見出し画像

ジャイアンは天地真理の声で歌手を目指す『キャンデーなめて歌手になろう』/キミをスターに③

スターに憧れ、実際にアクションを起こした藤子キャラを深掘りする「キミをスターに」特集では、これまで「パーマン」の三重晴三と、「エスパー魔美」の佐倉魔美を取り上げた。

本稿ではその大本命となる、藤子ワールドで最もスターに憧れている人物がついに登場となる。その名は、そう、ジャイアンこと郷田武である。


ジャイアンはいつしか暴力的な声の持ち主であることがフューチャーされ、定期的に空き地でリサイタルを開いては、人々の命を脅かす存在である。

ジャイアンが初めて酷い歌声を持ち、さらにそれを人に聞かせたがっていることが判明したのが、1971年10月発表の『ショージキデンパ』というお話である。

同月発表の『ドラえもんの歌』でもジャイアンは迷惑を省みずに悪声を友人たちに聞かせている。なお、この作品では、ドラえもんの方が殺人的な歌を披露していた。


そこから2年後、思い出したかのように、ジャイアンが再びリサイタルを開催することを決める。それが『キャンデーなめて歌手になろう』というお話である。

この後物語を見ていくが、無理やり友人たちにチケットを配って強引に動員するやり方が、既にここで完成されている。

また、ジャイアンは、テレビのオーディション歌番組に心から出演したがっていることも判明する。彼の野望は、本物の歌手・テレビスターだったのである。


そういうことで、スターになりたい男No.1、そして最もスターになれないであろう男No.1のジャイアンを取り上げる!

「ドラえもん」『キャンデーなめて歌手になろう』
「小学五年生」1973年8月号/大全集2巻

一人一人にその人固有の指紋があるように、声にもそれぞれ特徴があるという。それを「声紋」というそうだが、この事実をおそらく全国民が「ドラえもん」で知ったことであろう。

この声紋を捉えて、キャンディーにすることができる機械をドラえもんが出す。マイクが接続されている小さな箱型の機械だが、この機械もキャンデーも作中に名前が出てこないので、とあるHPの情報を使わせてもらい、ここでは「声のキャンデー」と呼ぶことにしたい。


ドラえもんは試しにのび太の声のキャンデーを作り、しゃぶってみる。「ねえ、ドラえもん、遊びに行こうよ」と自分の声ソックリなので、喜ぶのび太。しかし「宿題なんか、うっちゃらかしてさ」と続けたので、これをママに聞かれて、𠮟れてしまう。

のび太は宿題に手を付けるが、ドラえもんはここでママの声をキャンデーにして、「早くやりなさい!怠けないでっ」とハッパをかける。そのおかげか、宿題は早く終わり、のび太はこれで遊ぼうと言って出掛けていく。


まずスネ夫を見かけ、「しゃぶる気もしない」とスルーしようとするが、向こうには用事があったらしく、「良いものやろう、リサイタルの切符」と言って、アレを差し出してくる。

みわくのリライサル
ジャイアンの歌
ときー8月13日午後3時
ところーいつもの原っぱ

ジャイアンリサイタルのお手製チケットあった。なお、「リライサル」はジャイアンの誤植である。この時は空き地ではなく、まだ原っぱという呼び名であったようだ。


当然、「いらない、いらない」と受け取り拒否するのび太だが、スネ夫は「やるってば」と押し付けてくる。ところが、押し合いへし合いしている現場をジャイアンに見られてしまい、「おれの歌を聞きたくないってのか!!」とキレられる。

そして結局、のび太とドラえもんの分のキップも手渡され、無理やり「あんがと・・」と感謝させられるのであった。


ということで8月13日の空き地。しずちゃんまで動員させられ、酷い声を浴びせ掛けられる。皆の感想はこうだ・・

「いつきいても、すごい声」
「のうがむずむずしてくる」
「目が回って寒気がして」
「これも公害の一種だよな」

何とか歌い終わり、「よかったよかった、終わってよかった」と拍手喝采を受けるジャイアン。気分が良くなったのか、

「俺、何の取り柄もない男だけど、歌だけは自信があるんだ」

と豪語する。どうやって歌に自信を持つようになったのか、プロセスを知りたいものである。


そして、「皆に喜んで貰えればそれで幸せなのさ」などとファン思いの発言をするのだが、おべんちゃらのスネ夫が「良い歌を聞かせてもらって、こちらこそ幸せだよ」などと誉めるものだから、ジャイアンは「ではアンコールといこう」と乗ってしまう。

