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Fワールドは誘拐だらけ 藤子F「誘拐」ストーリーズ ①

身代金目的の誘拐事件。
最近国内ではあまりニュースにならなくなったが、海外ではテロリストたちが組織的に金銭目的の誘拐をする事件が多発している。

わが国では、営利目的の誘拐は戦後少しずつ増えていくのだが、その中でエポックメイキングとなった映画がある。黒澤明監督の現代劇の最高傑作『天国と地獄』(1963)である。

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黒澤監督は1950年公開の『羅生門』でヴェネツィア映画祭の金獅子賞を獲得して、国内外に名声を飛ばし、1952年『生きる』1953年『七人の侍』と大ヒット作も生み出して、日本を代表する映画監督の地位を固めていった。

そんな黒澤監督が、『生きる』以来10年ぶりに取り組んだ現代劇『天国と地獄』、テーマは営利誘拐である。詳しい内容はここでは避けるが、身代金受け渡しの攻防のリアリティや、土地の高台に住む富める一家を、低層の貧しい男がつけ狙うというルサンチマンたっぷりの動機など、後の犯罪映画に大いなる影響を与えた傑作である。観てない方は、すぐに観るべきだ。

そして本作が与えた影響は、映画に対してだけではなく、残念ながら現実世界にも模倣犯という形で表れてしまった。

まず、戦後初の報道協定が結ばれた「吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐殺人事件」である。当時4歳の吉展ちゃんが誘拐されたのが、『天国と地獄』の公開から一か月後の1963年3月31日。犯人は映画本編ではなく、予告編を見て犯行を計画したと言われている。映画同様、身代金の受け渡しの攻防があったが、結局うまくいかずにそのまま未解決事件化してしまう。(2年後に犯人逮捕・吉展ちゃんの白骨がみつかる)

本件が世の子供たち、親たちに与えた心理的影響は相当なものだったと想像される。そして騒ぎが収まらない中、同年5月1日「狭山事件」が起こってしまう。後に冤罪で有名となる事件だが、冤罪の背景には誘拐捜査がうまくいかない警察組織への批判や圧力があったとされている。

次に『天国と地獄』から影響を受けた模倣犯の犯行となる「新潟デザイナー誘拐事件」が1965年の1月に発生。高額な身代金要求や、完全に「天国と地獄」を真似た身代金受け渡し方法、誘拐された女性が24歳だったこと、犯人逮捕時には既に殺されていたことなど、こちらも社会に与えた影響はとてつもなく大きかった。

その後も日本中が注目するような誘拐事件は多発していく。1980年にも『天国と地獄』模倣犯による「名古屋女子大生誘拐事件」が発生し、グリコ・森永事件においても金銭受け渡しのやり取りは、完全に『天国と地獄』の影響を受けている。

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少し長くなったが、1963年を皮切りに、誘拐がごく身近な犯罪となっていたということを押さえておきたい。

そんな社会の空気からは、当然藤子F先生も大きく影響を受ける。改めて一覧化すると明快だが、藤子F先生は『天国と地獄』以降、誘拐をテーマとした作品を数年おきに描き続けていることがわかる。今のところ確認できているのが、下記の8作品だが、この他にも見落としている作品があるかもしれない。

オバケのQ太郎『ゆうかい魔に気をつけろ!』
「週刊少年サンデー」1964年42号/大全集1巻
パーマン『ガン子誘拐事件』
「小学二年生」1968年3月号/大全集3巻
SF・異色短編『ヒョンヒョロ』
「S-Fマガジン」1971年10月増刊/大全集4巻
バケルくん『さらわれたのはだれ?』
「小学二年生」1974年11月号
エスパー魔美『ただいま誘拐中』
「マンガくん」1977年11月号/大全集1巻
エスパー魔美『エスパーもさらわれる?』
「少年ビッグコミック」1980年18号/大全集4巻
パーマン『さらわれてバンザイ』
「てれびくん」1983年9月号/大全集7巻
ドラえもん『テレテレホン』
「小学二年生」1984年12月号/大全集15巻

バリエーションとしては、ギャグありシリアスありで、色々なパターンを試している。ただ、基本的には能力者たち、もしくは能力者の身内が誘拐されるため、誘拐犯が痛い目に遭うパターンが王道である。

