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マラソンの起源に諸説あり!『マラトン大会戦』/「T・Pぼん」アニメ化決定記念特集③

「タイムマシンで本物の過去の世界を目の当たりに観たいというのが、僕の究極の夢なのです」

中公文庫コミック版『T・Pぼん』3巻(1995年) 中央公論社 より


歴史をこよなく愛した藤子先生の集大成的作品が「T・Pぼん」である。そして今年、初めてついにアニメシリーズ化されることが決定した。

藤子Fノートでは全作品の記事化を進めており、このアニメ化を推進力にして、まだ記事化できていない残りの作品もどんどん書き進める方針である。

そこで、「T・Pぼん」アニメ化決定記念特集と題して、並平凡がタイムパトロールの見習いとなって、正隊員のリームと共にあらゆる時代を駆け巡る第一部の作品の中から、まだ記事にしてない3作品を取り上げて行く。

前回は、「T・Pぼん」の第一回目の作品を2本の記事に分け、約10,000字をかけて徹底考察した。けっこうな力作なので、宜しければご覧下さい。


本稿では、第一部第12話の『マラトン大会戦』を取り上げる。

『マラトン大会戦』
「少年ワールド」1979年7月号/大全集1巻

本作の舞台は紀元前490年のギリシャ地方。テーマは「マラソンの起源」である。

古代ギリシャは、藤子先生お気に入りの時代だったようで、本作よりも前にも第一部第7話『暗黒の大迷宮』にて取り上げている。


本稿を執筆するにあたり、まず「マラソンの起源」について検索してみると、紀元前5世紀のギリシャ地方の「マラトンの戦い」に由来することはすぐに判明した。

ところが、ここからが問題で、マラトンの戦いにおいて、「マラソン」をした場面が2回、走った人物が2人(もしくは3人)いるというのである。つまりマラソンに起源には、「諸説」あるということなのだ。

本作『マラトン大会戦』では、そうした歴史的事実が揺らいでいるという事実そのものに藤子先生が注目してお話を展開させている。

よって、作品の展開を先取りする形になってしまうが、まずは諸説あるマラソンの起源についてまとめてみたい。


揺るぎない事実として、「マラトンの戦い」という戦争は存在している。主にWikiからの転用となってしまうが、概要は以下である。

マラトンの戦いとは、紀元前490年9月12日に始まったとされ、アッティカ半島のマラトンで行われた、アテナイ軍(ギリシア軍)とペルシア軍の戦いのこと。

ペルシア軍の大勢力が西方よりアテナイへと遠征してきて、マラトン平野でアテナイ軍が迎え撃った。この戦いでは、アテナイの名将ミルティアデスが、マラトンに上陸したペルシアの大軍を奇策で撃退し、ペルシア側はおよそ6000人以上の戦死者を出したとされる。

この戦争において、マラソンの起源となったとされる伝令の話があるので、まず一般的に言われていることを綴っておく。

曰く、アテナイ軍の急使であるフィリッピデスという人物が、ペルシアとの決戦でアテナイが勝利したことを知らせるため、マラトンの町からアテネまで約40kmを走り切り、「我勝てり」と絶叫してその場で絶命したという。

この伝令によってアテナイ市民は奮い立ち、なおもアテナイ侵攻を諦めていなかったペルシア軍へからの攻撃に備えて守りを固めたとされる。すなわち、フィリッピデスの命を賭した走りが、ギリシアの平和に貢献したのである。

このギリシアを救った男フィリッピデスの英雄譚は、19世紀にイギリスの詩人であるロバート・ブラウニングが書いた詩によって世間に広まる。それがやがて、近代オリンピックの始まりにおいて、「マラソン」競技が創設される起源となった。


