あなたをいなかったことにすればいい『消されてたまるか』後編/「T・Pぼん」アニメ化決定記念特集②
藤子F先生は「T・Pぼん」で書きたかったことという文章でこのように書いている。
この発言を極端に解釈してしまえば、藤子先生が描きたかったことは歴史的に有名な人物の有名な事件ではなく、普通の人たちの日常であるということだ。
もっと抽象的に言えば、先生の憧れていた「時代」そのものだったり、その時代の住人たちのリアルな息づかいを描きたかったのではないかと思う。
T・Pの任務は、歴史上不幸な死に方をした市井の人物を救出することである。仮にその命を救って、その後の歴史が変わってしまうような人物は対象外となる。
つまり任務の構造上、有名な事件に関わる有名人を救うことはできないのである。
この設定はなかなか巧みで、救出できる人たちが歴史上名も無き人々に限られるということは、必然的にその時代において生活している普通の人物を描かなくてはならなくなる。
藤子先生が本作で企図していた「時代を描くこと」に真正面から取り組めるように、念入りに考えられた設定なのである。
本作の主人公である並平凡は、名前からして平平凡凡な男の子である。悪く言ってしまえば、T・Pに彼を任命する必要性はない、取り換え可能な人物なのである。
「T・Pぼん」の第一回目では、そんな平凡な少年が、平凡であることを理由に存在を消されそうになってしまう。彼の不存在は歴史上、なんら意味を成さないということなのだ。
しかし間一髪、彼は一命を取り留める。それは一体なぜだったのだろうか?本稿では消されそうな存在だった並平凡が、T・Pぼんになるまでの物語の続きを見ていこう。
前回の記事でぼんが目の当たりにする不可思議な現象を描いた部分を徹底考察した。未読の方は是非こちらに立ち寄ってから、この先を読み進めていただきたい。
並平凡は、目の前で時間が前後したりする不可思議な事態に直面して、自分は勉強のし過ぎでノイローゼになったのではと思うようになる。
町中の小山に立っていた樹齢700年の杉の切り株に寝転がっていると、見たことの無いような乗り物が置いてあることに気がつく。車輪はなく、ロケットのようにも思えなくもない。
ぼんは「ちょっとカッコイイな」とこの乗り物に跨ってみると、ウインウインと気持ちの悪い音が聞こえてくる。すると刹那、乗り物が浮かび上がり、周囲の景色が歪んだかと思うと、ウィルルルと時空の歪みのような空間に飛び込んでいく。
・・・
気がつくと元居た場所で乗り物に跨っているぼん。何があったんだろうと不思議に思っていると、さっきまで寝転がっていた切り株がない。
さらに周囲を見渡すと、小山のふもとに広がっているはずの町がすっぽりと姿を消している。丘と川の形は見覚えがあるのがこの異常事態においてさらに不気味である。
ぼんはここに至って、自分がノイローゼになったのが原因なのではなく、現実問題として何か自分の身の回りで起きているのだと思うようになる。
ただいくら考えても納得できる説明は浮かばない。何はともあれ、さっきの乗り物に乗れば元の世界に戻れるはずだと考えるのだが、いつの間にか影の形も無くなってしまっている。
「もう驚かない」と呟くが、その言葉に反して「わあ~」と完全に取り乱すぼん。「もういやだァ、誰か助けてぇ」と叫びながら森の中へと走っていくのだが、躓いて丘から転げ落ちてしまう。
野原で倒れた込んだぼんは、そのまま起き上がらずにると、辺りはすっかり暗くなってしまう。
するとドウドウドウ・・と何か物音が聞こえてくる。「今度はなんだ。矢でも鉄砲でも持ってこいってんだ、もう」とぼんは怒りを露わにするのだが、その発言が引き金?となって、この後矢を持った武士たちが目の前に現れることになる・・・。
ドウドウドウという音は大勢の人間の足音だと気がつくぼん。暗闇の向こうに無数の光が見えてくる。近づいて様子を伺うと、甲冑姿の武士たちが列をなして行進している。ぼんはひと言、「時代劇が行く・・・」。
呆気に取られているぼんに、誰かが話しかけてくる。
先どりしてしまうと、この説明をしてくれたのは、ぼんのタイムパトロールの先輩となるリームである。この部分では単純に元寇の時代に来てしまったことを明示している。
僕が面白いと思ったのは、この説明の続きの部分である。
教科書などの「元寇襲来」では、世界中を征服する怒涛の勢いだった元の侵略を防いだという美談で書かれがちな「事件」である。
しかしこのリームの説明では、幕府側に落ち度があり、不必要にバタバタしているように語られている。ここだけでも、「T・Pぼん」では、一般的に語られ尽くされているような歴史を描かないぞという決意を感じるのである。
ここまで不思議なことばかり体験してきたので、リームが突然現れてもそれほど驚いた様子を見せないぼん。リームは「タイムボート」はどこかと聞いてくる。リームは苦労してぼんを見つけだし、スペアのタイムボートでこの時代まで追ってきたのだという。
ぼんは「おかげで助かったよ」と感謝の念を伝えるが、リームと同行しているゼリー状の生き物ぶよよんが、気になることを口にする。