1964年のオバQを皮切りに、3~4年に一本のペースで誘拐をテーマとした作品を描いている。せっかくなので、全作品を見ていきたいと思う。

本稿では、誘拐ネタの初期3本を見ていく。全てが「ギャグ」作品となっている。


まず一作目は「オバケのQ太郎」の『ゆうかい魔に気をつけろ!』
この作品は「吉展ちゃん誘拐殺人事件」の翌年に発表されている。まだこの時は吉展ちゃんも犯人も見つかっていない。そういう時期での作品である。

本作の冒頭で、新聞を読むパパが、誘拐魔が現れたので注意しなさいと言い出すところから始まる。世間を賑わす誘拐事件を踏まえたオープニングとなっている。しかしシリアスなのはここまで

Q太郎は誘拐魔が見たいと言い出して、自分から誘拐されに行く。そこからは、誘拐犯とのドタバタやりとりが延々続いていく、いかにもオバQといったテイストとなっている。

Q太郎は出来損ないのオバケだが、姿を消したり、壁を抜けたりはお手のもの。部屋に閉じ込めても何度も出てきてしまう。なので誘拐された自覚に欠けるQ太郎は、引っ越し通知を配りに行こうとしたり、枕を取りに家に帰ったりとやりたい放題。

誘拐された身ながら、わがままを言って誘拐犯たちを困らせる。テレビを買ってこいとかご飯をもっと食べさせろとか、最後には誘拐犯二人に漫才やプロレスをやらせる始末。

「オバケのQ太郎」は、一つのモチーフの中でギャグをこれでもかと詰め込んでいくのが黄金のパターンだが、「誘拐」というテーマはまさにうってつけの題材であったと思われる。他の話と比べてもかなり笑える秀作となっている。

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藤子F先生は、これで誘拐ネタに手応えを感じたのか、「パーマン」「バケルくん」と、ほぼ同様のパターンを踏んだ作品を描いている。


1968年発表の「パーマン」『ガン子誘拐事件』。

こちらはみつ夫の妹ガン子が誘拐犯に捕まってしまう。犯人の要求は身代金ではなくパーマンセット。みつ夫のママは、パーマンが来たせいだと泣く。パーマンは犯人との受け渡しで、ミスって犯人を逃してしまう。割合いにハラハラさせる立ち上がりとなっている。

ところが、囚われたガン子ちゃんがたくましい。みつ夫の悪さをすぐにママに告げ口する習性(?)を利用して、誘拐犯の子分を逆に見張るという主客逆転状態となる。オバQバージョンの流れをくむギャグである。

パーマンは一度犯人を取り逃したため、次は正直にパーマンセットを渡してしまうが、犯人はガン子を返さずに殺してしまおうとする。ところが、犯人がバッジを鳴らしてしまったために、居場所がパーマンたちにバレて捕まえられてしまう。そして誘拐犯たちは、ガン子に復讐されるのであった。

この頃の誘拐事件は、「天国と地獄」の影響からか、誘拐した人間を殺してしまうケースがほとんどであった。本作の誘拐犯も、その影響下にある設定となっている。

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続けて「バケルくん」『さらわれたのはだれ?』
発表は1974年だが、この年は津川雅彦氏の娘が誘拐されるという衝撃的な事件が起きた年でもある。

「バケルくん」は大屋敷に住んでいる、ということになっているので、身代金目的の誘拐犯に狙われて、捕まってしまう。

バケルは逃げ出せず困るのだが、賢いユメ代に変身して打開策を考える。ユメ代は閉じ込められた部屋の錠前の仕組みを解明して部屋から脱出に成功、しかしまたすぐに捕まってしまう。犯人グループは、脅迫状の「お宅の息子を誘拐した」の部分を、急遽「娘」に訂正して書き直す

この調子で、ママやパパにも変身し、その度に脅迫状の文言がぐちゃぐちゃに書き換えていく、というようなナンセンスギャグの回となっている。

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このように、最初の頃の「誘拐ネタ」は、基本的にギャグに終始している

ちなみに安孫子先生の「怪物くん」でも1965年発表の『怪物くんゆうかいされる』という話がある。これは夜道を歩く怪物くんが間抜けな泥棒一味に誘拐されるが、あろうことか誘拐犯たちは怪物くんを怪物くんのオバケ屋敷に運んでしまうという、ドタバタギャグだった。


さて、本稿では『天国と地獄』をきっかけに誘拐事件が多発した時代背景と、身近な恐怖となった「誘拐」をギャグのネタにして、F先生が書き上げた3作品を紹介した。

次回では、誘拐応用編として、「エスパー魔美」の二作品を題材に考察を行います。

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