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「実らないものさ、初恋ってやつは」『同録スチール』/ヨドバ氏カメラシリーズ④
カメラ好きだった藤子F先生が1981~83年に連作した「ヨドバ氏カメラシリーズ」は、毎話ごとに主人公と使うカメラが変わっていく物語。
狂言回しとしてヨドバ氏が毎話登場するが、基本的には一本ずつ主人公が異なる。単体としてもかなりの完成度だし、謎の男ヨドバ氏の素性は、シリーズの中で少しづつ何者か明かされていく構成となっている。
全部で9作品発表されているが、藤子Fノートでは全話の詳細解説を予定している。作品概要・初回、二話目、三話目の解説がまとまっているので、まずはこちらの通読をお願いしたい。
本稿はカメラシリーズの第4弾。今回はカメラというよりは、スチール(写真)に仕掛けがある「ひみつ道具」が出てくる。
『同録スチール』
「ビックコミック」1981年12月10日号/大全集2巻
毎回主人公の変わるカメラシリーズ。本作は初めて高校生の男子が主人公となる。ヨドバ氏はいつも高値でカメラを売ろうとしてくるので、まだ稼ぎのない高校生は買い手になりずらい。そのあたりをどのようにクリアするかにも着目してもらいたい。
主人公の名前は内木高志。中部高校二年生で成績は中の上。年頃なので異性を意識し始めているが、名前からして奥手で、実際に好きな子に声を掛けたりはできない真面目な性格である。
内木君のお目当ては、自分とは別の学校に通う女子高生。お人形さんのような風貌で、内木君にとっては高根の花のようにも見える。
内木はこの子の下校時間を秒単位で把握しており、午後4時過ぎになると同じ場所ですれ違うために、腕時計でタイミングを合わせて歩き出す。話しかけるわけでもなく、ドキドキしながらチラリと顔を見るくらいである。そんな日課を送っている内気な少年なのだ。
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ある日、友人の尾瀬にその様子を目撃される。毎日下校時刻になると内木が姿を消しているので、何事か探っていたようである。尾瀬はスネ夫が高校生になったような顔つきの男の子で、内木に対して親友だと言っているが、あまり信用できない印象である。
尾瀬は状況を察し、この子と仲良くなるための知恵を貸そうと申し出る。毎日すれ違うだけでなく、具体的なアクションが必要だという。例えば・・
・手紙を渡す
・後を付けて家を突き止める
・プレゼントする
・写真のモデルを頼んできっかけを掴む
もっとも、それができれば内木はとっくに動いていたわけだが、それは百も承知。まあ任せろと、尾瀬は言う。つまりは、具体的なアクションは自分が代行すると言っているのである。
この二人の会話の中で「写真」というキーワードが出てきたが、いつものように突然カメラのセールスを始める謎の男・ヨドバ氏が、これを聞きつけて、二人に話しかけてくる。
「写真に興味をお持ちですか? すごいカメラがありますよ」
今回ヨドバ氏が取り出したるは「同録スチール」。〇〇カメラではなく、「スチール」という名称が特徴的。その理由は、今回はカメラがメインではなく、スチール(写真)が重要だからである。
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一度はヨドバ氏をやり過ごす二人だったが、内木を狙い撃ちして、後で勝手に部屋に上がり込んで、セールスを継続してくる。まずは「同録スチール」の性能を示すべく、実際に試用する。
「同録スチール」は、既に現像された写真をカメラに撮ると、その写真に録音されている音を再生できるというもの。音を同時に撮影するカメラではなくて、あくまで既存の写真から音を取り出すことができる。
少々ややこしい性能で、そのせいか「ドラえもん」では全く同じ機能のカメラは登場させていない。最も似ているものとしては「サウンドカメラ」という道具が出てくるが、これは音声同時録音タイプのカメラである。
さて、大人向けSF作品では、荒唐無稽なひみつ道具も、科学的な理論を説明に持ち込んで、説得力をもたらせるのが一つのパターン。本作でも「同録スチール」の科学的根拠を加えていく。
このカメラは同時録音などをしていない、既存の写真から音を取り出すわけだが、その説明は以下。
「音とは空気分子の振動です。これがフィルムの銀粒子にも痕跡を残すのです。手を触れるのは、電源として生体電流を利用するためです」
シャッターが押された時点から遡って10分間の音が聞ける。この原理については説明なしである。
ヨドバ氏は、値段などの話はせず、「今日一日預けます」と言って、窓の外から出て行ってしまう。
半強制的に貸し付けられた内木は、実際に過去のアルバム写真を同録スチールで写していく。最近のハイキング写真から、過去へ遡って小学校入学時や、生まれたばかりの内木の写真の「音」を聞いていく。
それを聞いていると、両親が自分に期待していたことが伺われ、居たたまれなくなって自主的に勉強を始める。ちょうど、最近色恋でボーっとしていた内木に活を入れようと父親が部屋に入ってくるのだが、拍子抜けとなる。
なお、この拍子抜けギャグは、もう一回出てくる。
翌日、いつもの「一方通行デート」に向かわない内木に、尾瀬が「今日は行かないのか」と話しかけてくる。「やめた、異性問題に悩むのは早すぎる」と内木は答えるが、尾瀬が「早くも成果を上げた」と言って女の子の写真を見せてくると、すぐに前言撤回して、それを受け取る。
内木は同録スチールのことを思い出し、尾瀬にこれかも毎日写真を撮ってくるよう頼む。これで声が聞けるというわけだ。