「処分」などと聞き捨てならないことを言っているが、リームが割って入って「いいの、その話はいずれ」と煙に巻く。こっそりぶよよんの口をつねりながら・・・。
ともあれボートを回収して元の時代に戻らなくてはならない。ボートはどこで消えたのか問うリーム。ぼんは20世紀にあった大きな杉の切り株が目印だと返すと、「だったらわかるわ」と答える。
リームはまだ小さな芽のような杉を示す。700年後には巨木となる杉も、この時代はまだ生まれたてホヤホヤの小さな植物なのである。ぼんは700年という時の長さに思いを馳せて少しだけ感慨に耽る。
本作の冒頭でぼんの友人の柳沢が、700年前の時代についての解説を語っていたが、これはその後の大いなる伏線であったのだ。
リームが「出てらっしゃい」と声を掛けると、土の中からタイムボートが浮き上がってくる。リームの説明によれば「タイムボート」の秘密が漏れないように、「自動かくれんぼ機械」が備わっているのだと言う。
リームはここから念入りにタイムボートの整備をしながら、ぼんに自分たちの紹介やタイムパトロールの仕事について説明をしていく。
内容をまとめるとざっと以下の感じ・・。
リームの修理が終わり、二人は二台のボートに乗って元の時代へと戻る。ぼんは無事帰ってこれたのに安堵して大喜び。しかしその様子を見て、「ムジャキナモノダ」とぶよよんが再び不穏なことを口にする。
するとリームの上司と思しき、タイムパトロール隊員が姿を見せて、残念そうな表情でリームに言う。
ここで「航時法」という言葉が出てくるが、これは「ドラえもん」や「チンプイ」にも登場する、藤子世界において非常に重要な法律であることを押さえておきたい。
過去を不用意に変えてはいけないというのが「航時法」の主たる目的で、本作の場合は、ぼんがタイムパトロールのことを知ってしまったことによって、この後の歴史を変えてしまうことを危惧しているのだ。
「消す」という言葉に反応するぼん。どういうことか尋ねると、先輩隊員は「えー、それはだね・・・」と答えに詰まる。
すると、全くデリカシーのないぶよよんが、「キミがコノ世ニイナクナルツーコト」と雑に説明するものだがら、ぼんは「僕を殺すっての!?」と大いに取り乱す。
「バカなこと言わないでくれ」「人殺しなんかするわけないでしょ」と大わらわな本部隊員とリーム。リームは、順序だてて説明するという。
ここまでの説明を聞いて、「結局殺すのと同じじゃないか!!」と再び激昂するぼん。
「生まれないものは殺せない」とリームは反論するが、ぼんの立場からすれば、今ある生命が失われるわけだから、殺されるのと全く同義である。はいそうですかと、簡単に納得できるわけがない。
これ以上説明しても無駄だと言うことで、隊員たちはぼんの消去を強行突破しようとする。並平夫妻の情報を持って、リームが過去へと飛ぼうとするところで、ぼんはタイムボートへと飛び乗る。
まさに死活問題なので、必死の形相なのである。
突然飛び乗ってきたぼんに抱きつかれたリームはボートの操縦を乱して、そのまま時空を流され、ザバーンと海の中へと飛び込んでしまう。なぜ海か戸惑うが、何万年もの昔はこの辺りは海だったということを思い出すぼん。
海の中に放り出されたリームはかなずちで泳げず、ぼんに助けを求める。ぼんは「消さないと約束すれば助けるよ」と、リームに手を差し伸べない。
そうこうしているうちに、水の中からゴボゴボと巨大な生物が浮かび上がってくる。それはなんと、凶暴な目をしたフタバスズキリュウであった。
フタバスズキリュウは、日本で鈴木さん(当時高校生!)が発見した首長竜なので、ぼんの住んでいた周囲の海にいてもおかしくはない。ちなみに「のび太の恐竜」のピースケもフタバスズキリュウであった。
フタバスズキリュウに襲い掛かられたリームを見殺しにできないぼんは、飛び込んでリームを救出しようとするが、さすがに逃げ切るのは難しそう・・・。
するとビカと光線が走り、リームの先輩隊員が間一髪救助に入る。「間に合って良かった」と隊員は安堵し、本部からの緊急指令でぼんを消してはならないと通達があったというのだ。
「詳しくはまたいずれ・・」と言葉を濁されたが、ぼんの将来において、歴史に関わっていることが判明したのだと言う。ただし歴史上の偉人になるとは別のことらしい。
なお、ぼんがどのように歴史に関わっているかがはっきりと描かれるのは、第四話目の『古代人太平洋を行く』を待たなければならない。
・・・というわけで、ぼんを消さずにタイムパトロールの秘密を守るために残された手段はあと一つ。それはぼんを(仕方なく)タイムパトロール隊員にすることである。
ぼんは何の因果か、消されそうな市井の人物という立場から、不慮の事故でなどで亡くなってしまう市井の人を救助する立場へと早変わりすることになったのである。
さて、消極的な選択であったが、T・Pぼんがこうして誕生することになる。ここから足かけ8年に渡り、全35話の時空を超えた大冒険が幕を開けるのである。
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