これにはスネ夫以外の皆は大激怒。「これ以上聞いたら、命に関わるぞ」と涙ながらにスネ夫を詰める。この様子を見たジャイアンは、「泣いて喜んでくれるか」と我田引水し、「声が枯れるまで歌い続けよう」と張り切ってしまうのであった。


さあ、まさしく絶体絶命の大ピンチ。ここでドラえもんが妙案を思いつく。たまたま収録しておいた歌手の声を使ってキャンデーを作り、ジャイアンにしゃぶらせようと言うのだ。

のど飴の差し入れだと思って舐めるジャイアン。すると打って変わって歌手の美声が聞こえてくる。これで、皆の一命は取り留められたのである。


さて、一件落着したのび太の部屋。ドラえもんは、今度はしずちゃんの声キャンデーを舐めて、「のび太さん!大好き」と大サービスをしてあげている。のび太は「しずちゃんの声で言われるとゾクゾクするなあ」とご満悦。

するとそこへ、まさかのジャイアンがやってくる。「仲良くしような!のび太くん」と何だか気味が悪い。是非是非親友に・・とすり寄ってくるジャイアンから、逃げ出すのび太。すると、スネ夫が「のび太を捕まえるのを手伝うよ」と割って入るのだが、ジャイアンは逆にスネ夫をボコボコにしてしまう。


話を聞くと、ジャイアンの目当てはリサイタルの時にしゃぶったキャンデーであった。ジャイアンは「スターになろう」というテレビ番組に出ることになり、そこで優勝して本物の歌手いなりたいんだと、夢を語る。

ドラえもんは「実力もないのに歌手なんて」と厳しめのセリフを吐くが、ジャイアンは怒るわけでもなく、「そんなことを言わないで、お願いっ」と土下座をしてくる。ジャイアンの思いは正真正銘本気(マジ)なのである。


そういうことで、ジャイアンはキャンデーをもらい、「スターになろう」に出場することになる。のび太たちは、テレビのチャンネルを合わせる。ここでジャイアンに渡したキャンデーは、天地真理の声であったことがわかる。

プロの声なのだから、優勝は当たり前。・・・ところが、ドラえもんはハタと気がつく。なんと、声のキャンデーの効き目は30分で、もし早く飲んでいたら、元の恐るべきジャイアンのドラ声に戻ってしまうというのである。

はたしてジャイアンはいつキャンデーを口に入れたのか?

ジャイアンが緊張した面持ちで、ブラウン管の中に姿を見せる。そして「サ、サ、三番!ゴ、ゴ、郷田武!」と自己紹介した声は、よく耳にするジャイアンの声そのものである・・・。


恐るべきことが間近に迫ろうとしている。悪霊のようなジャイ歌が、公共電話に乗って、日本の隅々まで行き渡ろうとしているのである。

ドラえもんたちは、ママとパパに、「早く耳栓をして!」と注意喚起するが、時、既に遅し。ジャイアンは全力で歌いだし、恐怖の歌声がテレビから鳴り響くのであった。


翌日、しずちゃんとスネ夫が話している。あの放送のせいで全国のテレビが故障し、大勢が倒れて救急車で運ばれたのだという。これが事実だとすると、ジャイアンの歌によって、日本全国に甚大な被害が出たことになる。

これに懲りてジャイアンリサイタルはもう開かれないだろうと、希望的観測を述べるスネ夫。しずちゃんは、ジャイアンがカンカンに怒っていることをのび太たちに告げる。


恐怖するのび太だが、ドラえもんは非常用のキャンデーを用意してあると元気付ける。そして、恥をかかされ、怒りに満ち溢れたジャイアンが目の前に姿を見せる。

「出たあ」と全速力で逃げ出すのび太たち。追うジャイアン。そこでドラえもんは、非常用キャンデーを舐める。

「武! 乱暴すると承知しないわよっ」

一目散に逃げていくジャイアン。ドラえもんの秘策は、ジャイアンのかあちゃんの声をキャンデーにしていたということであったのだ。


かくして声のキャンデーで始まった本作は、声のキャンデー終わる。本作を再読して、色々な声を取り貯めているドラえもんのコレクター気質に感心した。また、ジャイアンの本気のスター志願は、この日から始まったんだな、ということがよくわかった。

そういうことで、80年代作品に頻発するジャイ歌エピソードの先駆けという意味で、本作は重要な作品ではないかと思うのである。




この記事が参加している募集

コンテンツ会議

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?