を自由にさせて、ゼスチャーなども取り入れての会話を試みる。すると、すぐにその成果が現れ、ガ一号の言葉はポリネシア語と類似していることに海堂は気が付く。基礎語の7割が音韻において対応し、ガ一号の言語とポリネシア語は共通の祖語を持つとしか思えない。ガ一号の星では遠い祖先が地球から飛び立ったという伝説があり、海堂の見立てもあながち間違いではなさそうだ。

この宇宙人の言語の設定を丁寧に語る部分こそがF作品の真骨頂である。普通に考えれば、宇宙人と数日間で混み入った会話が成立するはずがない。しかし、宇宙人とポリネシア語を同根ではないか、という設定を入れることで、話の「現実感」が増し、それが物語に「説得力」を与えてくれる。

加えて、ガ一号の星の伝説を加えることで、もしかしたらガ一号の祖先は地球人であり、何らかの理由で巨大化したのではないかというような、読者の空想まで引き出してくれる。F先生の設定力、見事である。

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海堂とガ一号のコミュニケーションが取れたことで、一気に作戦が進む。大東亜共栄圏の理想を共鳴させて、日本軍のために戦うと志願させることに成功。さっそく、少尉待遇で戦線へと送り込むことになる。超兵器ガ一号、出撃である。

すると、「ガリバー旅行記」におけるリリパット国とブレフスキュ国との対立でガリバーがリリパット国を勝利に導いたように、ガ一号は期待以上の戦績を挙げていく。

沖縄諸島に集まった連合艦隊を蹴散らし、撤退させる。少佐に三階級特進を遂げた後、ガリバーよろしく敵艦隊を拿捕するなどして、太平洋の制海権を一気に握ってしまう。そして広島に落とされるはずだった新型爆弾を載せたB29を墜落させ、さらに長崎に向かったB29からはこの爆弾を抜き取って、これを米本土に単身持ち込んで、LAに落とすのだった。

なんと日本国の勝利で、終戦を迎えるのである。

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「ガリバー旅行記」において、ガリバーがリリパット国側に付いたのは、たまたま交流ができたからに過ぎない、という見方がある。リリパット国としてラッキーだったが、敵対するブレフスキュ国にとっては迷惑以外何物でもない。そもそもリリパットとブレフスキュの対立の原因は、卵の殻向きのやり方の違いに過ぎなかった。どちらが正しいと言い切れない戦争において、たまたま巨人のガリバーが、片方の国の側に流れ着いたに過ぎないのである。そういう皮肉な読み方からすれば、ガリバーがヒーローであるとは言い切れないのである。


戦後、ガ一号の存在は国民に広く知れ渡り、「帝国最大の軍人」であると報道された。ガ一号は、この「最大」という部分に大きな喜びを感じる。何度もその部分を読んでくれと海堂に頼むほどであった。何気ないこのやりとりは、ラストへの重要な伏線となるので注視しておきたい。

英雄となったガ一号。ところが、すぐに破局が待ち構えていた。

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ガ一号の乗ってきた円盤は修理され、いつでも故郷の星へ帰ることができるようになったのだが、ガ一号は帰りたくないと言い出す。帰化して帝国臣民になることを望むのである。

これに困ったのは日本軍だ。まず食糧事情がある。加えて、巨人の力を恐れたのである。連合軍をたった一人の力でひっくり返したガ一号が、仮に敵側に寝返った場合に、今度は日本国が倒されてしまう。協議の果てに、ガ一号を毒殺することを決める。そのやり方は海堂に一任される。

「ガリバー旅行記」でも、リリパット国で疎まれて、毒殺されかけたが、そのあたりを踏まえている点は見逃せない。

海堂は青酸カリの入った袋を風邪薬だと言って渡す。しかし海堂への感謝を示すガ一号がそれを飲むのは見届けられなかった。海堂は全てを明かして、毒を飲まないよう勧めるのだが、ガ一号は自らの意思で毒を飲むという。

ガ一号の言うには、今や日本が故郷であり、不名誉な追放よりは名誉ある死を選ぶと。そして、毒の入った袋を飲み込もうとしたその瞬間、巨大な宇宙船が空から降りてくる。

円盤から姿を現わしたのは、ガ一号と同じ巨人たち3人。「オー、がりばあジャナイカ!」と声を掛けてくるその3人は、ガ一号よりも背が高い

「生キテタノカ、チビ」
「ヨカッタナ、チビ」
「国ヘツレ帰ッテヤルカラ安心シロ、チビ」

ガリバーは、小人と比べた場合の相対的な巨人であった。ガ一号もそうであったのだ。彼が「最大」という言葉に恍惚を感じていたこと、ヒーローとなった国から帰りたくないという意思表示、これらはガ一号の星では自分がチビだとバカにされていることに由来していたのである。

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「ガリバー旅行記」においても、第一篇で小人の国に行って巨人扱いされたガリバーは、次の第二篇では巨人の国ブロブディンナグで、おもちゃ扱いされる。ここにも物事は全て相対的というメッセージがはっきりと明示されていた。

重厚な語り口とラストの軽やかなオチのギャップが凄いが、F先生が愛した「ガリバー旅行記」のエッセンスを見事に抽出してオマージュを捧げた傑作ではないかと思う。

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