「パー子の正体は、星野スミレだったのだ!」『さらわれてバンザイ』/パー子の正体は誰?②
何度も書いているが、1960年代にスタートした「旧パーマン」では、パーマン3号(パー子)の正体は内緒ということになっていて、基本的にそれは徹底されていた。
アニメや単行本のカバーなどで「パー子=星野スミレ」という設定はオープンにされたが、仮に漫画だけを読んでいたとすると、パー子のマスクを取った姿を拝むことはできなかったのである。
「パー子の正体は謎」という展開は、1980年代の「新パーマン」でも踏襲される。
前回の記事で見てきた「新パーマン」での星野スミレ初登場回(2作品ほぼ同時の発表)でも、スミレのサインをスラスラと書いてしまうパー子という場面が出てくるが、パー子の中身がスミレちゃんだとは明示していない。
このように「新パーマン」においてもパー子の正体を読者にも明かさないパターンで進むのかと思いきや、あっさりとその流れは覆る。
これまで念入りに隠していたことがウソのように、パー子の正体がいとも簡単に明かされてしまうのである。
本稿では、「パー子=星野スミレ」の路線で今後も作品を作っていくぞという作者の意思が明確化された記念碑的作品を取り上げたいと思う。
本作の主人公は、超人気アイドルの星野スミレちゃんである。
これは新旧通じて「パーマン」において初めてのパターン。スミレちゃん(すなわちパー子)が日常において何を考えているのかを垣間見ることのできる貴重な作品となっている。
日本武道館(?)のような大きな会場で星野スミレのコンサートが行われている。客席から華やかなステージに向けて「スミレちゃあん」と大きな掛け声が飛び交うが、その中にはみつ夫、みっちゃん、カバ夫とサブの姿が見える。
この日のチケットはサブのお父さんが入手したものだそう。前回の記事で取り上げた『スミレちゃんサインして!』では、三重晴三がおそらく父親ルートでサインを入手していたが、サブ家にも何らかのスミレ・コネクションがあるらしい。
皆が大満足の中帰宅していくが、その様子を見て「たいした人気だなあ」と感心している男がいる。そしてもう一人のゴツイ雰囲気の男が「だからこの仕事を思いついたんだ」と言って手元のタバコに火をつける。
この男たちの狙いは星野スミレの誘拐で、少なくとも一億円の身代金が取れると値踏みする。
別の記事でも書いたが、藤子ワールドにおいて「誘拐」はわりと日常的に起きており、「誘拐もの」と括れるほどの作品数が残されている。「旧パーマン」においても、みつ夫の妹ガン子が誘拐されてしまう事件が発生している。
なぜFワールドでは誘拐だらけかと言えば、戦後から1980年代くらいまでは頻繁に身代金目的の誘拐事件が発生しており、こうした社会情勢を漫画に反映させているからである。
ここからは物語の視点が星野スミレへと移る。
コンサートを終えて夜遅くに帰宅したスミレに、マネージャーが明日の朝6時にロケバスが出ると予定を伝えている。明日はせっかくの日曜ということもあり、スミレは「そんなに早いの!?」と驚いた様子。
マネージャーは「かわいそうだけど、人気者の宿命だと思って頑張って下さい」と言う。そんな二人のやりとりを聞いていたスミレのママ(超美人)が、今日のスケジュールがどうだったかと尋ねる。
するとスミレは、
・放課後、西宝映画本社へ新作映画の発表会、そのまま撮影所へ
・撮影の合間に新聞雑誌のインタビュー
・コンサート
・レコード会社で新曲打ち合わせ
という、超ハードスケジュールを口にする。
この日は土曜日なので、学校は半ドンだったと思われるが、映画の撮影とコンサートを同じ日にするのはいかれている。
なお、映画の撮影をしている西宝映画は「東宝映画」のパロディだが、『巨大ロボットの襲撃』という作品で、創立50周年の記念大作映画として「パーマン」を企画した会社である。
あまりに過密なスケジュールを聞いて、スミレのママは「辛かったらお仕事辞めてもいいのよ」と言葉をかけるが、スミレはややあってから「でもせっかく始めたんだから、やれるだけやってみるわ」と答えて寝室へと向かう。
スミレちゃんにはペットのダックスフント(名前:ロング)がおり、彼女は部屋で愛犬に語り掛けるようにして、
と、国民的アイドルの内なる本音を口にする。そしてベッドに潜り込み、「贅沢な悩みかな」と言って目を閉じるのであった。
その夜、何者かわからない二人組がスミレ宅へと侵入する・・・。
翌日、みつ夫は「ええっ」と驚きの声を上げる。テレビに向かって「今なんて言った?」と問いかけると、ニュースキャスターが、「だから星野スミレさんが、誘拐されました」と、少々メタな感じ(第三の壁破り?)でニュースを読む。