以上が、一般的にマラソンの起源とされるお話で、僕自身もどこかで聞いたことはあったと思う。

ところが、別の説が存在する。

古代ギリシアの著名な歴史家であるヘロドトスの『歴史』によれば、フィリッピデスが走ったのは、アテネからスパルタまでの約250kmであったというのだ。

しかも、伝令の目的は、終わった戦いの勝利を告げるものではなく、戦いの前にスパルタに援軍を求めるものであった。そして、走った後に死亡したという記載もないのだという。

では、勝利の伝令は存在しなかったのかというと、それにも別説があり、古代ギリシアの伝記作家であるプルタルコスの347年の著作によれば、勝利を伝えて息絶えた伝令の名はエウクレスだったという。この名前については、テルシッポスと伝える史料もあるとか。


色々調べていると、今の有力説はプルタルコスの見解であり、命を掛けて走り切った人物の名はエウクレス(もしくはテルシッポス)。フィリッピデスは、戦争前の伝令として約250キロを走破した人物で、こちらは死んではいない。

ロバート・ブラウニングが伝えた詩が誤りだったということになるが、なぜそんなことになったのかは、今回調べてもよくわからなかった。

また、マラソンがなぜ42.195キロという中途半端な距離を採用したかについては、また別種の面白エピソードがあることがわかったが、ここでは割愛したい。


さて、そんな諸説ある「マラソンの起源」について、今ならネットで検索すれば、1日も掛からずに大枠を調べることができる。

ところがネットなどない時代に、藤子先生はマラソンの起源について、歴史的混乱があることを調べ上げて、それを元に本作のアイディアを生み出している。

あれだけ多忙だった時期にここまでの資料を揃えて、良くできた物語に落とし込む労力と技術には、本当に畏れ入るばかり。もちろん、スタッフや編集者の協力も欠かせなかったとは思う。


ここまで、ほぼ概略を語ってしまったも同然なので、本作の内容については、簡単に述べていきたい。

学校でのマラソン大会が近く、早朝から走りの練習しているぼん。第一話で登場していた町外れの千年杉の切り株まで走ったところで、リームから今回の任務を言い渡される。

紀元前490年九月初旬。ギリシャのアテナイの北東40キロにあるマラトン平野では、ベルシャの大遠征軍とアテナイ軍が戦って6000人以上が死んだ。この戦場から、救助可能な人たちをできる限り助けるというのが、今回の仕事である。


まずは地形を見ておこうということで、戦火が開かれる数日前に向かう。沖合では、既にペルシャ艦隊が待機している。ヘルドトスは600隻と記録しているが、せいぜい200隻だとリームは語る。これはF先生の見解ということだろう。

地形の視察を終えて、次は開戦前夜へと向かう。そこでは既に4日間、アテナイ軍とペルシャ軍がにらみ合って動かない。アテナイ軍はスパルタから3万の援軍が来るのを待っており、ペルシャ軍はアテナイ市民からの裏切り待ちなのだという。

そんな中、一人の男がアテナイ軍へと懸命に走っているのをぼんたちが発見する。男の名はフィリッピデス。スパルタに援軍を求めに230キロの山道を走っていったが、アポロンに捧げるカルネイアの大祭中で軍を動かせないと聞いて、今度は慌ててその旨を伝えに戻ってきたのである。

伝令3日の道のりを1日で走るという無理をしたため、フィリッピデスは心臓麻痺で倒れてしまう。リームが薬を打って、一命を取り留め、翌朝には動けるようになるという。

伝令はスパルタからの援軍なしという情報をアテナイ軍の司令官たちに伝えられなかったことになるが、リームに言わせると歴史は決まっているから大丈夫だと言う。


アテナイ軍の司令部では、援軍が全く姿を見せ無い中、将軍たちが戦況について議論を交わしている。その中でミルティアデスは、痺れを切らしたペルシャ軍が動く前に、奇襲を仕掛けるべきだと主張する。攻撃は最大の防御なりというのだ。