帰宅すると内木の部屋で、ヨドバ氏がカップラーメンを食べている。あんまりに腹が減ったので、勝手に食べたようだが、カメラ代から引かせてもらうと、悪びれない。
ヨドバ氏は、本作では名前も素性も明らかにしていないのだが、これまでのシリーズの中で、遠い世界から現代に旅行にやってきて一人はぐれたという設定が描かれている。基本的にその日暮らしで、食べ物にはいつも困っている男なのだ。
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内木は女の子の写真の件があるので、買うと意思表示する。ヨドバ氏は「一万円でいいです」と思ったより安価な提案をしてくるのだが、内木はにこやかに「今ありません」と答える。
そしてお小遣いから月賦で500円ずつ払うと逆提案。毎月500円では20ヶ月もかかってしまう。ヨドバ氏は、冗談じゃないと怒り、他を探すと言って立ち上がる。毎日のご飯代すら怪しいのに、この内木の提案に対しては当然な反応であろう。
ところが、内木は「カップラーメン返せ!」と食い下がる。カップ麺一個で劣勢に立たされたヨドバ氏は、仕方なく内木の提案で契約書を作成する羽目に。。ただし、内金がラーメン一個では割に合わないということで、最初の500円を払うまではと、カメラを持って帰ってしまう。
あくる日から、尾瀬が約束通りに毎日女の子の写真を撮ってきては、内木に渡す。ある日の写真では女の子にポーズを取らせたりしている。尾瀬と女の子の間で交流が行われていることが伺える。
内木は「思いきって声をかけようかな」と呟くが、尾瀬は「お前は口下手だからしばらく待て」と止められる。何やらモヤモヤする日々で、またしても勉強に手がつかない。
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さらに何日か経ち、内木は尾瀬に呼び出される。そして改まった感じで、「かわいそうだが・・・、彼女のことは諦めろ」と忠告してくる。尾瀬の言うには、彼女には東大生でスポーツマンで資産家の次男坊の恋人がいるのだそう。
「実らないものさ、初恋ってやつは」と、大した慰めにもならないことを言われて、内木はおずおずと引き下がることになる。
しばらく部屋でいじけていたが、無理やりに心の整理をつけて「忘れるしかない」と言って、勉強を再開する。ここで、勉強していないと説教しようとして肩透かしにあう父親が再度登場する。
また別の日。ヨドバ氏が最初のお小遣いが出たかと、内木の部屋に現れる。失恋した内木にはもはや同録スチールに用はない。「もういらない帰って」とすげなく対応するが、ここでヨドバ氏がブチ切れ。
「それはないでしょ!! 契約書ってものがあるからね!! ここんとこよーく読んでよ!! 違約の場合は内金の100倍返し!!」
と大興奮。そして、
「ラーメン百個よこせ」
と泣きながら内木の首を締め上げる。彼にとって500円ですら死活問題なのだ。
勢いに押されてカメラを買うことになる内木。今後も20ヶ月間も、ヨドバ氏は取りたてにくるのだろうか・・。
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もう意味ないと思いつつ、尾瀬から受け取った彼女の写真を「同録スチール」で一枚一枚撮っていく。すると、尾瀬の声がけの手口が徐々にわかってくる。最初は感心して聞いているが、尾瀬は徐々に彼女に対して馴れ馴れしくなっていく。
最終的には、
「きみ恋人ある?」
「ないわよ、そんなもの」
「安心した。僕じゃダメ?」
と、ナンパ状態。これを聞いた内木は「あの野郎、友だちを裏切りやがって!」とさすがにご立腹。
プンプンしながら、さらに写真の音を聞いていくと・・・、
「またいる。しつっこい男ね。面倒くさいから付き合ってあげたら」
とこれは、彼女といつも一緒に下校している友人の女の子のセリフ。
すると、彼女が意外なことを口にする。
「私、ああいうタイプ嫌いなの。あたしが好きなのはね・・・、毎日この辺ですれ違ってたじゃない。顔赤くして純情そうなかわいい男の子」
彼女のタイプは尾瀬ではなく、内木だったのである。しかも、毎日の「一方通行デート」は、単なる自己満足ではなく、自己アピールとなっていたのである。
「ヤッホー!!」と家中に響き渡るような大声を出す内木。
そして翌日。いつもの時間に下校している彼女の前に立った内木は、おどおどしながらも、手紙を渡す。
手紙の中には、内木の写真が一枚。これは「同録スチール」で撮られていて、音が出る仕掛けとなっている。
「もしよかったら交際してくれませんか」
直接だと挙動不審となってしまうが、このようなビデオレター方式なら大丈夫。同録スチールを使った、内木の見事な告白である。
少女は写真による内木の自己紹介を聞いて、嬉しそうな表情を浮かべる。きっと、良い返事を次の日には内木に伝えるのだろう。おそらくは午後4時すぎに、いつものすれ違う場所で。
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本作はカメラシリーズの前作『値ぶみカメラ』とよく似た構造のお話となっている。一つはカメラというよりは、写真の方に仕掛けがあるという点。もう一つはうぶな男女の恋の始まりの物語、という点である。
カメラシリーズは、珍しく藤子作品の中でも積極的に実写ドラマ化している作品群なのだが、清々しい読後感から実写畑の人にも映像化をしたくなる要素があるのかもしれない。
異色短編を続々記事にしています。
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