犯行は、換気口から眠りガスを流し込んで深く眠らせてから誘拐するという手口で、一緒のベッドで丸まっていた愛犬ロングは眠りこけていたとのこと。
スミレの熱狂的ファンであるみつ夫は「こうしちゃいられない」と大急ぎでパーマンになって、バッジで2号と3号に出動を要請する。が、パー子の姿はない・・。
星野スミレはベッドで目を覚ます。そしてすぐに「ロケがあったのに寝坊しちゃった!」と、文字通り飛び起きる。すると部屋に誘拐犯の二人が部屋に入ってきて、「君は誘拐されたのだよ」と告げる。
ユーカイと聞いてスミレは、「つまりさらわれたの? じゃあ、お仕事できないのね、したくても」と、嬉しそうに男たちに念を押す。
「当り前だ」という答えを聞いたスミレは、「わあい」と両手を上げて喜び、「もう一休み」と言って、ベッドへと戻っていく。そんなスミレを見て、犯人たちは「わかってるのかな」と訝しがる。
藤子作品では多数の誘拐ものがあるが、誘拐されたFキャラたちの大部分は、事態を深刻に受け止めずにお気楽な雰囲気を出す傾向がある。パー子である星野スミレもその代表的な一人と言えよう。
犯人たちは身代金を要求するべく、脅迫電話を掛けに外出する。スミレの部屋には当然カギをかけて・・・。
一人残されたスミレは部屋を見渡して、「何にもない部屋ね、せっかくのお休みを楽しく過ごしたいわ」と少々不満そう。そこで、「あれを持ってきてよかったわ」と言ってポケットに手を入れて、パーマンセットを取り出す。
そしてマスクとマントを装着してパーマン3号に扮すると、
と、自作のファンファーレ付きで自らの正体を、あたかも読者に向けて発表するのであった。
超多忙なスミレにとって、誘拐されたことは絶好の休むチャンス。しかもパーマンセットさえ保有しておけば、怖いものはなく、むしろ少しでも長く誘拐されていたいという、少々特異な状況下にある。
スミレはパー子となって、部屋から一時離れて家へと戻り、パジャマを着替えて、読みかけの本やパズル、おかしなどをバッグを詰め、念のためのコピーロボットを連れて、再び監禁されている建物へと引き返す。
この時パー子は「秘密の別荘に帰りましょう、ルンルン」と、ウキウキ気分を隠せない。
上空ではパーマンとブービーが一生懸命に誘拐されたパー子の捜索を行っているが、その様子を遠目に見たパー子は、まさか自分を探しているとは思っていない。
むしろ、申し訳ないと思いつつ、こんなことでもなければ日曜も休めない生活なんだと自分を言い聞かせて、こっそりと「別荘」へと戻ろうとする。
ところが、探し物の名人ブービーに見つかってしまい、ここで初めてパーマンたちが誘拐された自分(=スミレ)を探していることを知る。
思わず「スミレのことなら心配いらないのよ」と返すのだが、事情を分かっていないパーマンたちには、「どうしてそんなことが言えるのだ」と怒られてしまう。
一方、スミレの部屋へと戻ってきた誘拐犯たちが、スミレがいなくなっていることに気が付いて騒ぎ始める。
パー子はパーマンたちを一度空に待たせておいて、自分だけ建物に入り、コピーロボットに代わりに捕まってもらうようお願いする。
犯人たちがスミレを見つけてドドドと駆け寄り、身動きできないように縄で縛る。コピーのスミレは「こんなの約束になかったわ」と言って痛がる。
パー子はパーマンたちの元に戻り、「ここにスミレちゃんが!」と指し示すと、パーマンとブービーはすぐに建物へと突入して、犯人二人をあっと言う間に倒してしまう。
誘拐事件はこれで無事解決だが、犯人逮捕はスミレにとってはせっかくのお休みの終わりを意味する。「あ~あ」と残念がるパー子、もとい星野スミレなのであった。
本作はパー子の正体を明らかにしたことで、星野スミレを主人公とするエピソードを成立させている。
スミレ視点で物語を構成した結果、スミレの想像以上に多忙な芸能生活と、それでも頑張って仕事を続けたいという意思が判明する。その一方で普通の女の子に戻りたいこともあるという心情も吐露している。
星野スミレは小学生の女の子だが、人気絶頂の子役スターであり、パーマン3号でもある。芸能活動とヒーロー活動をこなし、「普通の暮らし」が犠牲となっている。
彼女の多忙さ、複雑な立ち位置の中で、常人では知る由もない心のありようがあるのだが、この点についてはまた別の作品で深堀りしているので、稿を改めて大いに語ってみたい。
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