ミルティアデスの奇襲作戦については、作中きちんとページを割いて解説しているので、是非とも原作をお読みいただきたい。


翌朝、決戦が始まる。ぼんとリームは、「スローモーション」機能を使いつつ戦場に割って入り、死傷者を「安全カード」でチェックして、瞬間治療剤などで救助していく。

「安全カード」とは、救助対象者を助けてもその後の歴史に影響がないかどうかを確認するための道具である。

戦場をひたすら走りまくり、大勢を救出するぼんとリーム。その中にはすっかり元気になったフィリッピデスの姿も見える。

すっかりぼんがバテたところで、ペルシャ軍は舟へと逃げ帰って、アテナイ軍が勝利を収める。リームは今のところ歴史は順調に流れていると言う。


リームが海で汗を流している間、ぼんはくたびれてそのまま寝転がっていたが、そこへフィリッピデスが再びどこかへと走っていくのを見かけて声を掛ける。

フィリッピデスは軍の勝利を伝えるべくアテナイへとひとっ走りするのだと言う。治療したとは言え、一度は心臓麻痺を起こし、さらには先ほどまで戦いにも参加していた。さらにここから走るのは無理と言うものである。

実際に、フィリッピデスは走っては倒れ、また走り出すというような限界に達している模様。そこでぼんは強制的に眠らせることにする。勝利したのだから、伝令もそれほそ急がなくても良いだろうという判断である。


ところがこれが歴史の流れを歪める行為であった。

海上へと逃げたペルシャ軍だったが、矛先をアテナイに変えていただけだったのである。本来の歴史では、伝令がペルシャ軍よりも先にアテナイに入り、勝利を伝えることで市民が活気づいて、ペルシャへの降伏を選ばなかった。

ぼんが伝令を止めたので、その歴史が変わってしまったのである。


そこでリームが一計を考案する。ぼんを伝令の身代わりにするというプランである。皮膚の色を変えて、さらに役目を終えた途端に心臓が止まって仮死状態になる注射を打つ。

これから死ぬ役目なので、実際には生きているフィリッピデスではなく、エウクレスと名乗ることにする。

リームが思いつきで選んだ名前だが、先述した通りに、エウクレスとは、プルタルコスが著述した作の中に登場する、実際に走って死んでしまう人物の名前なのである。


エウクレスとなったぼんは、走りに走り、死ぬ思いでアテナイへと到着し、「わが軍の大勝利!!」と檄を飛ばしたところで絶命してしまう。

その後国民の英雄として手厚く葬られ、苦労の末にリームが墓からぼんを掘り出して、一件落着となる。

歴史の流れは元に戻ったが、伝令の名が本によってはフィリッピデスとなったり、エウクレスとなったりと、混乱が残ったとリームは言う。

実際に、マラソンの起源となった走りを見せた人物は、諸説またがってしまっているが、その混乱はぼんたちが作り出したものだというのが、今回の作品の隠れテーマであったのだ。


ちなみに本作の表向きのテーマはというと・・・。

現代へと戻る最中、リームがマラソンの起源についてぼんに語る。第一回アテネ大会のマラソン競技は、使命に倒れた伝令にちなんで、マラソンという呼び名と、走る距離が定められたものだと言うのだ。

これを聞いたぼんは思わず絶叫する。

「すると・・・マラソンの始まりは!?」

そう、マラソンの始祖となった男は、エウクレス。すなわちぼんなのである。

ぼんはくたくたになって家に戻るが、今度は急いで学校に行かねばならない。紀元前から歴史と時代を越えて、ぼんは走ることになるのであった。


藤子先生は、本作の着想をどこから得たのだろうか?

マラソンの起源となる伝令役をぼんが担ったというポイントと、ぼんがフィリッピデスを休ませてしまったために、歴史上の混乱が引き起こされたというポイントを、見事なまでに両立させたお話となっている。

マラトンの会戦の様子も微に入り細を穿つものとなっているし、ずっと走り続けるぼんという構成も気が利いている。

奇跡的に完成度の高いお話だと、つくづく敬服してしまうのである。




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