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好きなものを好きと言える喜びがあるという話~「サマーフィルムにのって」

数年前、「桐島、部活やめるってよ」の感想をかなり熱量高めにFacebookに投稿したところ、高校の同級生がつけたコメントは「そんなにあれこれ考えながら映画観ないだろwww」だった。マジか、と思った。あれこれ考えながら、その物語の魅力やここが好きだ!と思ったところを心に刻みつけたくてみんなは映画を観てるんじゃないのか、と。それから段々と感想を書く場をTwitterやnoteに移しながら今に至る。今考えるとあのコメントは大きな節目だった。"好き”は基本的にシェアできないものなのだ、と確信した日だ。

東京オリンピック2020の開閉会式にまとわりついた、小林賢太郎への非難の数々には実にイライラした。開会式と閉会式の間で目撃した、作品自体への罵詈雑言や、こんな状況になってもMIKIKO先生が良いだの、国の恥だだの、マツケンサンバがマシだの、と言い放った連中のことは今後も忘れることはないだろう。絶対怒るだろ、本当にマツケンサンバだったら。そういうノリだけで小林賢太郎を知ろうともしない人間が小林賢太郎の培ってきたものを簡単に攻撃できる状況がただ悲しかった。”好き”は気安く汚されていく。


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三浦直之脚本、松本壮史監督、伊藤万理華主演の座組で制作され、8月6日より公開中の映画「サマーフィルムにのって」はそんな過去のモヤモヤやここ最近のイライラをポジティブなエネルギーに乗せて打ち飛ばすような大傑作だった。誰に何を言われようが守るべき"好き"があるということ。それは、国を代表するようなものじゃなくとも、人生に即効で役に立つようなものじゃなくとも、大切に想うことそれ自体に意味があるということ。その想いだけで何かを動かせるということ。全てが愛おしく、尊ぶべき作品だった。



映画部で撮られることのなかったハダシ(伊藤万理華)の脚本を、友人であるビート板(河合優実)、ブルーハワイ(祷キララ)をはじめとする仲間たちとともに映画化しようとするというのが大きなあらすじ。その映画はハダシが愛する時代劇で、主演にはある日突然であった青年・凛太郎(金子大地)が抜擢されるのだが、その凛太郎はタイムトラベラーだった、というSF要素も盛り込まれており、制作側の"好き"が溢れ返っているのも最高だ。「時をかける少女(細田守)」「リンダ リンダ リンダ」などの成分も含んだ眩しく爽やかな作劇。


終盤は特にSF要素が強く作用していた。文化が危ぶまれ続けているコロナ禍においてはあまりにもシリアスに響いてしまうシークエンスであるし、偶然だろうがここ最近のファスト映画や"早送りで映画を観る"行動への議論にも繋がるようなテーマが語られており、その切実さは真に迫る。その部分がシリアスだからこそ、"好き"という思いが持つ力を信じたいと思わせてくれるのだ。冒頭から一貫して描かれる"映画好きの分断"をも抱きしめながら、未来を繋げ、世界まで変えてしまえるような予感がキラキラと煌めいている。


終盤の展開は一瞬たりとも見逃せないような美しさがあった。完成することを目指すはずの映画が、その型を飛び越えて"今ここにある想い"を焼き付けるために形を変えて生まれ直すようなシーン。"好き"をぶつけ、思いが横溢し続けるあのシーン。脚本の三浦直之は劇団を率いる舞台人であり、監督の松本壮史はEnjoy Music Clubのラッパーとしても活躍するステージアーティストだからこそ、映画という記録媒体にも”瞬間のマジック"を真摯に残せたのだと思う。あのラストカットは一生忘れることのできない鮮烈さがあった。



メッセージの切実さについて重点的に語ってきてしまったが、そもそもこれはかなり軽やかなタッチで描かれるコメディ映画である。とにかく笑えて、楽しい作品で、沢山の人にオススメしたい。登場人物全員がこのうえなく魅力的に描かれているし、劇中で由来の明かされることのない呼び名や他愛もないやり取りからキャラクターの個性やそれぞれの関係性が伝わってくる。説明なんか不要で、そこに流れるムードが全てを物語っていてとびきり面白い。パンフレットにあった補足情報や後日談も含めて噛み締めたくなる。

夏休みを費やし、文化祭で何かを為そうとする、、このオーソドックスなプロットに新たなる金字塔が生まれてしまった。2020年代サマームービーの傑作であり、令和時代の青春学祭映画の誕生だと断言できるだろう。いや、僕らがこの映画をその位置まで押し上げていきたいのだ。絶え間ない努力と好きという気持ちで、未来にまで残し続けていこうじゃないか。好きなものを好きと言える、いや叫ぶことができる喜びがあるという事実はこの夏を経てさらに強まった。"好き”が持つ力は限りない、そう改めて思わせてくれた。


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