見出し画像

また思い出すための歌~yonige『Empire』【ディスクレビュー】

yonigeの3rdアルバム『Empire』が素晴らしかった。前作で手にしたなめらかなサウンドメイクを押し進めつつ、活動初期にあった直線的なスピード感も復権させた、懐かしくも新しいyonigeの姿。オルタナティブロック界隈で再発見されつつある2000年代初頭のムードを感じるような作品なのだが、聴き込んでみるとそこに新たな質感が見えてくる。本作は、ノスタルジーとは違う形で過去と向き合うセラピーのような1枚に思えたのだ。


あの頃を思い出さない

牛丸:ドラマティックなことがだんだん興味なくなってきて、「何にもない」ということをどうやって書くかっていう方向に変わってきています。

上の言葉は2020年の前作『健全な社会』のインタビュー時の発言だ。当時、牛丸ありさ(Vo/Gt)は平坦なフィーリングを描くことに徹していたが、本作には強い感情が内在化している。しかし表出はしていない。特に前半、意識的に何かを想起しないようにし続けているのだ。

何回目かの流れる星も
何回目かの四葉のあれも
君がいないときに現れるから
また思い出すのやめて
息を止めた

yonige「super express」より

愛しあって目をつぶって
許しあって引き分けていたい
あの頃を思い出せないままで求めている

yonige「愛し合って」より

後戻りはできなくていいの
あの頃なんて無い
今にしか居ない
懐かしむ君はおいていくよ

yonige「DRIVE」より

この3曲からは特に”あの頃を思い出す“ことへの強い抵抗が伺える。またアルバム前半は"移動"に関するイメージ(「super express」は"特急"であり、「walk walk」や「DRIVE」は題通り)も印象に残り、強引にどこかへ向かおうとしているように思える。サウンドは開放的かつ軽快でノスタルジックな過去を眼差すものだが、言葉は何かを忘れて次へ向かおうとし続ける。この逆方向の矢印が、後ろ向きにも前向きにもなれないアンニュイさを与える。

《受け入れられないことを受け入れて許す準備を始めようか》と歌う「神様と僕」で前半を締めくくり、ここから未来へ進む、かと言うとやはりそうはならない。不意に明確な過去の情景が「スクールカースト」で差し込まれると、蓋が開くように押し込めていた“過去”が噴出する。過去の話をしていると全く無関係なはずの別の過去も引き出されるのはセラピーの場面でよく見られるが、まさにその再現のようにして次曲「Exorsist」へと繋がれていく。


過去を想起し直す

まだ怒りたいのに
かんがえていることが
わからないと
つかれる
またやりなおすのか
こんなに遠いところまできたのに
もう顔も思い出せないし
歌う自分の呪文

yonige「Exorsist」より

本作でも屈指のダークでヘヴィなサウンドに、加工された匿名的な声で語られる「Exorsist」はタイトルからも分かる通り、過去を悪魔として扱い祓おうとする楽曲だ。怒りが変形し、疲弊に繋がる。時にかつての愛情も憎悪に変わる。抵抗できないそんな想起たちを受け止めていく。

僕たちは考える
過去と今、繋がってる
もういない人たちを
思い出す、きっと

yonige「seed」より

旅に出かけようなにも持たずに
鏡にうつる人を受け入れるまでは
おまじないばかり口ずさんでほら
映画にならない日のはじまりの合図

yonige「デウス・エクス・マキナ」より


そして続く「seed」では過去と今が統合される様が描かれている。過去の先にしか今がないという事実は諦めと共に受容を促す。そして「デウス・エクス・マキナ」で、不意に“旅に出る”というモチーフが再出発をイメージさせる。デウスエクスマキナとは演劇用語で“救いの手”を意味し、物語を解決に導く要素のこと。過去と共に今“鏡にうつる人”=自分を受け入れ、未来へと続く矢印を伸ばしていくのだ。

足音が聞こえて
さっきまで考えて
いたことを忘れた

指の隙間から
溢れるような
海を見ていた
戻れるようなら
いつかまた

yonige「True Romance」より

まだ話をしたそうな
君に気づかないふりした
わたしは大丈夫だから
勝手に生きてどこかに行け

yonige「a familiar empire」より

ラスト2曲はこれまでとは明らかに過去との向き合い方が違って聴こえる。「True Romance」は過去に気を取られ、それを愛しく思う気持ちを否定しない。「a familiar empire」は過去を何度も思い返し後悔しながら、今に在る自分をそのまま描く。どちらなホーリーな曲調で穏やかなエンディング。囚われた過去をないものにはせず、記憶の一片として想起し直す。トラウマ治療のような構成のアルバムなのだ。


アルバムタイトルの『Empire』は直訳すれば帝国である。帝国とは自分で思うがままにコントロールできる"心"のメタファーだろうか。だとすれば、本作はそんな理想的な帝国をもう1度立て直していく歩みの記録だ。決して分かりやすく寄り添っているわけでなく、牛丸ありさのパーソナルな吐露ではあるが、だからこそ深く届く言葉があるはず。あなたがあなたのやり方で立ち直るためのサウンドトラックとしてこれ以上ない1作だろう。



#コラム#エッセイ#音楽#邦楽#音楽レビュー#音楽コラム #yonige #Empire #ディスクレビュー

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?